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パジャマの色はピンク色?

無理矢理空手部に入部することになった俺は変態教師に捕まって部室まで連行されていた。

そんな中で現れたのが天使の智ちゃん。今日はお見舞いに行かなくてはいけないと俺を魔の手から救い出す。

ありがとう。智ちゃん。でも……。

 捕まった宇宙人のように項垂れながら空手部部室に連行されていく俺の前に天使が現れた。そう。今の俺にとっては智ちゃんが天使だった。


「先生。一条君の入部は明日からでよろしいでしょうか?」

「しかし、元々、君の要望ではないか」

「申し訳ございません。友人が病気になっていますから、どうしてもお見舞いに行かないといけないのです」

「理由があるならば許可しよう。しかし、明日からの練習は厳しいものになると考えておいてくれ」


 変態童貞教師が何を偉そうに。ぷっ、とか笑いそうになってしまうのだが、さすがにそれはまずいだろうと仏頂面で堪える。


「行くよ」

 と智ちゃんに引っ張られながら校舎から出る。殺意の視線が体中に突き刺さって痛い。少なくとも手を離したほうがいいと思いながらも、硬いけど暖かさを感じさせる権利を自ら放棄しようとする気にはなれない。


 学校から出ると智ちゃんは手を離して振り返った。

「今から真里菜ちゃんの家に行きますけど、準備はいいですか?」


 一応、鞄はある。そもそも帰ろうとしていたところを拉致られただけだから問題はない。俺は黙って頷く。


「ところで、師匠はどうして真里菜の家を知っているんですか?」

「響ちゃん。師匠ってのは練習中だけにしてください。恥ずかしいですから」


 本当は嬉しいくせに。と思ったが智ちゃんの方が俺としても呼びやすい。

 親近感もあるし。


 歩いている間、智ちゃんに格闘理論を聞くことが出来た。理論と言うより、雑談の方が近い。それでも格闘家ならではの考え方とか学ぶことが出来てとても有意義に感じられる。

 もっとも、実戦で使うことなど出来ないのだろうけど。


 住宅街の中にある一軒家で智ちゃんは立ち止まった。表札には織田と書いてあるから、ここが真里菜の自宅なのだろう。

 少しばかりドキドキしてきた。

 女の子の家に遊びに来るなんて小学生以来のことだから。

 もし、一人だったならばこのまま帰ったことだろう。

 いや、今から帰ってしまうか。


 そう考えていたら、ピンポーンというチャイムの音がする。って、智ちゃんが押しているじゃないか。

 玄関の扉が開かれると思ったより若々しい女性が立っている。

 清楚な雰囲気を醸し出しているこの人が真里菜の母親だろうか? それにしては落ち着きぶりといい、一つの動きから表現される気品さといい、彼女と真逆に見えるんだけど。


 お邪魔します。と言いながら上がりこんだ織田家は突然の来訪者を予想していたかのように清潔で整理されていた。


「あら、真里菜ちゃんのお友達ですか。嬉しいわ。学校の話を聞かせてね」

 とか、フローリングの上に絨毯が敷かれた居間に通された俺たちは美味しいクッキーと紅茶でお出迎え。

 ソファーの上に座りながら、もう、このまましばらくお茶をして帰ってもいいんじゃないか。そういう気にもなってくる。

 背伸びをしながら、ふぁー、とアクビをしたとき、廊下のほうから足音がした。


「ママー、喉が渇いた」

 ドアを開けて居間に真里菜が入ってきた。

 ボタンがついているピンクのパジャマ姿で髪はぼさぼさ。頭をポリポリかきながら気だるそう。

 いつもと違って子供っぽいな。と思いながら見ていた俺と視線があう。

 お互いに5秒くらい見つめあう。


「どうしてアンタたちがここにいるの」

 金切り声を出しながら両手で胸を隠しつつ体を半回転させるや否やドアも閉めずに戻っていく。

 一体全体、どういうこっちゃ。

 って、考えるまでも無いか。想像していたより家の中では子供っぽいところがあるじゃないか。あのパジャマだって、両胸くらいに飾りのアクセントがあるくらいで、ちっとも色気ってやつが存在しないし。

