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episode10

 「お久しぶりでございます。ミーシャ様」


 スワンはそう言ってにっこりと笑顔を浮かべた。

 昔と変わらずに無邪気な笑顔。

 

 その笑顔だけで、彼が本当にあのスワンなのだと分かる。


 見上げるほどの背になっても、低い声になっても、筋肉のついた体格になっていても、彼は彼のまま。

 気持ち悪いくらいに、昔とそっくりな笑顔。


 気味が悪い。


 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 だって私はスワンに笑顔を向けてもらえるようなことはしていないはずだ。

 憎まれ、詰られ、罵倒されても可笑しくないのに、むしろそれが普通であるはずなのに、どうして。


 私は、早い鼓動の胸を押さえつけた。

 一体、どうなっているのだろう。


 「まさかいらっしゃっているとは思いませんでした。ミーシャ様はパーティー嫌いだとお聞きしていたので」

 「……今日は、お父様のパーティーだから」

 「あぁ、なるほど」


 スワンは笑顔のまま答えてくれる。

 特に裏があるようには見えないけど……よく分からない。


 「……スワンは、どうしてパーティーにいるの?」


 ついでに気になっていることも聞いていた。

 奴隷身分はパーティーなどには出席できないはずだ。だからこそ今まで安心して参加していたのに……。

 そう思って聞いたら、スワンにきょとんと不思議そうな顔をされた。

 そんな顔も、昔と変わらない。 


 「何でと言われましても、ここは俺の警備担当ですから」

 「けい、び?」

 「はい、パーティー会場の警護も騎士の大切な仕事です」


 あぁ、そうか。

 私はそこでやっと理解する。


 騎士になってしまえば、もう奴隷身分などは関係ない。

 騎士の身分が上書きされるから、パーティー会場にも入れる。


 やっぱり私は頭が足りてない。今も昔も、どうしてこう少し考えれば分かるようなことに気がつけないのだろう。

 まぁ、それはどうでもいい。


 それよりも……この空気の方が問題だ。


 「素敵なドレスですね。よく似合ってます」

 「……ありがとう」

 「でもミーシャ様にはやっぱりピンクのドレスが似合うと思いますよ。ほら、昔よく着ていたじゃないですか」

 「昔……? あぁ、あれは、お父様から頂いたドレスだから。でもさすがにもう着れないし、物置においてあるよ」


 それに、ピンクはあまり好きじゃない。あんな可愛らしい色は私には似合わない色だ。自分だったら絶対に買ったりしない。

 でもお父様から頂いたドレスだから、幼い頃はよく着ていた。


 そういえば、お姫様と騎士様の絵本でお姫様が着ているドレスもピンクだったな。

 

 「そんな、勿体無いです。よかったら今度新しいのを贈らせてください」

 「……え?」

 「だから、ドレスをです。俺も今はそれなりにお給料貰ってますから大丈夫ですよ」

 「そういう問題じゃなくて」


 やっぱり可笑しい。

 なんでこんなに普通に会話してるのだろう。


 五年ぶりの再会なのに。

 今でも最後に見たスワンの絶望して、信じられないと私を見る瞳が頭にこびり付いている。ずっと頭から離れなかった。


 それなのに、何なのだこの状況は。

 やっぱりこの子はスワンじゃないのかと疑いたくなる。そのぐらい普通の態度で、つい最近も会いましたみたいな会話をしてて、どう考えたって可笑しいじゃないか。


 私はスワンを見上げた。

 すると、「どうしたんですか」とスワンは尋ねてくる。


 たどたどしい口調であったころが嘘のように流暢な言葉遣い。

 動作の一つ一つも、貴族のソレと変わらない。事情を知らない人がスワンを元奴隷身分の人間だといっても信じはしないだろう。


 「どうして……」


 それなりに覚悟を決めての一言だった。

 

 「どうしてそんなに普通なの」


 言った後、少しだけ後悔はしたものの、それでも言わずにはいられなかった一言。

 この後、どんな罵声が来ても耐え切るだけの覚悟は持っていた。


 それなのにスワンの表情は変わらない。

 きょとんとしたあの表情。


 「どうして、とは?」


 不思議そうに聞かれて、私の中の何かが外れたのが分かった。


 「その態度のことよ! 分かってる? 私、貴方を捨てたんだよっ。私の一方的な判断でスワンのことを捨てて、そのまま家を出て、最低なことをしたんだよ!? それなのに五年ぶりの再会がこれってどうなのよ! もっと怒りなさいよ。私のこと憎いでしょ? 恨めしいでしょ? ねぇ、スワン!」


 一気に言って、私はグッと唇をかみ締める。

 こんなに感情的になったのは久しぶりだ。あの家を出てから、ずっと穏やかだったから……。


 しばらくは怖くてスワンの顔を見れなかった。

 しかし、いつまでたってもスワンの声が聞こえてこないので、不安に思い恐る恐る顔を上げてみる。


 怒り? 憎しみ? それとも無関心?

 一体、どんな表情をしているのか……

 色々な可能性の顔が私の頭をグルグルとまわっていく。


 しかし、視線を上げた先にあるスワンの顔は私のどんな予想をも通り越していた。

 そこにいるのは相変わらず困り顔のスワン。


 「申し訳ございませんミーシャ様。よく意味が分からないのです」


 私の視線に気がついたスワンは、本当に申し訳なさそうにそう言った。

 こっちも、意味が分からない。

 

 「ミーシャ様を、怒ったり、恨んだり、何故俺がそんなことをしなくてはいけないのですか? そんなことをする理由がないです」

 「だって、私はスワン捨てて」

 「もしかして俺が気がついてないと思ってます? 俺そんなに馬鹿じゃありませんよ」


 いよいよ話まで分からなくなってきた。

 私は少し恥ずかしそうにするスワンを、よくも分からず見つめる。


 「あの時俺を捨てたのは俺の騎士になりたいという夢を叶えてくれるためだったのでしょう?」

 

 その一言に、一瞬思考がぶっ飛んだ。

 

 「……は?」


 何、言ってるの?


 「最初は、確かに分からなくて戸惑いました。どうしていきなり捨てられたんだろうって思って、悲しくて苦しくて声も出なくて……嫌だ、捨てないでとずっと思ってました。でも少しして気がついたんです。ミーシャ様は俺が騎士になりやすいように捨ててくださったんだって」


 驚きすぎて声も出ない。

 私がスワンのためにスワンを捨てただって? どうしたらそんな盛大な勘違いが出来るのだろう。


 「そのことに気がついてからは、ミーシャ様の期待を裏切らないためにも絶対に騎士になろうと頑張ることが出来ました。辛いこともありましたが、ミーシャ様を想えば全て乗り切ることが出来ました。こうして騎士になれたのは全てミーシャ様のおかげです。感謝の言葉はあっても恨み言など……」


 恥ずかしそうに頬を赤らめるスワン。

 昔もスワンはどこか私を美化しすぎていると思ったことがあったがここまでだったのか。

 むしろ、そこまで美化できるものなのか。

 

 私と目が合うとスワンは微笑む。


 「騎士になれたら貴方に会いに行って恩返しをしようと決めていたんです。でも、騎士になったばかりは忙しくてなかなか会いにいけなくて……」

 「スワン……」


 早い心臓の音が、聞こえてくるようだ。

 この感情をなんと言っていいのか分からない。


 でも、それでも……。


 「ずっとお会いしたかったです。ミーシャ様」


 あの家が異常であったように、彼もまた異常であることだけは分かった。

 

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