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屋上でのバトルは誰に有利か

昨日、体調を崩して休んだはずなのに元気いっぱい登校してきた真里菜。その有り余った力をクリーンエネルギーのために使用したらどうだろう。少なくとも同級生を自転車で轢くのは勘弁してくれないか。

 九月中旬の朝だというのに目の前から熱気がやってきた。

 別に残暑ってわけじゃない。

 自転車に乗った暑っ苦しい女子高生が俺目掛けて突進してきただけだ。

 だが、そんなパターンは想定済み。

 二度も同じ失敗をしては堪らない。

 俺は左へのサイドステップで颯爽と避けた。

 はずだったのに、自転車は俺の動きに追従してきて衝突をした。


 一応、両手を伸ばして自転車の籠を抑えようとする動きで衝突エネルギーを多少緩和したつもりだったが、平然と後ろに飛ばされ倒れこんだ。俺は怒りを隠そうとせずに自転車の上の女子高生を睨みつける。


「響。危ないじゃない」


 ばつが悪そうに自転車から見下ろしている真里菜は言い放った。

 よくもそんなことが言えるものだ。道路に倒れこんでいる俺の尊厳は雑草のように踏みにじられているが、今更そんなことを気にしても無意味ってことか? ただ、一言でも文句を言わないと気がすまない。

 俺は立ち上がろうとした。しかし、足に力が入らない。と感じると同時に膝辺りがガスバーナーで炙られているような熱を発する。


「ほら」


 真里菜に投げつけられた哺乳瓶をキャッチし急いで蓋を外す。

 さすがに天下の公道で高校生が哺乳瓶を咥えていては格好が悪い。出来るだけ他人に見られないように、俺は倒れこんだまま上半身だけ丸くして哺乳瓶の中身を吸う。

 すると、たちどころに効果が現れる。体中の痛みや違和感が一瞬のうちに消えていく。

 俺は哺乳瓶の蓋を閉めてから自分の脇に置き、両手を背後の地面につけて空を見上げる。大きく深呼吸をすると嫌なことも忘れることが出来る気がする。


「何をやっているの? 急がないと遅刻するぞ」

「遅刻させようと頑張っているのは何処の誰だ?」

「私のせいっていうつもり? ありえなくなくないない?」

「お前以外に誰がいるって言うんだ。そもそも、人が一生懸命避けようとしているところを狙ったようにってぶつけるほうがありえないだろ」

「はあ? あなた頭悪いの? 折角避けたところにぶつかってきたのは響じゃない」


 分かったよ。俺が悪いんだ。もう、それでいいや。

 自転車を受け止めるときに放り出した鞄に哺乳瓶を入れてから立ち上がる。

 そのまま真里菜の事を無視して歩き出す。


「ごめんね」


 立ち止まって声がした方を振り返ると、怒っているわけでもなく笑っているわけでもない普通の表情の真里菜しかいない。

 はて、気のせいだったのだろうか?

 じーっと真里菜を見つめていると俺の視線に気づいて顔を背ける。

 それでも覗き込むように見つめ続けると、真里菜は頬を紅くさせて睨みつけてきた。


「早く行くよ」

「へいへい」

 と言いながらも真里菜が俺の横をゆっくりと自転車で追い抜いていくのをただ見守る。

 そのまま、勝手に一人で行くかと思っていたが、真里菜は両手でブレーキを押さえながら振り向いた。


「一緒に行こっ」


 何が起こったのか分からないが真里菜が微笑んでいる。癒しを与えるような瞳に射すくめられて俺は動けなくなった。

 かと思いきや手招きされると体が勝手に反応してフラフラと歩き出す。

 やばい。どうしてしまったんだ。俺は。

 このままでは朝から自転車で俺のこと弾き飛ばすような暴力女の命令に従順な草食動物君になってしまう。ありえないだろ。あってはいけないだろ。と考えながら自転車に並んで歩く。


