ねばーえんど
残りの首輪は三つ。
一個無駄にしてしまったが、三つもあれば相当強力な能力が入手できるはず。とりあえず、頭脳をフル回転させて、「時間を止める能力をくれ」と首輪に依頼する。しかし、首輪は反応しない。
「あー、そういうディオ様的能力はゲットできないルールになっているから。よくいるらしいよ。キングクリムゾンください。って願う馬鹿。あんた、ボスになろうって? 無理っ」
「真里菜、他人のことを馬鹿呼ばわりしちゃ駄目だって。ルールブックを渡されているわけでもないのに、何が可能な願いかなんてわからないだろ?」
「何言ってるんだ響。ルールブックならあるって……。って見せないけど」
「だーーーーっ! ったくこいつは。そんじゃ、何を願えばいいんだよ」
「うーん、もうちょっと身長が欲しいんだよね」
「いやいや、真里菜の願いを叶えてどうする。胸が大きくなっただけで十分だろ」
「響は大きくするの願うの無しだからな」
「何処を」
「そりゃ、ち……って、何を言わせようとするんだ変態!」
ビンタが飛んできたが、体を背後にのけぞらせて躱す。
「くぅ、ムカつく奴」
暴力女も暴力が当たらなければただの女だ。
と、生暖かい目で見ようとしたら、金的狙いの前蹴りが飛んできた。
でも、かなり遅い。膝で軽くガード。
真里菜はガードされた脚をそのまま利用して、震脚を踏んでから半回転してバックハンドブロー。当たれば威力がありそうだが、モーションデカすぎ。避けるのも面倒だから、背中を当てて弾き飛ばす。本気じゃないから吹っ飛ばないが、バランスを崩してその場に倒れ込む。これこそまさに鉄山靠、なんちって。
「ああ、ムカつくムカつく。どうしてこんなにムカつく奴になったんだ」
地面にペタリと体育座り。頬を膨らませて下から睨みつけてくる真里菜。この手の顔は意外と可愛い。
「おにいちゃん。首輪は消滅はしないから明日まで考えてみたら? エレーネは、じゃんけんで勝った方が勝つ能力とか面白そうとか思っているけど」
「それじゃあ、勝つか負けるかわからないじゃん」
「でね、もう一個の能力を手を握りコブシにする能力とかにすると、ね、面白そう」
「完璧にインチキじゃんけんだな」
無邪気なエレーネの意見を聞いていたら、ちっとも強くなれ無さそうだ。そもそもエレーネの能力は『あみだくじ』だし。ぶっちゃけ、この能力を使われて勝てる気はしないけど。
「ま、エレーネの言うとおり一日考えなさい。どうせ、響の能力だし。他人に言われた能力を得て負けたら納得できないだろうし」
何時の間にか脚を伸ばしている。短いスカートからはみ出した太ももと膝小僧が艶めかしい。だが、本人は俺を見たくないのか、顔を横に向けている。
「それじゃ、今日は帰るか。疲れた頭で考えたって大したアイディアは出てこないだろしな」
座ったままの真理奈に近づき、手を差し伸べる。
払いのけられる。そう思ったが、予想外にも真里菜は俺の手を掴んで立ち上がる。小声で、「ありがと」と言うと、俺から離した手でスカートをパタパタと叩き埃を落とす。
「それじゃ、しっかり考えておけよ響」
甲子園で采配を振るう監督のように腕を組んで偉そうな真理奈。一瞬、可愛いところがあると思った俺が馬鹿でした。自分に呆れながら帰ろうとしたその時、声が聞こえた。
智香だった。
「考える必要なんかありません」
俺たちのことを完全否定するかのようだ。
「ちょ、ちょっと師匠、どうしたんですか? 今日は用事があったわけじゃないんですか?」
「織田さん、そろそろ本当のことを話す時期が来たんじゃない?」
「……」
拗ねた子供のように顔を背ける真里菜。
「一条君、私を信じてくれる?」
「ええ、師匠の言うことなら」
俺は右手を差し伸べて首輪を要求する智香に近づき渡そうとした。ここで、智香が裏切るとも思わなかったし、もし、裏切られても構わないと思った。どうせ現状の実力では一パーセントも智香に勝てるとは思っていなかったから。それに、信じているからね。裏切られても構わないから信じるものだからね。
「待ちなさい!」
真理奈に肩を掴まれた。だが、力は入っていない。軽く肩を揺すって外す。振り向かずに智香に首輪を渡す。
「覚悟はいい?」
「何の覚悟です?」
「さあ。でも、これが本来のあるべき姿のはず」
「ならいいですよ」
