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episode5

 そんな甘い幻想が崩れ始めたのはいつからだったか。


 「顔の腫れ、だいぶよくなったね」


 毎日の日課として、私はスワンの怪我を治療してあげている。

 

 そのことも功を成してか、スワンは随分と見違えるよになった。

 決して豪華ではないけれど毎日ご飯を食べ、清潔な服を着て、お風呂に入り、怪我の治療をするだけでこんなにも変わるものなのかとびっくりする。


 最初は目がどこにあるのかも分からないほど腫れていた顔は、今では子どもらしく丸みをおびて頬は少し赤い。

 美形ではないけれど、それほど醜くもなく、お母様と似たようなタイプだ。

 骨ばった体も大分肉付きがよくなったし、何より表情が豊かになった。

 笑うと見える八重歯が愛嬌よくみせてくれる。


 そんなスワンを見て思わず出た言葉だったのだが、私の言葉にスワンは困ったようにこちらを見ていた。

 どうやら聞き取れなかったらしい。

 会話も随分とスムーズになったのだが、私が早くしゃべりすぎると聞き取ることが出来ないようだ。まだまだ勉強が必要である。

 それでも、スワンの成長の早さには目を見張るものがあった。


 「スワン、怪我、よくなった、嬉しい?」


 今度は区切りながらゆっくりと言ってあげる。

 するとスワンは満面の笑みで頷いた。


 「嬉しい……全部、ミーシャ様、おかげ。ありがとう」


 私に一心に注がれる瞳。

 その瞳に私はなんとも言えない満足を得ることが出来る。

 

 だけど一方で、醜いこの心が疼くのを感じていた。


 「……スワンの瞳は綺麗な色をしてるね」


 言いながらスワンの目じりにそっと触れると、くすぐったそうに身を引く。

 そんな反応が可愛い。


 「スワン、綺麗?」

 「……うん、綺麗だよ。青くて澄んでて……お父様の瞳に似てる」


 私とは大違い。


 私は不思議そうな顔をするスワンの瞳に映る自分を見た。

 相変わらず、醜い。


 お父様は美しい銀の髪と、青の綺麗な瞳をしている。

 でも、私にはお父様の色は受け継がれずお母様そっくりの茶色の髪と瞳が受け継がれた。しかも、どこかどす黒さのある、汚い茶色。目なんて淀んで見える。

 さらに言うなら、髪の毛はくせっ毛でまとまりにくい。それなのにお父様が長い髪が好きだからという理由で幼い頃から伸ばしていて、なんとも不恰好だ。

 そこに凹凸が少ない体と、そばかすだらけでカエルを潰したようなのこの顔が組み合わされば、醜い私の出来上がりである。


 私はお父様に似ていない自分が昔から大嫌いだった。

 だからこそ、スワンのお父様そっくりの瞳が心底羨ましい。


 「綺麗……ミーシャ様に言われると、嬉しい」


 私の心のうちなど知らないスワンは素直に喜んでいるみたいだ。

 

 正直、私は怪我が治る前のスワンの方が好きだった。

 酷いと言われようが、それが事実だ。今のスワンと並んでも、私の方が劣ってしまう。

 怪我が治ればこうなると少し考えれば予測できたはずなのに、自分はやっぱり馬鹿だと再確認した。

 

 でも、だからと言ってスワンを捨ててしまおうなんてことは思わなかった。

 すごいすごいと私を褒めてくれるスワンのことは好きだったし、自分に懐いてくるこの子を可愛いく感じることには変わらない。


 ただ、ほんの少し憎らしいだけ。

 きっと、スワンはそんなこと分かってないだろうけど。

 

 「でも。ミーシャ様のが……綺麗」

 「私が?」

 「うん。ミーシャ様、優しい目、してる」


 優しい?

 私が?

 

 「スワン、冗談、駄目」

 「冗談、違う! 本当! ミーシャ様、目、好き」


 言った後で、スワンは恥ずかしくなったのか自分の顔を隠すようにぎゅっと私に抱きついてきた。

 そんなスワンを条件反射のように撫でてしまう。

 すると、スワンの体の力が抜けていくのが分かった。

 

 「……ミーシャ様、好き」


 頭を摺り寄せながら言われた一言に、少し呆れてしまう。


 思うに、スワンの目にはフィルターがかかっているのだろう。

 自分を助けてくれた私を美化しすぎている。


 スワン、私は貴方が思っているほど優しくも綺麗でもない。

 醜い醜い、女なんだよ。


 私の本当の心を知ったら、スワンはどうするんだろうね?




 「……スワン絵本を読もうか」


 暫くくっ付いた後スワンに提案すると、スワンは嬉しそうに頷いた。

 やっぱり、そういう顔を見るとスワンを可愛いと感じてしまう。


 「何の絵本がいい?」

 「お姫様と騎士様!」

 「また? スワンはあの絵本がお気に入りだね」


 何の本が読みたいかとスワンに尋ねると、最近は大抵あの本がいいという。

 女の子向けのあの本のどこが気に入ったのだか。


 そう思いながらも、私はその本を取りにいく。

 微笑むお姫様に騎士様が跪くその表紙は見慣れたものだ。


 「おいで、スワン」


 いつものように呼ぶと、スワンはヨタヨタと走りよってきて私の隣に腰を下ろした。


 「――むかしむかしあるところに、一人の美しいお姫様がおりました……」


 馴染んだ始まりのフレーズ。

 寄り添うスワン。


 少し、憎らしく思うことはあったけど、それでもやっぱり可愛かった。

 二人でいる世界に私なりの幸せを見出していた。

 この甘い幻想がとても脆いものだと心のどこかで分かっていたけれど、気がつかないふりをしていたんだ。



 甘い甘い、幻想の世界。

 そんな甘い幻想が崩れ始めたのはいつからだったか。

 

 「ミーシャ様、俺、剣、習うことにした」


 たぶん、あの一言から全ては崩れ始めた。

 

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