episode13
「ミーシャっ!!」
その声は、まだ昼前の屋敷に大きく響き渡った。
私は読んでいた本からゆっくりと視線を外す。
「随分と、お早いお帰りですね。お兄様?」
豪快に開けられた扉の方に視線を向ければ、酷く怒った形相の四番目のお兄様。
この顔を見るのももう随分と慣れてきた。
「お前、また勤務中にスワンを呼び戻しただろ!」
部屋の中に入ってきたお兄様は怒鳴り声でそう言った。
そんなお兄様をきっちりと立ち上がって出迎えるが、お兄様は私の礼儀作法なんかには見向きもしないで私の部屋を見回している。
きっとスワンを探しているのだろう。
「スワンでしたら、今調理場です」
「調理場? なぜ」
「私がお願いしたんです。スワンの入れた紅茶が飲みたいって」
再度座り直してから、そう言えばお兄様の視線が部屋から私に向いた。
「……また、そんな理由でスワンを呼び戻したのか?」
震える声で言うお兄様に、私は満面の笑みを見せる。
「えぇ、そうですよ。お兄様」
瞬間、部屋にあった花瓶が一つ粉砕した。
大きな音を立てて、割れる花瓶。
その破片が、私の部屋の絨毯に撒き散らされる。
この部屋の絨毯は毛足が長い。
これは、掃除が大変そうだな。
「いい加減にしろ! スワンはお前のモノじゃないんだ。そんなくだらない理由で任務を放り出してばかりいたら」
「どうなるんです?」
お兄様の手は花瓶の破片で所々切れていた。
さらに血だらけになった手を握り締めるものだから、余計に酷くなっている。
怒りで痛みすらももう感じないのだろうか。
「私は別に強制してるわけではありません。でもスワンは帰ってくる。それを問題視するというのなら、スワンへ教育していたお兄様にも責任があるのでは?」
「……私を侮辱する気か?」
「滅相もございません。あくまで可能性の提示です。スワンがただ馬鹿なだけという可能性もあります」
「お前!」
「暴力は職務的によくないですよ。お兄様」
「……クソっ」
大人になると色々と制限がついて大変だ……。
お兄様の怒りの理由はもちろん分かる。
なんとも正常な反応だ。
だって私はこの家に帰ってきたから、ほぼ毎日のように、スワンを勤務先から呼び戻しているのだから。
「お前分かってるのか? このままじゃスワンは騎士の位を落とされるぞ」
「大げさな。バストラスの名があればこのぐらい平気でしょう」
「だが、何度も繰り返していれば」
「バストラスの名が傷つくと?」
私がスワンを呼び出す理由は本当にくだらないものばかり。
それなのに、スワンは帰ってくる。
もちろん問題があるのはスワンの方なのだが……。
「まさか、分かっていてやってるのか?」
ニヤリと笑った。
「何のことだか……」
私よりも、お兄様は分かっているのだろうか。
もうすでに、私の計画に嵌っているということに。
職務放棄を繰り返すスワン。
それを庇えば、バストラスの名に傷が付く。
だが、庇わないでこのままスワンが騎士の位を落とされたとしても、今までスワンの後ろ盾だったバストラス家は色々と言われるだろう。
特に同じ部隊に所属するお兄様は……。
「ふふ」
私にとって唯一にして最強の武器。
それはスワン。
この家に大切に愛され必要とされてきたスワン。
でも、その心は私のモノだ。
こんなに都合がいいことはない。
「ミーシャ様、お茶を入れてきました」
「ありがとうスワン」
部屋に戻ってきたスワンはお兄様には目もくれず、私に向かってきた。
そんなスワンに駆け寄り、頭を撫でてあげながら微笑む。
こんなの挨拶程度。
まだまだ、こんなもんじゃ終わらせない。
貴方達がスワンを可愛がった分だけ、深みに落ちる。
その事実を思い知ればいい。