表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

episode7

 一度崩れ始めたら、後はもう止まらない。

 どうして人の関係はこんなに崩れやすいのだろう。

 いや、この場合崩しているのは私の方か。


 「ミーシャ様!」


 ぼんやりと窓の外を眺めていると、スワンが走って近寄ってきた。

 見ると、その瞳が不安そうに揺れている。最近こんな表情を見ることが増えた。

 まぁ、どう考えたって私のせいなんだろうけど。


 「なぁに?」

 「あのね! 絵本、読んで欲しい」

 「絵本?」


 スワンの腕に視線を移すとあのお姫様と騎士様の本が抱えられていた。

 跪く騎士様とそれを当然とするお姫様。実はあんまり好きじゃない。

 

 「……ごめんね、スワン。少し体調が悪いの」


 すると、スワンは分かりやすく落ち込んだ。


 「そう、なんだ。大丈夫? 最近、ずっと、体調悪い」

 「……うん、平気だよ。ごめんね」


 私はそれだけ言うともう一度窓の外に目を向けた。

 窓ガラスにはしょんぼりと項垂れたスワンの姿が映っている。

 そんな姿を見ながら、時の進みを感じていた。

 スワンは最近背が伸び始めた。私より小さかったのに、今ではスワンの方が大きくなっている。

 それに声変わりも始まったみたいで、最近声を出すのが辛そうだ。


 筋肉も、ついてきたのかな。

 お兄様の特訓のおかげで……

 

 お兄様。

 思い出すだけで何故か胸がチクリと痛んだ。


 スワンと四番目のお兄様の剣の特訓は基本的にお兄様が仕事から帰ってきた夜に行われる。

 一晩中練習をした後、スワンは死んだように眠り、朝起きたら一人で昨日の復習を始める。

 私と一緒の時間は極端に減った。


 それ以外にも、変化はあった。

 夜の練習にはいつの間にか二番目のお兄様が加わり、たまに十一番目のお兄様も一緒にやっているようだ。

 三番目のお姉様が差し入れを持って行くのを見たことがあるし、この間は七番目のお姉様と八番目のお姉様がスワンと楽しげに廊下談笑するのを見かけた。


 私が気がつかなかっただけで、スワンと他の家族はいつの間にか交流を深めていたらしい。

 

 その事実を知った私は、スワンに優しく出来なくなった。

 髪を撫でることも、抱きしめることも、本を読むことも最近はしてあげてない。


 でも、いいじゃないか。

 私がしなくたって、きっとお兄様やお姉様がしてくれる。

 私なんて……いなくたって同じ。そう思うとまた胸が痛んだ。


 ドロドロとしたこの感情は何なのか。

 分からないけれど、とにかくスワンの傍にいるのが辛かった。


 「そうだ! ミーシャ様」


 しょんぼりとしていたスワンが突然思い出したように、顔を上げる。

 びっくりして思わずスワンを振り返った。


 「な、何?」

 「あのね俺、今度大会、出る、決まった!」

 

 興奮気味のスワンに首を傾げる。

 

 「大会?」

 「うん! 町で、やる。小さいけど」

 「町で……あぁ」 


 そういえばそんなものもあったかなと思い出す。

 子供向けの大会で、騎士志望の子とかが力試しに使う大会だ。十一番目のお兄様が出場した時無理やり応援に連れて行かれた記憶がある。


 「そうなんだ、頑張ってね」


 そんな大会に出れるほど実力を上げたのか。

 しみじみと思いながら告げるとスワンは首を横に降った。


 「違う! ミーシャ様、来て!」

 「え?」


 スワンがぎゅっと腕の中の本を抱きしめる。

 その瞳はすごく真剣だ。


 「俺、頑張るから! 絶対優勝するから、だから……」

 「スワン……?」


 一つ一つ絞り出すような声。

 こんなスワンを見るのははじめてかもしれない。


 「だから! 俺が、もし優勝したら……俺のこと、ぎゅってしてほしい」


 最後の言葉は弱弱しく呟かれた。 

 スワンの顔を見ると、いつの間にか泣きそうになっている。

 その表情を見た瞬間、私のドロドロとした感情がスッと拭われたような気がした。

 久しぶりに、すっきりとした気持ちになる。


 あぁ、もう。

 可愛いなぁスワンは。


 思わずそう思って、笑ってしまった。


 私は醜くて、汚くて、嫌な奴なのに。

 スワンに理由も告げないで一方的に突き放しているのに。


 それなのに、私を求めてくれるの?


