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episode4

 それから、私の日常はそれなりに変わった。


 「スワン、おいで」


 私が名を呼べば、スワンはヨタヨタとしながらも大慌てで私の元に走ってくる。

 

 あの日、奴隷商から買った奴隷に私はスワンと名づけた。

 初めて家に連れ帰った日は家族達が随分と露骨に顔を歪めたものだ。あの顔は思い出すだけで笑える。綺麗な顔が歪むのはいい。大変満足だ。

 趣味が悪いとか、そこまで頭が可笑しくなったのか、とかいろいろ言われたけど適当にあしらった。


 それに、私が連れてきた醜い奴隷よりもお父様が連れてきた緑髪の美しい娘にすぐ関心が移ったので、家族達はもうどうでもいいといった感じだ。


 そんなわけで、私はスワンとの日々を平和に過ごしている。

 

 私はスワンをとても気に入った。

 彼は素直で従順で、大変可愛らしい。


 「ほら、スワン。絵本を読んであげる」


 私の元まで来たスワンの髪を優しく撫でてあげると、スワンは気持ちよさそうに私に擦り寄り甘えてきた。

 本当に、可愛らしい。


 今まで誰かに優しくされる、ということをあまり経験したことがないらしいスワンが私に懐くのはとても早かった。

 最初はそれなりに警戒していたが、髪を撫で、優しく抱きしめ、ご飯をあげればちょろいものだ。

 今ではスワンの方が私がいないと駄目になってきている。

 用を足す時でさえ離れることを嫌がって扉の前で待っているのだから困ったものだ。


 でも、可愛いからつい許してあげてしまう。


 「今日はねスワン。お姫様と騎士様のお話よ」


 スワンがこの家に来て1週間ほど。

 私はスワンに言葉と文字を教えることにはまっていた。

 絵本の読み聞かせをしながら、同時にゆっくりと文字も教えてあげる。

 言葉の意味が分からなそうだったら、それについても簡単な単語に直しながら教えてあげた。

 スワンは見て分かるほど私が教えることに興味津々だ。

 そして教えてあげるごとに、スワンの口からこんな言葉が出てくる。


 「ミーシャ様、すごい。文字、言葉、知ってる。たくさん。すごい」

 

 私はその時がとても好きだった。

 褒められるって、すごく気持ちがいい。


 「そんなことないよ、スワンこそ覚えが早くてすごいね」


 平静を装って大人ぶりながらも、心の中では上機嫌である。

 

 きっとこの光景を家族の誰かに見られたら鼻で笑われることだろう。 

 だって、このぐらいこの家じゃ普通のことだ。

 バストラスは由緒ある貴族の家。貴族は教養があってこそ、貴族である。

 文字も言葉も幼い頃から当たり前のように学ばされてきたことの一つにすぎないのだ。


 だから出来て当然で、褒められることに値しない。

 むしろ出来なきゃ、それでもバストラスの家の者かと罵倒される。

 

 どんなに頑張って新しいことを覚えたって、まだそこなのかとお兄様は言う。

 こんなに頑張ったのだと主張したって、結果が出なきゃ意味ないのよとお姉様は言う。

 苦しくなって、悲しくなってお母様を頼れば、努力が足りないと言う。

 誰も私を認めてくれなんかしない。


 でも、スワンは違うのだ。


 私がすることなすこと、全部褒めてくれる。

 服の着方を教えてあげた時も、食器の使い方を教えてあげた時も、お風呂の使い方を教えてあげた時も、スワンは私をすごいと言った。


 特に文字と言葉を教えてあげている時、スワンは私をよく褒める。

 自分の知識が増えるのが嬉しいのか、スワンも積極的に聞いてくるし、なんだか先生にでもなった気分だ。


 「これ、ミーシャ様?」


 気分が良いまま絵本を読み進めていくと、スワンは絵本の中の一つ指差して聞いてきた。

 舞踏会でお姫様がこっそり騎士様と踊っているシーンだ。スワンはそのお姫様を指差していた。

 髪色が似てたし、今日私が着ているドレスとお姫様のドレスの色が同じだからだろう。当然絵の中のお姫様のドレスと私のドレスじゃその贅沢さが違う。それに顔も。

 絵にすら私は敵わない。


 「違うよ、私、こっち」


 私はいくつかページを前に戻した。

 それはお姫様と騎士様がお忍びで町を散策するシーン。私はその絵の中に風景の一部として書かれた人を指差した。

 美しいお姫様と騎士様に目を奪われる、通行人Bといったところか。


「私なんて所詮主役の引き立て役。決してお姫様にはなれないし、騎士様も王子様も迎えに来てくれない。でも仕方がないことなの。世の中全てがお姫様だったら困るでしょう?だからお姫様を引き立てる存在が産まれるのは当然だし、私がそうであったのは運命なんだよ。どんなに嫌がったって逃げることすら許されない。…………ごめん、スワンには難しいね」


 きょとんとしているスワンを見て私は笑った。

 しかしスワンは少しするとページをめくり始める。


 「スワン?」

 

 先ほどのページだ。

 美しいお姫様と騎士様が微笑み会いながら舞踏会そっちのけで踊っている。

 

 「これ、ミーシャ様」


 そのお姫様を指差してスワンは言った。

 やっぱり意味が分からなかったのか、と思ったら今度はスワンは騎士様を指差す。


 「……これ、スワン」


 騎士様を指差したままスワンは恥ずかしそうに自分の名を呟いた。

 私は数度瞬きをして、スワンと絵を見比べた。

 そして噴出すように笑ってしまう。


 「ハハハハハッ、スワンが騎士様なの?」


 なかなかロマンチックだ。

 女の子向けの絵本ばかり読み聞かせたからかな?


 笑う私にスワンは恥ずかしそうに俯いた。


 「駄目?」

 「駄目っていうか……可愛いなあ、スワンは」


 ぐしゃぐしゃとスワンの髪を撫でた後、思いっきり抱きしめてあげる。

 擦り寄ってくるスワンが温かい。


 「スワンなら優しい騎士様になれそうだね」


 呟きなら、スワンに依存し始めているのは自分かもしれないと思った。

 でもいいや。私とスワンはきっとお似合い。


 醜い私と醜いスワン。

 スワンとなら幸せになれる気がする。


 甘い幻想に私は酔いしれていた。



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