「響たち昨日さあ。来てくれたじゃない家に。ちょっと嬉しかったりして?」

「どうして疑問文?」

「だって嬉しかったんだよね。私に会えて」

「まあ、元気そうで良かったよ」

「そりゃ、自転車倒されただけで怪我はないから。どうも悩みすぎなんだよね。響も大泉も」

「でも凄い蒼ざめた顔で帰っていったじゃないか。あの……」

「ストップ。昨日も言ったけどその話はまだするべきではない。私の心の準備もあるし。そんなことより、今日は二連戦だから体調を整えておいて」


 いつもは問答無用なのにこの優しさはどうしたことだろうか? もしかして怪しげなキノコでも食べたとか? でもキノコを食べて性格が良くなるならワライタケでも毒キノコでも何でもいいから食べてもらったほうがいいな。


「学校が終わったらすぐに勝負だから」

「それ、多分、無理」

「はあっ? 何で?」

「空手部に入ったから。変態童貞教師がわざわざ教室までお迎えに来てくれるらしいし」

「鍛えることはいいんじゃない。終わるまで教室で待っていてあげる」


 ふざけるな。そんなものサボってさっさと来い。こんなノリだと思っていたのにどうしたことか。


「何か変なものを食べた記憶ない? 特にキノコ類とかかなり危ないぜ」

「はあっ? 何で? そりゃ朝のお味噌汁に椎茸が入っていたかもしれないけど」

「それとも昨日、何かあったか」

「うっさい。もう昨日のことは忘れてしまえ」


 頭を軽く叩かれた。

 さすがに自転車の上からではそれ以上のことは難しいか。

 俺がそう思って横を向くと悩み事が無くなったようなすっきりとした表情をしていた。これ以上気持ちの良い朝など存在していないと言わんばかりの表情だった。



 六時過ぎにクタクタになって真里菜の教室に入ると女生徒が数人いた。単にだべっているだけ。その中の一人と目が合うと爆発しそうな笑顔で会釈をされた。

 クールに軽く頭を下げるが内心焦る。確か智ちゃんのお友達のうちの一人だと思うけど自信は無い。

 それより、真里菜を探さなくては。俺は教室を見回す。

 と、一番入り口側の列にいた。後ろから二番目。どうやら本を読んでいるらしい。後ろの扉から入ったから当然の如く俺に気がついていない。


 待った? っていうのはカップルみたいだし、オッスってのでは悟空になってしまうし。

 とりあえず、よおっ。と声をかける。


 真里菜は振り向いて俺のことを見て固まる。

 いやね。固まるだけなら良かったんだけど……。


「響。何その髪型。チョーうける。でも、いいんじゃない。高校生らしくて。ぷっ」


 指差しながら口を押さえている。とても失礼な人間だ。

 俺は両拳を固めながらやり場の無い怒りをひたすら我慢する。大丈夫。真里菜を相手にする必要など無い。そう考えながら、暴発しないように深呼吸をして心を落ち着かせていく。


「いやー、それにしても完璧にハゲだね。今が夏場だったら太陽光線を使えるかなり危険な武器になるよ。ていうか、これだけで勝ち抜けるんじゃない。マジで」


 もし、真里菜が男だったら殴っていただろう。それほどまでに俺の理性は制御不能状態に近づいていた。我慢するのにも限界がある。殴っていいだろうか。一発くらい許されるよな。てなことを頭の中の天使が囁いている。


「でも本当はちょっと喜んでいるんだ。響がやる気を出してくれたことに。バトルって能力が一番重要だけど、やっぱり基礎体力や戦闘術も大きいと思うの。それらが僅かだとしても努力で何とか出来るならばいいことだし。それに首輪をゲットした際に戦略や戦術を考えてどの部分を強化しようとかできるだろうし」


