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第4話

何度同じ過ちを繰り返せば気が済むのだろうかそれは分からないが、確かにそれは彼の為にしてあげる事だとは分かっていた。ただ、彼にとってそれは理解し難いのかもしれない、事実、目の前の彼は困惑して状況を掴めないでいた。

でも、そんなことを一切掻き消してくれる言葉をあたしは知っている。


「一度だけ……」



中学2年生の夏、秋山 葉子はイジメを苦に自殺した。直人にとって初恋の人であったが無惨にも夢と散り、悲しく苦しい気持ちに満たされていく中、彼女は直人を呼び出し告白した。ロマンスとは掛け離れたその場違いな告白を勿論、跳ね退け彼女を罵倒した、どうして、何故、人の尊厳は、分からない……。思いつく限りの言葉を吐いた後、彼女の口から出た言葉は酷く重く、酷く冷たく、極めて現実だった。

葉子の死をきっかけにこのクラスでイジメは無くなった、いや、元の鞘に収まったというべきか。まるで何事も無かったかのように接し始めるクラスメートに浮足立ち、ついには僕は孤独となっていった、。



気がつくと百草は腹部から血を垂れ流し、悶えながらも彼女を睨みつけ目的を果たそうとジリジリと這い寄ってくる。

あたしの左手は赤に染まり、握られたナイフに至っては赤黒く、どこか艶美で魅入ってしまっていて……。

「何の用?………。」

彼の声はこの静まりきった中を優雅に通り過ぎると即座に百草の顔は喜びに溢れ、それくらいこの場所はホントに静かだった。

ポトリと落ちた携帯電話を拾い、アドレス帳から直人の文字を探し電話をかけた。一瞬だが待受には直人が居て、腸が煮え繰り返り彼女を見下した。しかし、妖艶なナイフと彼の声とで引き戻される。

「ナオ……あたし。」

彼女の声に驚き、素っ頓狂な声をあげ「花さん!?」と驚くとも困惑とも言える声を出すすや否や、今度は「どうして?」と疑問に満ちていた。

「百草が怪我して倒れてるの。助けてあげて。」

有無を言わす暇も与えず、場所を告げ通話を切るとまたもや彼の顔が現れだす。この女の口が直人に触れたと思うと憎しみがこぼれ、この女の味を知らされたと思うと悲しみが溢れた。



彼女になればあたしを好きになってくれるかも、そんな淡い恋心を胸に抱き、花は髪を伸ばし始めた。丁寧に丁寧に整え、葉子よりも綺麗な髪になり始めるや今度は仕草や言葉遣いを真似するようになり、より完璧にオリジナルを超える為に己に磨きをかけ、そうしてオリジナルを始末する計画を練った。

残酷だったかもしれないがあたしはお手頃なイジメを選んだ、しかしその頃のあたしは罪悪感など無く、早く居なくなれと日に日に想いは強まるばかりで、比例してイジメも過激になっていき……。

遂に彼女は自殺した。



百草は彼女に経過を常に報告していた、今日はあれをした、こんなことをした、どんなに些細な事だろうと、勝ち誇った顔で、喜びであふれ、優越感に浸り、花を煽る。

百草は気付いていたのではないだろうか、少なからず花は彼に好意を抱いていると、そんな不安に苛まれた結果としてこうした惚気話をすることに至ったのだろう。

とうとう彼女は約束を破り、花にビデオを見せてしまった。

「どう花ちゃん?羨ましいでしょ?」

耳元で百草は何か喋っていたがあたしには届かない、好きな人が他人と寝てる姿なんて見たくもないし考えたくもない、直人が彼女の事を好いてる風に見えなかったから邪魔をしなかった、別れることが目に見えたからだ。

でも、この女は違う。

こいつは自分さえ良ければそれで良いんだ、直人の気持ちを汲まず自己の理想の為にあれやこれやと理由を付けては彼との関係を引き延ばそうとする卑しい女だ。


ナオが可哀相。



ここは本当に静かな所ね、こんな騒動があったにも関わらず人一人通らず、まるでここだけ別の世界みたいで何をしても許されそうな気がして、百草の背中にまわり両手を固定して彼女の耳元で囁いてあげた。

「あなたの言葉……頂戴?」

ナイフを首筋にあてがい、一度だけ…一度だけねと呟きだすと彼女は今までの威勢は消え去り死にたくないと願い出すが、それでも直人とあれをしてない、これをしてないなどと言い出すものだから。

「花さん!?」

やはり場所が場所なだけに直人は5分と経たず公園に着いた。彼を見るなり百草はそれまでの絶望を忘れ、希望が生まれ笑みがこぼれた。

彼の名を呼ぶ刹那、彼女の首に一筋を描く。もう、この女からあの名前は呼ばせない、見せない、触らせない、聞かせない、彼の為に何もさせない。

一瞬だけ血が吹き出した後は鼓動に沿って溢れ出し、その中でヒューヒューと空気が漏れる音が聞こえる。

横目でチラリと彼女を見るとその顔は未だ笑みでいて、あたしの殺意をより膨らませる。


「百草さん!花さん……どうして?」


どうして?


何でそういうことを聞くのだろうか。全部……全部ナオのためにしてるのにどうして?そう聞きたいのはあたしの方だ。

葉子だって百草だって所詮はナオの外面しか見えていない、あたしだけが外面も中身も見えて愛しているのに……。

徐々に動かなくなる彼女を放り、彼の元へと向かおうとすると悲鳴を上げ逃げていった。

彼を追わず再び百草の元に向かいとどめを刺す、多少体中に血は浴びたがどうでも良かった。彼女はナイフで自分の髪を切り、百草の言葉を受け継いだ。

大丈夫、ナオは素直じゃないから、今は驚いてるけど最後は必ず受け入れてくれる。



「ごめんね。」

彼女は謝った、百草とも葉子とも言える様な優しい口調で、己のした事を悔やんでいるのか、僕に迷惑をかけたと思っているのか、所々血に染まった顔には涙がポロポロと滴り落ちる。

「でも、一度だけで良いから愛されたかったの。一度だけでも。」

彼に抱き着き弁解するようにブツブツと「一度だけ」と繰り返す姿は正に百草そのものだった。

どうして百草のことばかり思い出すのだろうか直人は考えた、もしかしたら僕はいつの間にか彼女を好きになっていたのかもしれない。

「ゴメン。」

彼は謝った、誰に対してそう言ったのか葉子や百草の面影か、それとも花に言ったのかな。

分からないけど、それでも嬉しい気がする、ようやく花を見てくれた気がして、想ってくれる気がして。

その好意に甘えたくて、やっと手の届く所まで来たのが嬉しくて。

「ねぇ、一度だけで良いから好きだと言って。一度だけ……一度だけで良いから。」

最上 花に好きという意思を嘘でも良いから言ってほしい、それさえあれば何も要らない。

「うん。ゴメンね。」

ナオ君は頷きまた謝る、何をそんなに謝ることがあるのだろうか不思議だが今のこの一時を愉しもう。

魔法が全て溶け落ちる前に彼に口づけした。

今もサイレンは鳴り止まない。


だから、少し休むとしよう、そうすればまた私は自分を取り戻せるような気がして、警告音も消える気がして………



あたしだけが彼を素直にさせる言葉を知っている、それは酷く甘美で誘惑で、決意に満ちてはいるものの脆く崩れやすい。


「ねぇ、一度だけ」




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