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episode6

 「剣って……どうしたの急に? それに今、俺って」


 いつもと変わらない朝食の席。

 それなのにいつもと違うその出来事に私は困惑していた。

 

 剣を習う、なんて冗談としか思えない一言。それなのに言った本人であるスワンは真剣な面持ちである。

 なんか、可笑しい。


 「騎士に剣、必要。だから、習う」

 「そう、かもだけど。でも……」

 

 なぜ急にそんなことを言うのだろう。

 確かに絵本の騎士様には憧れているようだったけど、剣を習いたいなんて私は聞いたこともなかったし、スワンに剣を習うようなあてがあるとも思えなかった。


 というかあるはずない。

 だってスワンには私しかいないはずだ。

 はずなのに……。


 「ミーシャ様のお兄様が、教えてくれる。約束した」

 「…………は?」


 お兄様?

 意外すぎるその言葉に私はスワンを信じられないものを見るような目で見た。

 

 「お、にいさまが?」

 「うん、長い銀髪の人、青い服着てる」

 「……長い、銀の。青い、服」 


 四番目の、お兄様だ。

 お父様譲りの銀髪をもつ兄弟は六人。うち髪を伸ばしているお兄様は一人だけ。

 青い服……きっといつも着てる軍服のことだろう。四番目のお兄様は軍隊に所属している。

 確かに剣の腕もこの家じゃ一番だ。


 でも、なんで。

 なんでお兄様が? 可笑しいでしょ。


 「何でスワンがお兄様と……」


 出会っているの? と聞こうとしたが言葉が上手く発せなかった。

 スワンが他の家族と対面したのは私がスワンを買った日だけのはずだ。

 それ以外に会わせたことはない。なのに。


 「えっと。同じ家、だし。会うこと、ある」


 当然でしょ。とでも言いたげに見えた。

 

 当然? 違うよ。

 だってずっと傍にいたじゃないか。私の後をくっ付いて離れることを嫌がってたじゃないか。

 朝も、昼も、夜も、食事の時も、お風呂の時も、寝る時も、ずっとずっと一緒に……

 


 あれ? 



 でも最近スワンが傍にいないことが最初より増えたかもしれない。

 でもそれも少しの時間で大半は一緒にいた。


 だから、気がつかなかった?


 「でも、だからって……」


 お兄様がそんなことを約束するなんて信じられない。

 だってスワンは私の奴隷だ。

 お兄様が嫌いな私の、奴隷。やっぱり可笑しいよ。なんで。どうして。


 理解出来ない事態に私の頭はいっぱいいっぱいで、体が熱くなるのを感じた。

 頭に血が上っていく。上手に考えられない。

 どうして? どうしてなの。分からない、分からないよっ!


 「ミーシャ様っ!?」


 私は無意識のうちに走り出していた。

 スワンの声が通り抜けていく。

 

 廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり、目的の部屋を目指す。今日は仕事は休みでいるはずだ。

 三階の右から二番目。私はその部屋までくると思い切り扉をノックした。


 「お兄様! ミーシャです。開けてください」


 四番目のお兄様のお部屋。

 滅多に来ることはない。というか、未だに部屋の中を見たことすらない部屋だ。

 でも、今はそんなことすらどうでもいい。


 「お兄様っ。聞きたいことがあるのです。開けてください!」


 お行儀悪く扉を叩いていると、少しして扉が重々しく開いた。

 そして空いたドアの隙間から、目当ての人物が顔を出す。

 

 「……何用だ?」

 

 長い銀髪を後ろで一つに結び、青い軍服を身につけたその人は不機嫌そうに私を見下ろした。

 その瞳の力の強さに、思わず一歩後ずさる。勢いで来てしまったけど、ここまで来て私は一体何をしようというのだろう。


 急激に頭が冷えていった。

 私、何を慌てていたの? もっと冷静にならなくちゃ。

 ドレスのまま廊下を走るなんてはしたない。ノックの仕方もお嬢様としてあり得ないものだった。

 

 どうしよう。何してるんだろう。

 私は、ミーシャ・バストラスなのに……


 「何用だ、と聞いている。まさか用もなく私を訪ねてきたわけではなかろう」

 

