episode18
「最後の……味方?」
お姉様の言葉を私はよく分からずそのまま返した。
だって、スワンは私の計画をばらしたのだ。
味方であるはずがない。
情けない顔をしているであろう私をお姉様は満面の笑みで見下ろす。
「えぇ、そうよ。ふふ、どうせ貴方のことだから、私が今回の計画を知った理由をスワンがばらしたせいだとでも思ったんでしょ? だから突き放した」
その通りだ。
だってそれ以外考えられないではないか。だってあの計画は私とスワンが二人でし作り上げたもの。
二人しか知らない秘密の計画。
「ミーシャ。貴方はだから馬鹿なのよ。哀れなスワンに免じて教えてあげるけど、スワンは私に計画をばらしたりなんかしてないわよ」
「…………う、そ」
私は目見開いたままスワンに視線を向けた
でも、相変わらずスワンはピクリとも動かない。
「私は貴方が必ず別邸に何か仕掛けてくると思ったから別邸に何人も見張りをつけていただけ。そしたら案の定スワンが調理場で何か小細工をしているじゃないの。貴方のその小さな頭で考えた計画なんて、すぐに理解できたわ。私はそれを先回りしただけ。スワンの手を借りる必要すらない」
クスクスと笑みをもらすお姉様の声がすり抜けていく。
それじゃあ、私は……
「可哀想なスワン。あんなにも一途に貴方を想ってきたのに、利用されて裏切られてまた利用されて最後には殺されちゃうんですものねぇ!!」
「…………そ、んな」
私は恐る恐るスワンの頬に手を伸ばした。
「……スワン」
自分の声が思った以上に震えている。
今のお姉様の話が本当だとしたら、私は一体なんてことをしてしまったのだろう。
「スワン」
もう一度名を呼ぶ。だが返事はない。
「ミーシャ様!」と私が名を呼べば嬉しそうに駆けつけてくれたのに。
何を優先しても来てくれたのに。
「私、私は……」
私が、殺した。
この世で唯一私を慕ってくれた存在をこの手で。
「あ……あぁ……」
ツーと生暖かい何かが頬をつたう。
口の中に滑り込んだそれはしょっぱい。あぁ、涙だと心の奥で思った。
「あー楽しい! そうそう。ついでにもう一つ教えてあげるわ。貴方の新しい門出に優しいお姉様から餞別よ?」
私が今まで見てきた中で一番上機嫌のお姉様が軽やかに告げだ。
「どうしてスワンばっかり……幼い貴方にそう聞かれたことがあったわね」
どうしてスワンばっかり。
幼い私が毎日のように思っていたことだ。
汚くて、頭が悪くて、顔だってどっちかっていえば醜くて……
それなのに幸せに愛されてきたスワン。ずっとずっと謎だった。
でも、今はその理由を知りたいとは思わなかった。
もう止めて……そう言おうとしたけどカラカラの喉からは声が出てこない。
もう何も聞きたくない。聞いてしまえば私の世界が壊れてしまうような気がした。
でも、私の願いも虚しくお姉様の口は止まらない。
「答えはねぇミーシャ。とっても簡単なのよ。ふふふ。私がそうするように言ったから!」
告げられた言葉を理解するのに、少し時間がかかった。
「え……?」
予想外の答えに私は数秒固まる。
「私はねミーシャ。貴方が大嫌いなのよ。昔から。醜くて、愚かで、馬鹿なくせに幸せを求める貴方が」
「何を言って……」
私がいつ幸せを求めたっていうの?
「醜い貴方は素直に蔑まれていればいいのに、スワン、スワンって幸せそうにしちゃって……。私達より劣るくせに貴方が幸せになるなんて許されるはずがないでしょう? 可笑しいでしょう? だからぶち壊してあげようと思ったのよ」
「そんな、ことで……?」
確かに私は最初スワンが来てから少し浮かれていたかもしれないが、それは微々たるもの。
それなのに……たったそれだけのことで?
「他の兄弟たちにも頼んでね、スワンを贔屓してもらうように頼んだの。あの時の貴方の顔を思い出すと本当に愉快だわ。ふふ、あんな子そんな理由もなきゃ贔屓するわけないのにねー。あぁでも何人か本当にスワンにほだされちゃった子もいるみたいだけど……」
醜い顔で笑うお姉様。
何とも言えない感情が私を支配していく。怒りか悲しみか憎しみか。そのすべてか……。
「そんな、お姉様の身勝手で私は!?」
思わず声をあげて、お姉様を睨み付ける。その瞬間。
フッとその姿に誰かの姿が重なった。
似ていると……そう思った。
似ているって誰に?
お父様? お母様? お姉様? お兄様?
いや、違う。あれは……。
「あ……はは」
その正体に気が付いた瞬間、思わず乾いた笑みが零れ落ちた。
私の中で育っていた黒い感情が急激に小さくなっていく。
「……何笑っているのよ?」
急に笑い出した私にお姉様の顔が不機嫌そうに歪む。
その顔もよく似ている。
気づいてしまえば単純で、当たり前で、でも今まで一度も思わなかったこと。
「まさか、こんなことを想う日が来るなんて思わなかったわ」
自分より劣る存在を見て満足そうに笑い、ソレが思い通りにいかないと不機嫌になって陥れようとする。
ほら、そっくりじゃないか。
「私達、家族なのですね」
お姉様のその姿に重なって見えたのは私自身だった。