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どうしてみんなで俺をつけまわす?

昼休みに智ちゃんに師匠になってもらいレベルアップをお願いした日の放課後、とんでもない話が広がっていた。

学校が修羅場になる。

そんなことを俺は考えたことすらなかった。

 太陽の明かりが眩しく差し込んでいる放課後、教室の中はざわついていた。

 部活に行く者、帰る者、単純にだべっている者。

 俺はそんな中、智ちゃんが言っていた練習って何だろうと考えながら、帰る準備をしていた。

 一応、智ちゃんと真里菜のお見舞いに行くことになっていたから、練習はその後で実践的なことを行うのだろうと漠然と考えていた。


「お前、命を狙われているぞ」

 同級生の吉田が話しかけてきた。坊主頭が青々している。背は160cmくらいで俺よりちょっと小さく線は細いが、空手部で鍛えているためか筋肉質な体だ。


「えっ? 何で?」

「だって、お前、大泉のパンツを見たんだろ。はっきり言って大騒ぎになっているぜ」

「はぁ? 誰がそんなデマを?」

「デマも何も当人である大泉がそう言っているからなあ。特に空手部の顧問、四十三歳独身童貞の上原学は俺の嫁に何てことするんだ。って大激怒してたぜ」

「俺の嫁って……」

「気にするな。少なくとも俺は気にしたことはない」

「で、何て言っている?」

「高校卒業するまで自分を含めて誰にも手を出させない! だとよ。凄い剣幕で暴れていたから気をつけたほうがいい」

「気をつけるも何も接点が無いから大丈夫だろ?」

「俺は一応、注意してあげたからな。教室とトイレ以外での戦闘が許可されているから殺されないように頑張れよ」


 殺されるって、簡単に物騒なこと言うなよ。

 もしかしてここは戦場か?

 いやいや、そんなわけない。ちょっと大げさすぎるんだよ。


「情報ありがとうな」

「気にするなよ」

「で、どうして智ちゃんのことでそんなに必死なんだ?」

「と、智ちゃん? 一条は何で空手部の俺より仲良さげなんだ?」

「いや、いろいろあって……。で、智ちゃんと空手部はどういう関係?」

「どういう関係も空手部部員だよ。しかも全国区選手だぜ」

「それは凄い。全然知らなかった」

「知らなかったやつが、智ちゃんって呼ぶとはなあ。俺なんか時々、緊張して敬語になっちゃうっていうのに」

「そうなんだ。それより、どうしてパンツを見たとか何とかで大騒ぎになるんだ?」

「お前ってちょっと人よりずれていないか? 大泉は勉強、スポーツ万能、空手の天才で可愛い系の校内トップアイドルだろ。そんな彼女のパンツを見たって言えば、そりゃ大騒ぎになるし、見たやつを痛めつけようって考えるやつも出てくるわけだ」


