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episode11

 純粋なその笑顔が怖くて一歩後ずさる。

 すると、スワンは不思議そうにこちらを見て、一歩前に踏み出した。


 思わずもう一歩下がれば、またもスワンはその距離を縮めてくる。

 

 なにがどうしてどうなったらこうなるのか。

 歪みのないその歪みが恐ろしい。


 あの家にいてどうしてそこまで純粋でいられるんだ。

 

 ……いや、違う。

 あの家にいたからこそ、こうなったのか。

 

 だってあの家はスワンに優しかった。

 スワンの周りだけ、綺麗だった。そう思えばこうなってしまうことも分からなくはない。 

 

 また、スワンばかり……。

 

 そう思った瞬間、恐怖とは違うドロドロとした感情が私の中に沁みこんで来た。


 「ミーシャ様?」

 

 名を呼ばれ、スワンを見る。

 その笑顔が憎らしい。


 この五年、スワンはどんな生活をしてきたんだろう。

 お兄様やお姉様の加護の元、何不自由ない生活をしてきたのだろうか。

 優しく、大事にされ、甘い幻想を見ながら生きてきたのだろうか。

 軍に入った後だって、色々と言われたかもしれないけど、バストラスの名に守ってもらってたんじゃないのか。


 怨むのは違うと分かっている。

 だってスワンを捨てたのは私。その後のスワンの生活にどうこう言う権利なんてない。

 

 でも本来その位置にいるのは私じゃないの? 

 あの家に愛され、守られ、その名を権力とするべきは私であるはずでしょう?


 ドロリとむき出しになった醜い心が、ニヤリと微笑む。


 「馬鹿ね、スワン」


 奴隷から、貴族様のお気に入りになって、騎士になって……。

 なんて素敵な物語。


 その物語にちょっとぐらい、泥を塗ってもいいじゃないか。


 「何がですか?」


 甘い甘いお砂糖菓子みたいなその人生に教えてあげる。

 貴方が想うミーシャ様は、そんな優しい素敵な人じゃないくて……本当は。


 「私が貴方のためを思って貴方を捨てた? いいえ、私が貴方を捨てた本当の理由は」

 「スワン! 何をしているっ!」


 その声は唐突に聞こえてきた。

 スワンも驚いたように、声のした方向に振り返る。


 「副隊長……」


 その姿を確認したスワンは、小さく呟いた。

 そして私もまた、その声の人物を理解して思わず口に出す。


 「おにい、さま」


 なぜ今日はこんなにも嫌なことが続くのか。

 スワンと同じ青の軍服に身を包むのは、長い銀髪のその人。懐かしき兄の顔。

 忘れるはずもない。私とスワンを狂わせた最初の人。


 四番目のお兄様。


 あぁ、そうか。スワンと同じ軍に所属していると聞いたから、スワンにとっては副隊長になるのか。なんてどうでもいいことを思ってしまった。


 私の声を聞いてか、お兄様は私を一瞥だけする。しかしその視線はすぐにスワンに戻った。


 「スワン、勤務中に私語とはいい度胸だな」

 「申し訳ありません。ミーシャ様に会えた嬉しさで、つい」

 「つい、ですむ事ではないだろう」


 一見怒っているようにも見えるが、私には分かる。

 お兄様は本気でスワンを怒ってやしない。その瞳には呆れと、心配と、焦りと、そんな感情が浮かんでいる。

 スワンもそれを分かっているから、笑っていられるのだろう。

 

 「交代の時間だ。お前は一度報告に控え室に戻れ」

 「えっ……しかし」


 スワンの視線が私に向く。

 そのことに気が付いて思わず目を反らした。


 「隊長もお前と話したいことがあると言っていた。隊長命令に逆らうつもりか?」

 「……分かりました」


 スワンはしぶしぶといった感じでお兄様にそう言う。

 そのことにホッを息を付くと同時に、スワンは何を思ったか私に近づいてきた。

 驚きながらも思わず逃げようと足を踏み出す前に、私の手がスワンに掴まれてしまう。

 ゾッとして一気に鳥肌が立つ。

 

 「ミーシャ様、本当は一曲踊りたかったんですけど……また今度ゆっくり」


 最後に極上の笑みを見せながら、軽く手の甲に口付けを落とすとスワンはその腕を放した。


 「スワン、早くしろ!」

 「そんなに急かさないでください、副隊長」


 ニコニコと話すスワンを見ながらもうわけが分からない。

 私の心情なんて知らずにスワンは最後まで笑みを絶やさず、その場を去っていった。


 残されたのは手の甲の湿った感触。

 私はそれを逆の手で拭う。それでも感触は消えたりしなかった。

 


 スワンの姿が完全に消え去り、残された私とお兄様は無言で向き合う。


 先ほどまでスワンを呆れながら見ていた瞳とは違う、どこか鋭いその眼差し。

 

 「……嫌な予感はしていたんだ。お前がパーティーに来ると知った時点でやはりスワンは今回の警備から外すべきだった」


 お兄様は唐突にそう言った。


 「何の、ことですか?」


 分けが分からず尋ねてみるが、お兄様が私に答えてくれるはずもない。

 

 「スワンに近づくな。お前はスワンにとって毒でしかない」


 私の言葉を無視して続けられた言葉に、ますますわけが分からなくなった。

 私が、スワンの毒? 何を言っているの?

 

 「スワンはお前さえいなければ完璧なんだ。剣の腕も性格も、あれほど優れている奴を私は他に知らない。だが、お前のことになるとどうも可笑しくなる」

 「だから……近づくなと?」


 口から出た言葉は思った以上に冷たかった。

 同じようにお兄様の視線も冷たい。


 「お前の何を見てスワンがあんなにも崇高しているのか分からんが、とにかく邪魔だ。スワンに近づくな。それだけでいい。お前にもそれぐらいは出来るだろう?」


 久しぶりに見る、その見下した視線。

 まるで5年前に戻ったようなそんな気にさせられる。


 「別に、私は……」


 好きで会ったわけじゃないのに。

 そういう前にお兄様は後ろを向いてしまった。


 「せっかくお前と縁が切れたと思ったのにな」


 最後にそう言うと、お兄様は立ち去ってしまった。

 

 混乱した頭で考える。

 つまり、あれか。

 綺麗なスワンに醜い私は毒だから会うなと……そういうことか?


 ギリッと歯を食いしばる。


 悔しい悔しい悔しい。

 

 お兄様も、お姉様も、スワンも、大嫌いだ。

 せっかくお前と縁を切れたと思ったのに? それはこっちの台詞だ。

 私が家を出たって何にも思わないような奴ら、もう家族なんかじゃないっ!

 私がこの五年、いや生きてきてから今までどんな気持ちだったか知りもしないくせに、私をどうこう言う資格なんてお前達にはない!


 一度でいい。

 お高く止まったあの家の足元を掬ってやりたい。


 「あぁ、そっか」


 ニヤリと微笑む。


 「いいこと、思いついた」


 綺麗で美しいその物語。

 私がその物語の毒だというのなら、せいぜい毒らしくしてやろうじゃないか。


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