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episode15

 数日後。

 ピンクのドレスをひらりと靡かせながら、私は馬車から降りた。


 「ミーシャお嬢様、それでは私どもはこれで」

 「はい、ありがとうございます」 


 ここまで連れてきてくれた使用人に軽く礼を言うと私は歩き出す。


 三番目のお姉様主催のパーティーは、バストラスの別邸で行われることになっていた。

 警備の担当は、目論見通り四番目のお兄様とスワンの所属する部隊。

 四番目のお兄様が私事で欠席というのが残念でならないが、まぁいい。


 私は、パーティー会場で受付を済ますと、調理場を向かった。

 手に持った小瓶の存在を何度も確かめる。

 口元には隠し切れない笑みが浮かんでいた。



 今回の計画はいたってシンプル。

 このパーティーに出される食事に薬を混ぜるというものだ。


 もちろん、毒薬ではない。

 この小瓶の中身はただの下剤である。


 だが、お姉様のパーティーに出た人たちが皆腹痛で倒れれば……。

 お姉様はさぞ困るだろう。


 スワンに調べてもらった出席者を確認すると、案外大物が多い。

 そこは、さすがお姉様と言うべきか。


 だが、それが仇となる。


 それに、会場がバストラス家の別邸であることも私にとっては好都合だった。

 幼少期は別邸で過ごすことの方が多かったため、ここは私の庭のようなものである。

 それに他の招待客がウロウロしていたら怪しまれるかもしれないが、私はバストラスの家の人間なので怪しまれることは少ない。

 

 まるで、私に何かしてくださいとでも言っているようだ。


 調理場に付くと、私は躊躇なくその扉を開けた。

 当然だが中はかなり、慌しい様子である。


 だが、調理師の一人が突っ立っている私を見つけてくれた。


 「ミーシャお嬢様ではありませんか! どうされました?」


 その声に反応して、皆がこちらを見てくる。

 私のことを知っている人もいるが、知らない人もいるようで、何事だと眉を潜めていた。

 

 「喉が渇いてしまったんですけど、会場にはお酒ばかりだったから……。私の好きな紅茶はありますか?」

 「ミーシャお嬢様のお好きな……少しお待ち下さい」


 こんな忙しい時に、という顔がにじみ出ていたがそれでも雇い主の血縁である。

 無下にはできないのであろう。すぐに愛想笑いを見せながら、一人の調理師が紅茶を探し始めた。


 「あれ、確かこの辺だったのに……」

 

 調理師は混乱したように、腕を動かしている。

 紅茶はスワンに頼んで事前に見つかりにくそうな場所に隠してあるからすぐには見つからないだろう。

 

 私は待っている間、何気なさを装いながら調理師たちの手元を覗いた。

 美味しそうですねと当たり障りのない言葉をかけながら、手の中の小瓶の蓋を開ける。

 そして調理師たちに気づかれないように、そっと出来上がった料理に小瓶の中身をかけた。

 この下剤もスワンに用意してもらったものだが、スワンによれば少量でも利くらしい。


 無理ない程度に料理にかけた後は、大人しく待っていた。

 

 後は、紅茶を飲んだ後当たり障りなくパーティー会場に向かい、自分も下剤の入った料理を食べて倒れればいい。

 自分も被害者になれば、大分疑いはなくなるだろう。

 それでも、調理場にいたのがおかしいと言われた場合は、私が自分の家を陥れるはずかないとか何とか言ってしらばっくれればいい。

 これだけの人数の調理師がいるのだ。どうせ犯人を特定できるはずがない。


 「あった!」


 しばらく待った後、そんな声が聞こえた。

 やっと紅茶を見つけたらしい調理師が、茶葉を取り出して大慌てで紅茶を入れてくれる。

 そして私の前に、湯気の立った紅茶を差し出してくれた。


 「遅れて申し訳ありませんっ」

 「いえ、ありがとうございます」


 受け取った紅茶を優雅に飲む。

 慌てて入れたからだろうか? 少し味が違う気もしたがそんなことに気を取られている暇もない。

 さっさと飲んで会場に戻らなければ……。


 私はいつもよりも早めに紅茶を飲み干すと、カップを置いた。


 「わがままを言ってごめんなさい。料理楽しみにしてますね」

 「こちらこそ、お時間をとらせて申し訳ありませんでした」

 「いいんですよ。それでは」


 軽くお辞儀をした後、私は扉に手をかける。

 なんだか、先ほどよりも重い気がした。

 


 調理場を出た後、私は早足に廊下を歩く。ピンクのドレスが重い。

 このドレスはボリューム感があってやはり好きじゃない。


 いつも着ている、軽くて身動きしやすいドレスがいい。


 「っ! きゃっ」


 そんなことを思ったからか、急に足元がぐらついて私は思いっきり転んでしまった。

 

 「だから、こんな動きにくいドレスは嫌だったのよ」


 周りを確認して、誰もいないことにホッとする。

 ドレス姿で転んだところを誰かに見られたとなれば、一生の恥だ。


 早く起き上がろうと、腕に力を入れる。

 だが……。


 「あ、れ?」


 どうしてだろう。

 腕には全く力が入らない。

  

 何度も起き上がろうとするが、起き上がることが出来ないのだ。


 「なんで」


 ドレスが重いからとかそういう問題ではない。

 

 頭もなんだかボンヤリしてきた。

 視界が、ぼやけて歪んでくる……。


 一体どうしてしまったんだろう。


 その時、どこからか靴音が聞こえてきた。

 前から、いや、後ろから? それとも横から?


 方向感覚すらもうない。

 それでも靴音がどんどん近くなってくることが分かった。


 そしてとうとう、歪んだ視界の中に誰かの靴が入り込んでくる。


 誰?


 そう思って顔を上げようにも、もうそんな力はない。

 誰かが何かを言ったような気もするがそれすらも分からない。


 私の視界はとうとう真っ黒になり、しばらくして思考が止まった。


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