 見下ろすその瞳が怖い。

 こうやって話すのは数ヶ月ぶりかもしれない。

 四番目のお兄様は他の家族に比べれば比較的ましな人だけど、それでも私に対する嫌悪感を持っている人だった。


 「あ、その。申し訳ございません。えっと、スワン。あっ、スワンというのは私の奴隷の名で」

 「知っている」

 「そう、ですか」


 会話が上手くいかない。

 喉が張り付いているみたい。声が出ない。目が見れない。怖い。

 話すってこんなに難しいものだったかな。


 「そっ、それで、スワンがお兄様に剣を習うことになったと言っていて、びっくりして。冗談だろうと思って確認に、来て……」

 「事実だが」

 「そうですよね。やっぱり……」


 私は目を見開いた。


 「じ、じつ?」

 「あぁ、そうだ」


 お兄様の冷たい目が私を射抜いた。

 事実って事は、スワンに剣を教えるのは本当ということで。

 

 あれ?なんで。

 違うといわれて終わるはずだったのに。


 思考が上手くまとまらなくて、何を言ったら良いのかも分からない。


 「ど、うしてですか?」


 暫くの沈黙。その後で最初に出てきた言葉はそれだった。

 また、頭が熱くなってきた気がする。


 「だって、スワンは私の奴隷ですよ」

 「そうだな」

 「それに私に比べたらましかもしれませんが、綺麗じゃないですし、言葉もろくにしゃべれないんですよ!」

 「みたいだな」

 

 お兄様の目が細くなった。

 四番目のお兄様は言葉で私を罵倒したりすることは少ない。でも目線で、しぐさの一つ一つで、私を馬鹿にしてくる。

 それに気がつかされる時が一番嫌いだった。


 「分かっているのなら、どうしてスワンなんかに!」

  

 叫んだ声が、自分の声じゃないようだった。

 こんなに大声を出したの久しぶりかもしれない。

 でも、お兄様の表情は変わらない。

 馬鹿な妹を蔑む目。


 「愚かだな」

 「え?」

 「お前にあの奴隷はもったいない。本当に、愚かなことだ」

 「どういうことで……」

 「ミーシャ様!」


 私の言葉は、廊下に響いたその声にかき消された。

 聞きなれた声。少し高めの、柔らかいトーン。

 スワンが息を切らしながら、私に駆け寄ってきた。


 「スワン……」

 

 今はあまり、会いたくなかったと心のどこかで思った。


 「ミーシャ様、探したっ」


 走ってきたままの勢いで私に抱きつくと、スワンは安心したようにぎゅっと腕に力を込めてきた。

 いつもだったらここで髪を撫でてあげるんだけど、手は動かない。

 なんでだろう。ものすごく、胸がざわついている。


 「……ミーシャ様、どうかしたの?」


 いつもと違う態度の私にスワンも疑問を持ったようだ。抱きついたままの体制で顔だけこちらに向ける。その瞳が不安そうに揺れていた。

 抱きしめて、なんでもないよ、と言ってほしいのだろう。スワンの心は手に取るように分かる。

 でも、何故か何も答えることは出来なかった。

 

 「用はそれだけか?」


 沈黙を保つ私にお兄様の冷たい声が降りかかった。

 さっきの言葉の意味が気になったがスワンの前で聞くわけにもいかない。

 私はお兄様の言葉に力なく頷いた。

 

 「スワン。稽古は明日からだ。忘れるな」

 「あっ、うん!」

 「うん、じゃない。はい、だ」

 「はい?」

 「そうだ。それじゃあ明日」


 お兄様は最後スワンに少しだけ笑いかけると扉を閉めた。

 お兄様の笑顔なんて、私は見たことない。ずるい。


 そしてまた沈黙が続いた。

 スワンはどうしていいのか分からないのか、ただオロオロと私を見つめている。

 

 「ミーシャ様、怒る? 俺、剣、習う、駄目だった?」


 心配そうに聞いてくるスワン。

 少し可哀想になって、私は小さく首を横に振った。

 するとスワンは嬉しそうな笑顔を見せる。


 「あのね、ミーシャ様。俺、立派な騎士になるよ。頑張って練習して、そしていつかミーシャ様を」

 「ごめんね、スワン。少し一人になりたい」


 私はソッとスワンを自分から引き離した。

 今はあまりスワンと一緒にいてはいけない気がする。


 「ミーシャ、様?」


 傷ついた顔をするスワンを横目に、私は歩き出した。

 スワンは追ってこない。


 心がぐちゃぐちゃだ。

 でも理由がよく分からなかった。


 スワンが勝手に剣を習うことを決めたことが嫌だったのか。

 スワンが家族と会っていたのが嫌だったのか。

 それとも、お兄様がスワンに笑いかけたことが嫌だったのか。


 よく分からない。

 でも、この心をスワンに見透かされたくはなかった。


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