 ああ、故意ではないとは言え何たる不幸。

 不幸の星が俺の頭上で昼寝でもしているに違いない。


「ちなみに、一年生では大泉、織田、大友のスリーオーってのがスリートップって呼ばれていて人気を三分割しているぜ。」

「ん? 織田って、真里菜のこと?」

「はぁ? お前、織田とも知り合いなのか? でも、それ大きな声で言わないほうがいいぜ。大泉にも織田にも手を出したと広まったら、マジ、殺されるぜ」


 吉田は目つきも厳しく真剣な表情だ。

 どうやら、本気でアドバイスしてくれているようだ。


「なぁ、吉田。お前ってホントいいやつだな」

「いやぁ、そんなことねーよ。でも、もし、大泉や織田と遊びに行く機会があったら、俺も絶対に誘ってくれよ」


 吉田は照れ隠しか、頭をポリポリとかきながら横を向く。

 よし、今度、みんなで遊びに行くことがあれば……。

 って言っても、そんなことはイメージできそうに無い。

 どう考えても真里菜が暴れだしそうだからな。


「それじゃ、俺、部活あるから」

 スポーツバッグを肩に引っ掛けてそのまま教室を出て行く吉田を俺は見送る。

 俺もそろそろ帰るか。

 鞄に勉強しない教科書を詰め込み、気楽な気持ちで教室を出た。

 いつもと同じ日常だった。

 代わりばえのしない学校だった。


 教室を出るまでは。


「一条響と言うのはお前か」


 髪の毛の薄いおっさんがいた。坊主頭というより、はげ。でも、下手に隠そうとしているより男らしい。やくざのような細い目つきで俺を睨んでいる。

 背は俺と同じ170cmくらいだと思うが、肩と首辺りがごっつい。

 考えるまでも無く、こいつが童貞教師の上原学だろう。


「えっ? 鈴木ですけど。一条はまだ教室の中にいましたよ」

 俺は他人の振りをして通り過ぎようとする。

 が、待て。と、肩を捕まえられた。


「そんな古典的な技が通用すると思っているのか。ちゃんと、写メで本人確認は出来ている」

 上原はアニメのフィギュアと見られるストラップがついている携帯電話を俺の前に突きつける。


 くっ。誤魔化すのは難しいか。


「貴様、俺の大泉のパンツの中に手を入れたって本当か?」

「どこでどうなったらそんなおかしな話になってしまうのですか?」

「何故なら、パンツを見たってことは、そういうことをしたということだろ。生徒の不順異性交遊はこの俺が絶対に許さない」


 上原は両手の拳ダコ(拳の付け根部分が異様に盛り上がっている)を見せつけながら俺を威嚇する。

 もう。これってどう考えても先生がとるべき行動じゃねーよ。

 だが、こうなってしまっては命に係わる。何とか誤解を解かなくては。


「大丈夫です。そんなことはしていません。なんと言っても俺、童貞ですから」


 ああっ、暇な生徒が何事かと聞き耳を立てている。

 しかも女子生徒まで。お願いですから、さっさと帰ってくれ。

 もう、ホントに嫌になる。

 別に童貞であることはいいのだが、何故、学校の廊下で先生にカミングアウトしなけりゃいけないんだ。

 先生、頼むからこれで空気を読んで帰ってくれ。


「そうか……。などと納得するとでも思っているのか? 分かったぞ。貴様、パンツめくりをしたな。当人の意思と無関係にパンツを見るとは何事だ。不順異性交遊より重い罪に間違いない」


 おいおい。パンツめくりって小学生かよ。

 しかも、今時、そんなことやるやつなんて小学校にだっていないだろうて。

 俺は吹き出しそうになっていたが、赤く充血した殺気だった先生の目を見たとたん、あまりの恐怖に体が硬くなっていく。

 しょうがない。ここは、正直に話すしかない。

 そうすればきっと誤解も解けるはず。


「いえ、単に智ちゃんに膝枕をしてもらったときに、たまたま見えてしまっただけです。本当にそれだけのことで、悪意も不順な考えもちっともありません」

「貴様、大泉のことを智ちゃんって呼ぶなんてどういう神経している。この大泉LOVEのこの俺でさえ、智ちゃんなんて呼んだことが無いというのに」


 んなこと、知らねーよ。と叫んでいる猫が頭の中で暴れている。

 しかし、発狂しているゴリラ相手にそんな猫を投げつける蛮勇はない。


「ほら、先生も智ちゃんって呼んだらいいじゃないですか」

「馬鹿者。自分は生徒を預かっている身。公私混同をしないことが自分のモットーだ。生徒に手を出そうとしたり贔屓に見られたりするような真似ができるか。教師になってから今までずうっと生徒とは個性を重視した上で常に平等に接している」


