episode1
「お父様、私奴隷が欲しいです」
その言葉にお父様は驚いたように目を見開いた。
私に言わせてみれば、お父様が私の誕生日を覚えていたことの方が驚きなのだけれどね。
久しぶりに帰ってきたお父様のため、今日の夕食はとても豪華だった。
いつもは固いパンしか食べさせてもらえない私も、今日は柔らかいお肉や熱々のスープを食べさせてもらっている。
それだけでも滅多にない幸せであるというのに、酒に酔って上機嫌になったお父様はフッと思い出したように「そういえば、ミーシャはもうすぐ誕生日だろう? プレゼントは何がいい」と聞いてきたのだ。
私だけでなくお母様達やお兄様、お姉様達まで同じように驚いた顔をしている。
それはそうだろう。
お父様は恋多きお方だ。
現在は愛人を含めて六人の妻と十三人の子を持つ大所帯となっている。
私は所詮十二番目の子だから、あまり関心を持たれていない存在であるはずだった。それなのに、私の誕生日を覚えていてくれた。
こんなに嬉しい事はない。
嫉妬に塗れた視線を浴びながらも、高潮する心は抑えられなかった。
「な、何でもよろしいのですか?」
「当たり前だ。子どもが遠慮なんてするもんじゃない」
かなり酔っているようだが、嘘を言っているようにも見えない。
何を貰おう?
お姉様達のような美しい衣装や装飾品もいい。
いや、お兄様達のように本を貰うのもいい。
それともペットを飼ってもらおうか? 学校に行かせてくださいとお願いするのもいいかもしれない。町で有名なお菓子だって食べてみたい。
どれにしよう。どれにしよう。
グルグルと思考は回るけれど、コレというものが浮かんでこない。
だってお姉様達のように美しい衣装や装飾品を付けていく場なんて私にはないし。
お兄様達のように本を貰っても、私に理解できるだけの頭はない。
ペットは、育てるのにお金がかかるから嫌がられるかもしれないし、学校は他にも行っていないお兄様やお姉様がいるから反感を買うだろう。
ここは無難に、町のお菓子にしようかな……つまらないけれど、一番何事もなく一瞬の幸せを味わえる。
「あの、私……」
暫く考えた後やはりお菓子がいいだろうと思い、お菓子がほしいです、と言おうとした瞬間。磨き上げられた銀のスプーンに私の顔が映りこんだ。
久しぶりに見た自分の顔に、思わず言葉が止まってしまう。
醜い。なんと醜いのだろう。
十三人の子どもの中で私が一番醜くて、頭も悪い。
そんなことは十分に分かっていたけれど、それでも悲しい。
お父様の顔はあんなに美しいのに、どうして私はこんなにも醜いのだろう。
お母様がいけないのか? この汚らしい髪の色も、淀んだ瞳の色も全て母親譲りの色だ。
お父様の隣に座るお母様を見る。お父様の妻達の中で一番地味であるが、一番の古株でもあり権力は強かった。決して美人でも可愛くもないのだが、その雰囲気がどこか人を落ち着かせる。
その雰囲気が、気に入られたのだろう。
でも、私はただ醜いだけでそんな雰囲気の欠片もない。
私と並んでしまえば、お母様だって絶世の美女に見えてしまうほど私は醜い子だ。
そんな私を見て、お兄様やお姉様は安心している。
可哀想な私を見て、優越感に浸ってる。
ずるい。ずるいよ。
私だって、優越感に浸りたい。
そう思った時、頭に一つのことが浮かんだ。
あぁ、そうか。そうなんだ。
欲しいものを見つけた私の心は、もうそれ以外のことを考えられなくなってしまう。
「何が欲しいんだミーシャ」
中々答えない私にお父様が再度尋ねてきた。
でもいいのかな? 本当にくれるのかな?
少し不安に思いつつも、お父様の何でもいいの言葉を信じてみることにした。
変わったお願いだけど、いいよね?
「私、奴隷が欲しいです」
その言葉に驚いたのはお父様だけでない。こんなに家族全員の表情が一致しているのを見たのは初めてかもしれなかった。
驚いた顔のまま静かに固まる家族。その様子を見て私は少し心配になってきた。
「あの、ダメですか? お父様」
弱弱しく尋ねると、お父様はパチパチと瞬きをして、その後豪快に笑う。
瞬間、部屋の緊張が解けた。
「ハハハッ、面白いことを言うなーミーシャは。よいよい、買ってやろう。奴隷だな?」
「はい! いいのですか?」
「何でもやると言ったからな。よし、今度の休日はお父様と一緒に奴隷商に行こう」
「ありがとうございます、お父様!」
我ながら突拍子もないが、いい思い付きだと思う。
お母様が怪訝そうな目で見てくるけど、気にしてなんていられない。
お父様の次の休日はいつだっけ?
ウキウキした気持ちで思い出す。
うんと醜い子を買ってもらおう。
私よりもずっとずっと醜くて、頭も悪い子を……
そうすれば私は一番下じゃなくなる。
私も優越感に浸れる。
あぁ、神様。感謝いたします。
こんな私に、幸せになるチャンスを下さったのですね。
スプーンに映る醜い私は、醜く笑っていた。