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episode19

 

 私とスワン。

 お姉様と私。


 私が優越感に浸りたくてスワンを見下してたいのと、お姉様が優越感に浸りたくて私を見下してたのと何が違うというのだろう。


 全く一緒じゃないか。


 なら、どうして責められる?

 私だってお姉様と同じ。


 お姉様のしてきたことに激怒するのは何かが違う気がした。


 「……私と貴方が家族、ですって?」


 お姉様は私の予想外の言葉に眉をひそめる。


 「えぇ、お姉様。私とお姉様……そっくりではないですか?」


 思い起こせば私とお姉様の共通点はもっと沢山ある気がする。

 怒り方とか、笑い方とか。

 ほら、やっぱり似てる。


 家族。

 たとえ半分しか血が繋がってなかったとしても確かに私とお姉様はつながっていたのだ。

 嬉しいとも、悲しいとも感じないが不思議な気持ちだった。


 しかし、そんな気持ちになったのは私だけであったようで……

 

 「ふざけんじゃないわよ」


 お姉様の冷たい声が響き渡った。

 思わずビクリと肩が跳ね上がる。


 「私と貴方が似てるですって? 冗談だとしても笑えないわ」

 「……ひっ」


 再び見たお姉様の姿に思わず声がかすれる。

 先ほどまでの上機嫌はどこへいったのか。射抜くような瞳でこちらを見ていた。


 「私は貴方よりも美しい。私は貴方よりも頭がいい。私は貴方よりも気品がある。私は貴方よりも礼儀正しい。私は貴方よりも性格がいい。私は貴方よりも社交性がある。私は貴方よりも人から信頼されている。私は貴方よりも顔が売れている。私は貴方よりもお父様に愛されている。私は貴方よりも優れている。そう、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……」


 カツン、とヒールの音を立ててお姉様は階段を降りてきた。


 「ねぇ、ミーシャ。私とあなたのどこが似ているというの? ねぇ、教えて。お姉様には分からないわ」

 「お姉様……」

 「あぁ、腹立たしい。貴方と家族というだけで腹立たしいというに、そっくりですって? 悍ましいわ」

 「お姉様!?」

 「私は違う。アンタみたいなのとは違う! アンタみたいな醜い女と一緒にしないで!!」


 いつの間にかお姉様の手には銀のナイフが握られている。

 壁に飾られていたナイフだ。


 その形相にゾッとした。

 

 殺される。

 本能的にそう感じた。

 

 お姉様は手を大きく振り上げると、そのまま階段を駆け下りて私に向ってくる。


 だが初めて感じる死の恐怖に身動きが出来ない。


 そうしてそのまま光る刃が私に向って一直線に……。

 私は目をつぶって衝撃に耐えた。


 ……しかし、いつまでたっても痛みは襲ってこない。


 恐る恐る目を開けると最初に目に入ったのは震えるお姉様。


 「あ……いや。違う、違う、私じゃない、私じゃ……なんで」


 震えるお姉様の手から銀のナイフが滑り落ちた。

 そのナイフには赤い液体が付いている。


 「違う!私じゃないのっ。私じゃないのよ!」


 そのまま座り込んで叫び続けるお姉様に訳が分からない。


 どうして? 

 私は考える。だって私はかすり傷一つないのに。

 何でお姉様のナイフには血が付いているの?


 しばらく茫然とお姉様を見つめた後、私は視線をゆっくりと下に動かす。

 そこで、ありえないものを視界にとらえた。


 「う、そ……」


 くすんだ金髪の見慣れた男がそこに倒れている。


 「スワン?」


 先ほどまで私の後ろにいたはずなのに……。今は私の目の前に倒れている。

 まるで私を守るかのようだ。

 どうして? と手を伸ばす。


 「スワン」


 そっと触れると生暖かい液体が私の手に触れた。

 先ほどよりも量が多い。

 それはスワンの腹から流れ落ちていて……。


 「スワン!?」


 なんで? どうして?

 かばった? 私を?

 生きていたの? でも、だからってなんで?

 なんで私なんかを!

 私なんかを助けるのよ!?


 「起きないさい! スワン、起きないよ!」

 「……っ」

 「スワンッ」

 「ミ、シャ……さ、ま」


 ボンヤリとその青の瞳が私をとらえた。

 よかった。生きている。


 「スワン、待ってて今誰かよんで」


 立ち上がろうとした私を小さな力が引き止めた。

 スワンが私のドレスの裾を引っ張っているようだ。


 「ミーシャ、様。……怪我……な、い?」

 「私は、私は大丈夫だけど。それよりも」

 「よか……」


 スルリとスワンの手が力をなくしたように地面に落ちていく。


 「スワン!」


 私は慌ててスワンの手をとった。

 まだ薄らと瞼があいている。

 まだ、生きている。そのことにホッとした。


 「馬鹿スワン! もし死んだりしたら許さないからねっ。一生よ。世界で一番嫌いになってやるわ」

 「い、やだ」

 「なら待ってなさいよ。 今すぐ医者を呼んでくるわ」


 今度こそ立ち上がろうとするがまたしてもスワンが私を引き止める。

 

 「スワン?」

 「ねぇ……ミ、シャ様、俺、なれ……た?」

 「何に!?」


 焦っているせいかつい苛立った口調になってしまう。

 しかしスワンは穏やかな口調のまま。


 「ミーシャ様の、騎士に……」

 「何言ってっ」


 こんな時に!

 と思う反面、幼いスワンが脳裏に浮かんだ。

 

 “あのね、ミーシャ様。俺、立派な騎士になるよ。頑張って練習して、そしていつかミーシャ様を”

 

 あの日の言葉をまだスワンも覚えているのだろうか。

 あんな昔の言葉を……ずっと守ろうとしてくれていたのだろうか。


 「スワン?」


 急激にスワンの手の力が抜けたのが分かった。

 

 「……スワン?」


 先ほどまで微かに開いていた瞳がしっかりと閉じられている。

 私が力を抜くと、スルリとスワンの腕が床に落ちていった。


 「嘘」


 私は茫然とスワンを見つめる。

 なんで? 今の今まで生きていたじゃない。

 なのに、どうして動かないの?

 

 急に周りが騒がしくなってきた。

 あぁ、お姉様がずっと騒いでたから家のものが駆けつけてきたのか。


 しばらくすると私の隣で侍女が何事か呟く。

 でも、聞こえない。

 

 執事がスワンに触れて首を振っている。

 侍女が涙を流している。

 暴れるお姉様が運ばれている。

 他の兄弟たちもいる。


 どうしたの?

 何があったの? 

 ねぇ、分からないわ。


 「スワン?」


 名を呼んでも答えない。


 “ねぇ……ミ、シャ様、俺、なれ……た? ミーシャ様の、騎士に……”


 屋敷に私の絶叫が響き渡った。


 ねぇ、私は一体どこで間違ったの?


 私は確かに幸せを掴んでいたはずなのに。

 幸せになれるはずだったのに。


 “ミーシャ様、好き”

 

 スワン。

 その呼びかけにあの子が答えることは二度となかった。

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