 真里菜は椅子から立ち上がりながら読んでいた本を鞄の中に入れている。


 俺は時々こいつが分からなくなる。何を考えているんだろう。どうしてそんなにバトルにこだわるのだろうか。どう考えても真里菜にメリットなんて無いと言うのに。


「あのさ」


 真里菜は俺のことを見つめている。

 とても重要な話がありそうな目つきだ。

 整ったまつげに潤んでいる雫がついてしまわないだろうか、と訳の分からないことを考えながら一歩後ずさりをする。


「動くな」


 えっ。どういうこと。ここ教室で他にも残っている生徒いるからまずいって。

 俺が動揺していると真里菜のピアニストのような綺麗な手が伸びてきて……。

 俺の頭を撫でた。


「これっ! これが気持ちいいのよね」


 俺の頭を撫で回しながら真里菜は嬉しそうに言う。確かに女性って坊主頭を撫でるのが好きだったりするけれど。

 何だか馬鹿にされているようでムカつく。いい加減にしやがれ。俺は睨みつけながら真里菜の腕を掴む。


「ごめん。ごめん。弟を思い出して。それより、どうして突然坊主?」

「空手部はこの髪型が規則なんだとさ。半分強制だけどね」

「ふーん。いいんじゃない。すっきりしていて私は結構好きだよ」


 俺はどう答えていいか分からなくなって横を向いた。さっきの女生徒がにやにやして観察している。うわっ、それ何か勘違いしているから。変な噂とか絶対に流さないでね。


「そろそろ行こうか」


 真里菜の言葉を合図に俺たちは教室を出る。

 廊下には数人歩いているが知らない生徒だ。多分、違うクラスなんだろう。あまり俺たちにも興味が無さそうだし気が楽だ。それにしても、真里菜は俺と一緒にいることが気にならないのだろうか。真里菜だけでなく智ちゃんも他人の目に無頓着な性格なんだろう。そういう性格の方が絶対に得だ。とは考えながらもそうはなれない自分自身に微妙に苛立つ。

 

 真里菜は階段を昇っていく。ということは屋上か。

 俺は黙ったままついていく。


「相手は決まっているの?」

「またまた外人。今度は二人ともヨーロッパ人」

「二人?」

「闘うのは一人ずつだから問題ない」

「他人事だと思って気楽なことを」

「どんな人かな? イケメンだといいけど」

「ぶちのめすだけだから別に顔とか関係ないし」

「せいぜい、ぼこられない程度に頑張ること」


 こいつ、俺の味方なのだろうか? 時々、疑問に感じたりして。


「で、相手の能力とかは?」

「それはまだ不明。ランキングは100番台と200番台だからそこそこ強いと思うけど」

「200番台? それって雑魚じゃないか?」

「何を言っているの。自分が9000番台だって分かっている?」

「パラメーターが全てじゃないって」


 俺は自分が底辺のほうに存在しているという事実から目を逸らしたくなって強がってみるもののウンザリとした気分になってくる。項垂れたくなるのを必死に我慢して顔を上げる。

 ふと、真里菜と目が合った。厳しい表情をしている。


「自分が弱いということをもっとしっかりと考えないと」

「分かっているって」


 文句を言った瞬間に空間の歪みを感じた。

 この屋上は10m×20m程度の長方形。

 接近戦は苦手だが声の届く範囲でなければいけない俺にとって有利な地形といえる。もっとも一番理想的な戦闘空間は声は届くが相手の攻撃が届かないような場所、迷路とかかなと考えているが。


「バトルの開始を宣言する」


 しわがれた低い男の声が前方から聞こえてきた。

 俺はいつの間にか男が存在していることを知った。薄汚れていて白かったのだろうかと分かるだけのワイシャツと紺色っぽいズボンを履いている男がゆっくりと近づいてくる。

 かと思いきや突如走り始める。

 戦闘は宣言後30秒後からじゃなかったのか?


「響。剣が奴の能力!」


 返事をする間もなく男の両腕に剣が現れた。

 刃渡り80cm~90cm程度のロングソードか何かか。

 突き出された剣を右に避けてそのまま背中を見せて走り出す。

 格好悪いかもしれないが、このままでは明らかに分が悪い。何故ならば、俺の能力は接近戦に圧倒的に不利だから。声が届く範囲で敵の攻撃の届かない距離が一番理想だ。

 上手く距離を取って闘えればと思ったのだが、今度は相手はゆっくりと近づいてくる。

 奇襲攻撃が失敗したから正攻法で来ようと言うのか。

 しかし、両腕で剣を構えられて近づかれたら、他にいい対策など無い。考えられない。

 俺はコーナーに追い詰められるボクサーのように屋上の角に追い詰められていた。

 だが、相手が油断している今こそ最大のチャンス。


「俺は童貞だ」


 とりあえずジャブのつもりだった。相手の反応を見るための。

 しかし、目の前の男にはそんなことは関係が無かった。瞬時、眉をしかめたかと思いきや俺の腹部に剣先が突き刺さる。

 継続した攻撃をするためか剣は引き抜かれる。しかし、抵抗する力は無さそうだ。骨がきしむような衝撃と鋭く強烈な痛みで俺はその場に崩れ落ちた。


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