 「スワン……」


 思わずその手を伸ばして、スワンに触れようとした。

 あと少しでスワンのその柔らかな髪に手が届く……そう思った時、私の部屋の扉がノックもなく豪快に開いた。


 「スワン! いる?」


 高いソプラノトーン。露出の多いセクシーなドレス。

 まるで自分の部屋のように堂々と入ってきた人は良く知る人物だった。


 「お姉様?」


 私は小さく呟く。

 金髪の長い髪と青い瞳を持つ三番目のお姉様。

 女としては一番上であり、この家の子ども達の中で権力者だった。

 

 「スワン、やっぱりここにいたのね。探したのよ」

 「えっ?」


 お姉様は私などには目もくれず、スワンを見つけると部屋の中に入ってきた。

 そしてスワンの腕を取るとぐいぐいと引っ張る。


 「今日一緒にお茶をするって約束でしょ。忘れてしまったの?」

 「そ、それは、断って……」

 「あら、どうせ暇してるんだし、いいじゃない。こーんな辛気臭い部屋にいるよりもずっと有意義よ?」


 視線だけこちらに向けてくるお姉様。

 小さな嫌味も別に慣れたものだ。そんなことはなんてことはない。

 というか、そんなことよりも……。


 「でも、俺は、ミーシャ様と」


 スワンはお姉様の手を振り払おうとするけど、お姉様も負けずと力を入れている。

 それにスワンも、どこか本気になれない様子だ。押し付けられた胸を見てちょっぴりと頬を染めている。

 また、ドロドロとした感情が私を支配し始めた。


 「もう、つれないわねぇ。ミーシャ。別に貴方もいいでしょ? スワンがいなくたって平気よね」

 「……え」


 お姉様の問いかけに私は言葉を詰まらせた。

 私? 私は……


 スワンに視線を向けるとスワンも私を見ていた。

 期待と不安が入り混じった瞳。きっと私が引き止めるのを期待している。

 でも、なんだろうこの気持ち。


 「ねぇ、ミーシャ。そうでしょう?」


 お姉様の声に脳がしびれるような感覚に陥った。

 

 「……はい、お姉様」


 口から出たのはそんな言葉。

 自分でも、びっくりするぐらい自然に言えた。

 その瞬間見えた自分の心の奥底に恐怖する。あぁ、私は……


 「ほらねスワン。ミーシャもいいって言ってるんだし行きましょう? とっても美味しいお菓子を手に入れたの。ミーシャの所じゃ食べれない、美味しいお菓子よ?」


 クスクスと笑うお姉様と、私を見て固まったままのスワン。

 そのあとお姉様は何か言っていたけど、よく分からなかった。

 そうして、しばらくするとスワンはお姉様に連れられて部屋を出て行った。


 静まり返った部屋で私は自分に恐怖する。


 私は今、何を思った?


 スワンをお姉様に連れて行かれたくないという気持ちも確かにあった。

 でも、それだけじゃない。


 私は、今スワンを……心から憎いと思ってしまった。

 愛されるスワン。理由は分からないけど、お兄様もお姉様もスワンを可愛がっていた。


 なぜ? どうして?

 スワンは綺麗じゃない。むしろ醜い部類に入ると思う。

 お兄様とお姉様は醜い私が嫌いなのに、スワンは違うの?


 そして、無意識かもしれないけど愛されることを当然のようにしているスワンが気に食わなかった。

 だから、傷つけばいいと思った。だから私は今、スワンを突き放した。


 気がついてしまえば、簡単なこと。

 最近感じていたドロドロとしたあの感情は……憎しみ?


 傷ついた顔をするスワンに、満足した自分。

 

 可愛いスワン。

 でも、今はすごく……憎い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