 えっ? マジで? 最近流行のエロ教師とは一線を画しているじゃないか。ちょっとだけ尊敬してしまうかもしれないぞ。


「勿論、気に入った女の子だけには卒業後に年賀状とか送っているが。ただ、いままで返事は来たことがない……」


 項垂れる変態教師上原。

 ちょっと尊敬したのは即行で心のゴミ箱に捨てさせてもらおう。

 まぁ、真面目なのだけは分かったけどね。


「大丈夫ですよ。先生のようないい人は必ず見ていてくれる人がいますよ」


 心にも無い浮ついた台詞を投げつけて、俺は逃げようとする。

 しかし、上原の目は未だに真っ赤な攻撃色だ。


「そんなこと言って誤魔化そうとしているだろ。さっき、貴様が膝枕してもらったって話を聞き逃してはいないぞ」

「でも、膝枕に何の問題が」

「ふざけるな。この歳になっても、一度たりとも自分は膝枕してもらったことが無いんだぞ。だから、貴様を許せるはずが無いだろ」


 ぐっ。死ぬほど面倒くさいやつ。大人なんだからお金払えば膝枕くらい好き放題だろ。意味不明に八つ当たりしようとするのは勘弁してくれ。

 ただ、そう真正面から突撃したら殺されかねない。

 ならば、空手形で誤魔化すしかない。


「先生。智ちゃんに膝枕してくれるよう。私から頼んでみましょうか?」

「ふざけるな! 自分は教師だぞ」


 唾を飛ばしながら叫んでいるものの、既に攻撃色は失われた穏やかな目に変わっている。よし、もう一押しで大丈夫だ。


「確かに、在学中だとまずいですけど、卒業した後なら全然問題ないですよね?」

「いや、それは自分の口からは……」


 上原は言葉にならないような声でぐちぐちと言っている。

 ただ、見た感じ明らかに頭の中の理性は余裕で負けているはず。

 あとは、終着点を何処にするかだけだ。


「卒業式の後で頼んでみますよ。智ちゃんなら絶対にOKと言ってくれると思います」

「そっ、そうか。仕方ないなぁ」


 上原はニヤニヤとしている。

 卒業したら別に変態教師に気兼ねする必要など無いから、約束など守る必要すらないのに。

 と言っても、智ちゃんは優しいから、やってくれるような気もするけど。

 何にせよ。ピンチは逃れたはず。

 俺はゆっくりとその場を離れようとする。


「待て、一条響」


 えっ? これ以上、何かあるのか。もう、本当に勘弁してくださいな。

 俺は文句を言いたいのをひたすら我慢する。


「貴様は今日から空手部部員となった。ちゃんと練習に来るように」


 はぁ? 理解不能。部活ってのは先生じゃなくて生徒が決めるものだろ。


「でも、既に文芸部に入っていますから」

「大泉からの頼みだ。貴様も了承していると聞いている」


 もしかして昼の作戦とか練習の中に空手部の入部が含まれているのか。

 俺としては、もっと楽して簡単にレベルアップできるものだと考えていたのに甘かった。


「分かりました。それでは明日からお願いいたします」

「何を言っている。始めるならば一日でも早くやるべきだ」


 俺の首根っこでも掴んで連れて行こうという雰囲気に対抗するすべはない。

 もう、どうでもいいや。

 なるようになれ。

 諦めの境地に達した俺は上原が歩いていくのに素直についていく。

 野次馬と化していた生徒たちは平穏無事に事態が収まってしまったことがつまらないと言わんばかりの表情をしながら、各々の方向に消えていく。


 上原はそんな生徒たちの様子を見ていたのか、誰も俺たちへの興味を失ったと思われる頃に立ち止まった。

 立ち止まって俺の耳元に顔を近づけてくる。

 げぇ。男に近づかれても気持ち悪いだけで嬉しくないよ。と思いつつも反抗することも出来ずに黙っていると、上原は小さいけれどもはっきりとした声で訊いてきた。


「ところで、大泉のパンツってどんなのだった」


 と。

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