 思わず頭をナデナデしたくなるぞ。

 もっとも、そんなことしようものならば、噛み付かれるかもしれないが。


 何にせよ。元気そうな顔を見ることが出来たし、母親に聞いたところ大した病気ではないようだし、今日のところは帰ることにするか。

 俺が立ち上がろうとすると、智ちゃんが先に立ち上がった。


「お母さん。真里菜ちゃんの様子を見てきますね」

「ありがとう。智香ちゃん。助かるわー。最近、どうも隠し事が多くなったようで気になっていたの。それに……」


 真里菜のは母は俺のほうを見ながら何かを言いたそう。

 大丈夫です。全然、ちっとも、天地が逆さに回りだしたとしても、あなたが思いついたようなことはありえないでしょう。

 非暴力主義者の俺と暴力大好きな真里菜とではタイプが違いすぎる。そもそも、殴られたり叩かれたのが好きだったり、快感だったりすることはないから近づきたくも無い。

 とは言え智ちゃんに殴られるのは構わないんだけど。いや、智ちゃんが殴る場合はちゃんとした理由が存在するわけで、暴力女のように自分の気分次第で殴るわけでもなく。

 ん? 真里菜が殴るのも理由はあったのかな。あったかもしれない。

 よく分からなくなってきた。

 俺が一人考え事をしていると手を掴まれた。

 ほぇ? 何事? とか考えていると智ちゃんが引っ張る。


「真里菜ちゃんと話をしないと」


 いや、別に話すことなどありません。などと言うわけにもいかず、智ちゃんに引かれるままに従い真里菜の部屋に向かう。

 階段を上がってすぐの部屋に真里菜と書かれた木製のネームプレートがかけられている。つまり、ここが彼女の部屋と言うことか。

 俺がネームプレートを観察していると前にいた智ちゃんが何も言わずにドアノブを掴もうとしている。いやいや、さすがにそれはまずいだろ。それとなく、智ちゃんが無許可で開けるのを説得した俺はドアをノックする。


「帰れ」


 はいはい。そうですか。帰ります。

 そう言葉が出かかったが喉に何か引っかかって声にならない。

 何でだろう。と冷静になると、真里菜が怒るのも無理が無いような気もしてくる。

 と言うより、怒っているわけでもなく、今の姿が見られたくないだけなのかもしれない。つーことは、俺のことを異性として意識している?

 なーんて。女性の智ちゃんも一緒だからそんなことないない。


「話をしておかなくていいのですか? いいなら帰りますけど」

「どうして今日なんだ? 風邪をひいて学校休んだの分かっているだろ」

「でも時間がありません。今日できることは今日やら無い限り、いつまで経っても世界から背中をつつかれるだけと分かっていますよね。それに、このままなら響ちゃんだって闘い続ける気にもなれないと思いませんか? 空手部に入って鍛えなおそうとしているというのに」

「響が鍛えなおす? 本当に?」

「私が嘘を言って何の得があるのです? 考えるまでもありません」


 ええ、鍛えなおすといったのは本当です。もっとも、空手部に入部したのは自分の意志じゃあありませんけれどね。それに智ちゃんが考えているほど高尚な理由でもなく、小テストでズルをしたという自己嫌悪感が主な動機であるわけなんだけど。


「分かった。部屋に入って」

 大きくは無いが、はっきりとした声が聞こえてきた。智ちゃんは俺に視線で入ってもいいかを確認してからドアを開ける。智ちゃんに続いて俺も部屋に入ると、予想以上に整理されていた。蛍光灯に照らされた清潔感のある白い壁にポスターなどは貼られておらず、ジブリの可愛らしいカレンダーがかけられているだけ。

 学習机には教科書と数冊の文庫本が置かれている。色気が無いなと思って見回した本棚にファッション関係の雑誌を見つけて、普通の女子高生らしいとほっと一安心してしまうのは俺の方がおかしいのだろうか。


