炎の球は男球(前編)
「人に助けてもらったらお礼を言うのが礼儀じゃないの?」
午後四時、高校からの帰り道、駅へと向かう俺に失礼な言葉が投げつけられた。咄嗟に、アスファルトの道路、側道から脇にある児童公園(滑り台あり)に向かって前方回転。柔道で習った受け身を使う。
「いてー。アスファルト硬すぎ」
文句を言っていると殺気が近づいてくる。すぐ横に。
俺が身構えると、
「はーっはっはっは」
とツインテールを揺らしながら笑い声をあげる女子高生。乗っている赤い自転車が妙に似合わない。
「……」
「……」
「あのさ、恥ずかしくない?」
俺が突っ込むと、女子高生は自転車から降りてスタンドを立てる。ツカツカツカと歩いてきて、頭を軽くチョップされた。その横を買い物袋を籠に入れた自転車が、ちりちりーんとわざとらしくベルを鳴らして通り過ぎていく。
「えーと、ウル、サイナさん?」
「違う」
「えっとー、ウル、セイヨさん?」
「違うって」
「えっとぉ、ワル、ダクミさん?」
「ありえないから。私は織田だって試験に出るからよく覚えておきなさい」
「プッ」
「あー、今嗤った。ワザとらしく鼻で嗤いやがっただろ」
「いえ、笑っていませんけど、で何の用?」
比較的丁寧に訊ねる。いい加減、変な事件に絡まれるのは迷惑。平穏な人生設計をモットーとしている俺としては、厄介事に巻き込まれたくない。それでなくても、一日で退院したことに対して病院側から、ソーラーパワー治療とか意味不明な宣伝をするから協力して欲しい。って理解不可能な要望を受けて困っていると言うのに。
「高校生バトルに参加している自覚はある?」
「自覚も何も何かの冗談じゃないの? それ」
「ふん。ちゃんと闘うつもりが無いのなら、昨日の願い取り消すから」
「ちょ、ちょっと待て」
俺は計算する。ここで昨日の願いを取り消されるのは損だ。かと言ってバトルなどとやらに参加して殺されたりするのはもっと願い下げだ。一番いいのはこのまま他人の振りをすることだが、どうやらそうもいかないらしい。とすると、ワザと負けた振りをして終わりにするのがベストか。
「わかったよググレさん」
「ググレ? 何それ」
「だって、名前は、ググレカスだろ?」
言った瞬間に再び頭にチョップ。どうやら攻撃的な性格らしい。
「ググレって何? 私はカレーかっての。さっきからワザと言ってるだろ。もう一度言うから覚えておきなさい。私の名前は織田。わかった?」
「あのさ、下の名前は?」
「ま……」
「聞こえなかった」
「響は、織田さまって呼べばいいんだって」
「それじゃあ、真里菜って呼ばせてもらうわ」
またまた頭部に空手チョップ。きっと前世は猛獣とかその類だったのだろう。もっとも草食動物の中にもヒポポタマスのような獰猛な奴もいるから単純な分類は難しいだろうけど。
「ちゃんと覚えているじゃない」
「いや、ま、ボケのお約束だし。つか、どうして織田……」
「言うな、訊くな、考え込むな!」
真理奈の表情が頬を膨らませて怒りつつ目が泣きそうになっているので、面白追求は中止する。この手の突っ込みは冗談で済む範囲が面白い。以前にネットで見た鈴木光鼠さんとか、マジで笑えそうになかったからな。本人も辛そうだったし。
「ちゃんと聞いている? 来週の日曜日までに十人、いや、昨日、一人倒したから九人倒さないと失格になるんだってば。だから、今日も一人、対戦を予約しておいたから」
やばい。流行の名前について考えていたら、話を聞いていなかった。
「って? 対戦を予約って、ゲームじゃあるまいし、何を言ってるんだ?」
「兎に角、響は今日一人と闘わなければならない。それだけのこと。んでね、今度は外国人選手をマッチしておいたから。どう? 凄いでしょ」
「もういいよ」
「何が?」
「そのバトルにも真里菜にもウンザリ。俺は平和主義者としてエクソシストの道を模索したい」
「でもでも辞退したら記憶も能力もボーナスも失われる。そんなこと絶対にダメ。それに、この大会に参加できるのって凄い幸運なことなんだって」
「なら、真里菜が参加すれば良かっただろ」
文句を言うと真理奈が瞼を閉じる。回想でもしているのか。まさか、寝ているわけではあるまい?
「退院させるためには必要だった。どん薬(どんな怪我でも回復できる薬)を使うためには、バトルに参加していることが必須だから。私は、自分が参加する権利を譲った。響を怪我から回復させるために……」
嘘臭いと思った。騙している雰囲気も感じられる。しかし、こうまで言われてやりません。とは言ってはいけない。言えるわけないだろ。
「ああ、わかった。どこまで勝てるか知らないけど、とりあえずやってみるわ。で、対戦相手は?」
「んとね。とりあえず外国人。自称だからよくわからないけど、強くてカッコいいらしい。どうしようスティーヴン・セガールみたいだったら。身長百九十六センチもあってクールなの」
「で、ちっともいい場面もなく俺は首を折られると……」
「やるよ。スティーヴン・セガール倒すよ」
真理奈が吼える。
しかし、自分が首を折られるイメージしか浮かんでこない(おぇー)。憂鬱な気分になっていると、両手をあげて騒いでいた真里菜の動きが止まった。
続く。