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episode12

 「懐かしいな」


 思ったことが思わず声に出た。

 お父様の好きな白を貴重とした室内。玄関に飾られた大きなシャンデリア。部屋中央の螺旋階段。

 五年前と全然変わってない。

 

 「ミーシャ……お嬢様?」


 ぼんやりと室内を見つめていた私に気が付いた一人の使用人が驚いたように声をかけてきた。

 そして本当に私だと分かると焦ったように目線を彷徨わせる。

 どうしたら良いか分からないようだ。


 暫く視線を迷わせた後使用人は階段の方に視線を向けて、下りてきた人物を確認するとホッとしたように肩を撫で下ろした。

 私もその人を見上げて、ニコリと微笑む。出勤前の時間を狙ってきたのだから出会うのは当然のこと。


 「お、まえ」


 私の姿を確認するとその人は一瞬驚いたように目を見開いて、その後ものすごい眼力で睨みつけてきた。四番目のお兄様。会うたびに、そればかりだ。

 いつもだったらこの時点で目線を反らしてしまうけど今日は怯んだりしない。


 「ごきげんよう、お兄様」


 私は五年ぶりに、バストラスの家に帰ってきた。


 「その、えっと」


 使用人は私とお兄様を険悪な雰囲気を感じ取ってかまたしても困り顔である。

 朝から突然尋ねてきて、この雰囲気じゃ困るのも当たり前か。


 「私の部屋は残ってますか?」


 そんな使用人に私はなるべく優しく問いかけた。

 すると使用人は戸惑いながらも一つ頷く。


 「はい、残っております。ですが、その、今はスワン様が使われていまして……」

 「スワンが?」


 私が家を出る前は私の部屋をスワンと一緒に使っていたからそうなっていても可笑しくないだろうが、あの女の子らしい部屋をそのまま使ってるのかと思うと何とも言えない。


 「スワンはどこ?」

 「お部屋です。たぶんそろそろ降りてこらえるのではないかと……あっスワン様!」


 使用人がそう言っているとき、青い軍服に身を包んだスワンが丁度良く階段を下りてきた。

 その視線が、玄関にいる私に向くと、無表情に近かった顔がパッと華やぐ。


 「ミーシャ様!」

 

 スワンは私の名を呼ぶと、階段を数段飛ばしで駆け下りてきた。

 思わず後ずさりそうになった自分を何とか押しとめて、ニコリと微笑む。


 「ただいま、スワン」

 「お帰りなさいませ、ミーシャ様! でも、どうして急に」


 私の前まで来るとスワンは本当に嬉しそうに頬を緩める。

 

 「うん、何だかパーティーでスワンに会ったら懐かしくなっちゃってね。久しぶりに家に帰ってこようと思ったの」

 「それじゃあ、泊まっていくのですか?」

 「そのつもりよ」


 横からお兄様の視線をかなり強く感じたが、無視した。


 「私の部屋、スワンが使ってるんだって?」

 「はい、でも一緒でいいですよ」

 「いや。それは、ちょっと……」 

 「え? でも昔は一緒の部屋だったじゃないですか」

 「スワン、私達はもう大人よ。さすがに一緒の部屋は駄目でしょ?」

 「絶対ですか?」

 「絶対」


 というか、普通に考えて駄目だろうに。年頃の男女が同じ部屋とか、色々大問題だ。

 

 もしかしてそういうことすら知らないとか?

 チラリとお兄様を見て、いや、さすがにそれぐらいは教えているだろうと思いなおす。

 

 「客間は空いてます?」

 「あっはい! すぐに準備をします」

 「急でごめんなさい。よろしくお願いします」

 「いえ。では、失礼します。お部屋の準備が出来次第呼びに来ますね」


 そう言って使用人は早足にその場を去っていった。

 その後姿はどこか、安心したようにも見える。


 「俺が客間を使いますよ」

 「えっ、でも」

 「あの部屋は元々ミーシャ様の部屋ですから、俺が退きます」

 「なら、そうしようかな」


 微笑んだと同時に、腕を思い切り引っ張られた。


 「なぜ帰ってきた!」

 

 見上げると、そこにはすごい形相のお兄様がいる。

 何だがその顔が可笑しくて、笑ってしまった。


 「なぜって、ここは私の家ですよ? 帰ってきてはいけないのですか」

 「お前が自分から出て行ったのだろう!」

 「だからと言って家に帰ってきてはいけないという決まりはないです」


 淡々と返せば、お兄様が悔しそうに顔を歪めた。

 あぁ、いい気味。


 「兄様? 大きな声を出してどうしたの」

 「お客様ですか?」

 「朝から騒いでんなよなー、たっく」

 「もうすぐ朝食の時間よ」


 大きなお兄様の声を聞きつけてか、他の兄姉も出てきたようだ。

 七番目と八番目のお姉様。それから二番目のお兄様に、十番目のお姉様。全くタイミングが良いのか悪いのか分からない。

 面倒ぐさ気なその表情が、私の顔を見た瞬間引きつる。 


 「お前!」

 「ミーシャっ」


 そんな表情の兄姉に私は笑顔を向けた。 


 「お久しぶりです。お兄様、お姉様方」


 その言葉に返事はない。

 まぁ、予想はしていたけどなんとも酷い兄姉だ。


 別にいいけどね。

 

 懐かしい家。

 懐かしい家族。

 懐かしい香り。

 懐かしい思い出。

 

 それらに思いを浸らせる気なんてさらさらない。


 私は持っていた荷物をその場に置くと、スカートの端を少し持ち上げて貴族の最高礼をとった。


 「バストラス家第十二子、ミーシャ・バストラス。ただいま帰りました」


 顔を上げて見た兄姉たちの顔が面白くて仕方がない。

 

 でもこれはただの始まりにすぎなから。

 五年前のただ耐えることしかできなかった無力な私とは違う。

 今の私には、最大の武器がある。 


 「これからまた、よろしくお願いしますね。お兄様、お姉様」


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