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episode17

 逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい。

 どこに? どこに? どこでもいいよ。


 どこでもいいから、逃げたいの。


 自分の部屋を飛び出した私はとにかくこの家を出たくて走っていた。

 でもまだ足がフラフラしていて上手に走れない。


 何度も何度も転びそうになりながら玄関を目指す。

 そしてやっとの思いで玄関へと続く階段に差し掛かった時


 「ミーシャ様?」


 聞きなれた声が、私の名を呼んだ。

 階段の下に視線を向けるとよく知る青の瞳がそこにある。


 「ス、ワン」


 その名を呼べばスワンの表情がぱぁっと明るくなった。


 「ミーシャ様、よかった! 目を覚ましたのですね。急にお倒れになったから心配したんですよ」

 

 そう言いながらスワンは階段を駆け上ってきた。

 その姿に、私は妙な安心感を覚える。

 なぜかは分からない。

 私はスワンのことが憎かったはずなのに。なぜか今はその姿を見て嬉しいと感じた。


 「スワン」


 私もスワンを求めて階段を駆け降りる。

 そしてそのまま倒れこむようにその腕の中に納まった。


 「わ!」


 少しだけ驚いたような声をあげながらも、スワンは私の重さなど一切感じていないかのようにしっかりと抱き留めてくれる。


 「どうかしたのですか、ミーシャ様?」

  

 いつもとは違う私に心配そうな声で尋ねるスワンに私はなんと答えて良いかわからず、ただぎゅっとスワンを抱きしめた。


 何があったか。自分でも分からないぐらいだ。

 いや、理解したくないといった方が正しいのか。

 

 それでも、追放という2文字は私の頭を何度もグルグルと回っていく。

 

 こんなにも愚かしい私をスワンはどう思うだろう。


 全てを支配していたつもりが、ただ掌の上で踊らされていただけなんてなんと馬鹿なことか。


 愚かで醜い私。

 救いようがない。

 

 「……ミーシャ様?」


 そんな私の心情に気が付いているのかいないのか、スワンは眉を寄せる。

 スワンの大きな手が私の手に重なった。

 

 「そんな顔、なさらないでください」


 言いながら、スワンは唇を指先に落とした。

 前に口づけられたときは気味が悪いとしか思わなかったのに。

 不思議だ。忠誠を意味する口づけは私の心を安定させる。

 口づけられた指先がじんわりと温かい。


 「貴方にはいつだって笑っていてほしいのです」

 「スワン……」

 「俺は何があっても貴方様の味方ですから」


 その言葉に体中の力が抜けた。

 

 味方。

 その言葉が今の私にとってどれほど大きな意味を持つか。


 「そうよね、スワンは私の味方よね」


 たとえ何があっても。


 だってスワンは馬鹿だから。

 自分を助けた優しいミーシャ様のためならなんでもできる。


 追放されても、スワンがいればきっと大丈夫。

 そんな気がしてきた。


 一人じゃないなら、それでいい。


 馬鹿なスワン。でもだからこそ、安心できる。

 私の言葉に嬉しそうに微笑むスワンの顔を見て私も笑みをこぼす。


 私がどんな目的でスワンを買ったかも知らず、私に利用されて本当に馬鹿な子。

 でも、そんなところが可愛い。いろんな意味で、スワンは昔と変わらない。

 

 「もちろんです、ミーシャ様。だからどうか聞かせてください。何が貴方にそんな顔をさせるのか。貴方にそんな顔をさせる原因なら、俺がすべて取り除きますから」


 優しくて、甘くて、毒のような言葉だと思う。


 「あのね、スワン……」


 お姉様が……と説明を始めようとした瞬間、フッと疑問に思った。

 先ほどは混乱していて何とも思わなかったが、そもそもなぜお姉様は私の計画を止められたのだろう。


 いくら私が何か仕掛けてくると分かってはいても、どんなことをするかまでは普通分からないはずだ。

 それなのに、お姉様は知っていた。


 私が紅茶を飲みたいという理由で調理場まで行き、そこで毒を盛ることを知っていた。

 そして私が飲む紅茶に薬を仕込んだのだ。


 どうやって知ったのか。

 考えられる理由は一つしかない。誰かが計画をばらした。


 その考えに至った瞬間、ゾッとするほど血の気が引いた。


 「いやっ」


 だって、その誰かに当てはまる人物は一人しかいないのだ。

 私は信じられないという思いでスワンを見つめた。

 

 あの計画を知っているのは私と……スワンだけ。


 「どうして……」


 安定していた感情がまた狂いだす。


 味方じゃない?

 スワンは私の味方じゃ、ない?


 スワンの相変わらずの笑顔がクルクルと歪んでいく。


 私が、スワンを捨てたから。

 恨んでた?

 憎んでた?

 

 だから、味方のふりをして私を陥れようとした?


 「ミーシャ様?」

 

 急に態度を変えた私にスワンは困惑顔である。

 しかし、そんなこと構ってられない。


 いつから?

 最初から?


 すべては仕組まれた罠なのか?


 分からない、分からない、分からない。


 何を信じればいいのか。

 誰を信じればいいのか。

 そもそも、信じていいものなどあるのか。


 「どうしたのですか?」

 「嫌、離して!!」


 暴れる私を落ちつかせようとするスワン。

 先ほどは温かいと感じたその手が、妙に冷たく感じて私はスワンの胸を思い切り突き放した。

 

 力いっぱい。思い切り。


 「……えっ?」


 思った以上に手ごたえのある感触に私は言葉をもらす。


 混乱していたのだ。

 力加減など出来ないほどに。今いる場所が不安定な階段であるという事実も忘れるほどに。


 その光景はとてもゆっくりに見えた。


 私に突き放されそのまま下へ下へと落ちていくスワン。

 それをただ茫然と見つめる私。


 その時のスワンの表情が、あの日、私がスワンを捨てた日の表情に重なって見えた。


 「あ……」


 大きな落下音がした後、スワンの体は数度にわたって床に叩き付けられて、最後は玄関に向けてころころと転がっていく。

 

 視界に滲む赤。

  

 「スワン?」


 数秒か、数分か、しばらく待ってみたけどスワンは起き上がらない。

 ぐったりとその場に倒れている。


 私ははじかれたように階段を駆け下りた。


 「スワン! スワンっ」


 その傍らに膝をつき、何度か頬を叩くがピクリともしない。

 スワンからもらったピンクのドレスに赤が滲む。


 「そんな、私……そんなつもりじゃ」


 ただ少し、混乱して……それで、それでそれでそれでそれで!!


 「あーあ。殺しちゃったのね」


 頭上から聞こえてきたのは妙に楽しげな声。

 振り返れば、いつからそこにいたのか、階段の上に三番目のお姉様が悠然と立っている。


 「お姉様……私」

 

 何が何だか……分からない。


 「ふふ……貴方って本当に単純。こんなにも私の思い通りに動いてくれるんですもの」


 ぐちゃぐちゃで、ぐちゃぐちゃで、分からなくて。

 

 「おねえさ、さま?」


 一体全てはいつから始まったのか。


 「ねぇ、どんな感じ? 最後の味方を自分で殺した気分は」


 そう言ったお姉様は醜く笑っていた。

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