「あんまりジロジロ見るなよ」


 声の方を向くとベッドの上に布団の塊があるだけ。

 真里菜は布団の中に潜っているのだろう。


「壁のほうを向いているから出てこいよ」

「嘘ついたら殴るから」


 嘘つく理由が無いから。マジで。殴られるのも嫌だし、寝起きを見る趣味もないから安心してくれ。

 俺がベッドの逆の方に体を向けると背後でごそごそと音がする。

 亀さんが頭を出したのだろう。それともカタツムリ? 角や槍がでてくるかもな。


「それで何の用?」

「単に病気で休んだからお見舞いに来ただけだ。元気そうだから帰るよ」


 俺が立ち上がろうとしたら、横で正座していた智ちゃんに右肩押さえつけられた。強い力ではないが、動こうとする意志を押し留められる。


「奴のこと響ちゃんに説明する必要がありませんか?」

「どうしてそんなことする義務が?」


 沈黙が続く。

 ひたすら長い時間に考えられたが実際はそうでもなかったのだろう。

 蛍光灯がチカチカと光ったような気がして苛立ちを感じる。


「響は私のことを覚えている?」

「当たり前だろ。覚えていなければここに来ていない」

「自転車で衝突する前のことも?」

「衝突する前?」

「なら、大泉は響のことを知っていた?」

「いいえ、公園で会ったのが初めてですが」


 後ろから灰色の息を吐くような音が聞こえた。

 部屋の中に霧が立ち込めているように俺たちの行き先は見当たらない。


「何故、この三人は出会ったの? 一度だけではなく二度も」


 ふざけているのか? って言いたかった。でも言えなかった。重要なことを忘れていて思い出せないでいるあの感覚が俺を支配していく。

 脳は答えを求めて必死に検索している。

 それは質問を与えられたら回答を探そうとする生物としての脳の本質的な機能だ。

 その回答が得られない場合、脳は主に二つの選択を行う。一つ目はそんな疑問は重要ではなかったと誤魔化すこと。二つ目は求道師のように探し続けること。

 幸いなことに俺の場合、すぐに答えは発見された。

 否、正確に言えば答えのある場所を見つけ出した。

 しかし、そこは堅牢に防御されている。

 幾つもの頑丈な鍵で守られている先が、見たくて見えなくて静電気でも帯電しているかのように神経がピリピリとしてくる。

 あまりの苛立ちに自分自身の破壊衝動を止めることができず俺は頬をかきむしる。


「響ちゃん!」


 智ちゃんの声で我を取り戻した。

 両頬がヒリヒリと痛くて……心地よかった。


「やっぱり、まだこのことを話す時期じゃなかった。響がもう少し強くならないとどうしようもない。肉体的にも精神的にも。だから、帰ってくれない? 今日のことは忘れて、さ」

「真里菜ちゃん」

「大丈夫。明日は学校に行くし響のバトルは二戦できるように考えておくから」


 へいへい。俺の周りにはどうしてこう人使いの荒い女しか集らないのだろうかねぇ。もっと、ほら、優しく接して欲しいものだよ。なんて言っても俺って草食系な性格だから同じ草食系と性格が合うと思うんだ。智ちゃんは優しいところもあるけど孤高の虎系だし、真里菜に至っては肉食形ではなく猛獣系って言ったほうが正確じゃないの? 近寄ると噛み付いてきますみたいな。

 皮肉の一言でも言いたい気分ではあったが、余計な騒動を引き起こす必要は無い。壁を見ながら俺は黙ったまま立ち上がる。

 横に座っていた智ちゃんが立ち上がる気配を感じた。その割にはドアに向かって歩き出そうとしている雰囲気が無い。手でも振っているのだろうか?


「見送りはいいからね。気にしていたみたいだから」

「なっ何を言っているの、大泉は」

「えっ? だって真里菜ちゃんって寝るときノーブラ派なんでしょ? さっき、一階であった時、胸を押さえていたじゃない」


 ん? ノーブラ派って何だ? 胸を押さえていた?

 それって、パジャマの下に何もつけていないということ?

 両胸についていたアクセントのようなものってもしかして?

 俺はモルタルで体中を固められたかのように動けない。

 そして、脳はフル回転で答えを求めてパジャマの映像分析を開始する。


「ひーびーきー、お前、今、何を想像しているんだ?」

「いや、何も考えていない。Nothing!」

「ふざけるな! 完全に今日のことを忘れさせてやる!」


 仕方が無いだろ。

 脳は検索をするんだ。神様がそう創ったんだ。

 言い訳を考えているときに脳は後方からの強い衝撃を受信した。

 間違いなく真里菜のドロップキックを喰らったと報告している。

 そして、一瞬の後に壁に激突する。脳はそう予言するだけで、先程の回答を得る前に停止した。


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