俺が頷くと、智香も頷く。
「一条響に施された封印を解除せよ」
智香の声に一つ目の首輪が反応した。淡く輝いて消滅する。
「何も起こらない?」
「これからだと思う。次行くよ。一条響の記憶を復活させよ」
二つ目の首輪が反応し消滅する。
それと同時に記憶の波が俺を襲う。今まで知らなかった他人の記憶が続々と流れ込んでくる。幼稚園の小学生の中学生の、そして高校の記憶が映画でも見ているかのように、フラッシュバックするかのように蓄えられていく。
「最後、一条響の肉体を復活させよ」
三つ目の首輪が消えていくのと同時に、体中の筋肉が盛り上がっていくのを感じる。小さいころから鍛え上げていった肉体、自分の躯を取り戻していく感覚にアドレナリンが流れ込んでくる。
こうして俺は俺でなくなった。
「どういうことです師匠?」
「……」
智香は答えない。俺のことをクリクリした瞳でジッと見つめているだけだ。
「響、あなたは封印されていたの。友人の記憶を植え付けられてね」
「友人の記憶?」
「ええ、アイツら白坂らに殺された高校生の記憶を上書きされたの。一条響の上にね」
「ちょっと待てよ。それが本当ならば俺は一体誰なんだ? 俺が記憶している家族は俺の家族なのか? それとも一条響の家族なのか? いや待て。その話は一体……」
両手で頭を抑える。頭痛がする。前頭葉がガンガン痛みだしその場にしゃがみこむ。
「大泉、まだ早かったんだよ。もう少し自然に記憶が戻ってきてから、封印を解除するべきだったんだ」
「でも、そんなのを待っていたら響くんは本当に彼と融合してしまう。それでもいいの?」
「昔の響はもういない。今、存在するのは今の響。それを望んだのも彼なんだから」
理解できる。俺は俺であって俺ではない。
響は親友であって俺ではない。
俺が奴らに殺されかけた時、響は契約をした。俺の意識を自分の中に受け入れ、自分はその記憶を消滅させると。
俺を護るために。真里菜を護るために。
「くそっ、意味が解らねぇ。俺は本当は一体、誰なんだ?!」
叫んだ瞬間に後頭部に強烈な痛みを感じた。精神的な痛みでも内部から発生した痛みでもない。物理的な痛みを感じて振り返る。
「小難しい事を考えなくていいんだって。どうせ馬鹿なんだから」
真理奈が拳を握りしめている。
「って、おい、どういう意味だ?」
「そのまんま。あんたは響。アイツも響。それだけでいいじゃん。元々、それがアイツの希望だったわけでもあるし」
意味不明に中指を立てる真里菜。ホント、お前は何が言いたい。
「待ってください。そんなの納得いきませんよ。私の目標は一条君を倒す事だったのですから。そして、全員をぶっ潰して最強になる。そのためにこんなくだらないバトルに参加しているんですから」
「師匠、俺を倒したいんですか?」
「違う。本物の……」
「本物ですよ。いいですよ本気で撃ってきて」
「大丈夫?」
「どうぞ」
俺は構えない。仁王立ちのまま、智香の動きを観察する。
避けることはできる。カウンターを当てることも可能だろう。
しかし、ここは受け止める必要があった。
「いくよ!」
智香も真っ向勝負をしてくる。変化も何もなしで、腹部に向かって渾身の力で正拳突きを放ってくる。普通の人間ならば内臓破裂、そうでなくても倒れて立ち上がることが不可能な突きを喰らったが、寸分も揺らぐことすらない。
「願いで肉体が変わったから?」
驚愕の表情を浮かべる智香に、笑みを浮かべながら、
「それだけじゃない。呼吸法も体の使い方も全てを理解したから、いや、理解していた自分を取り戻したからだろう」
と、回答する。
「おにいちゃん、私も試していい?」
ああん? 今度はエレーネ? いいよって言おうとしたら、ナイフを持っている。
「却下」
「どうして? ナイフがどこまで通じるかも確認しておいた方がいいと思うよ。拷問にあったときとかのために」
「ありえないから却下」
エレーネは頬を膨らませて、つまんないの、とか言いながら、真里菜の後ろに隠れる。
「どう? 響。体も記憶も手に入れて満足できた? バトルに参加した目的を思い出した?」
「記憶が融合するにはもう少し時間がかかると思うけど、明日には全てを取り戻せて、何だってできるような気がする。この肉体……」
俺はボディービルダーの良くやるポーズをとってみて、体の筋肉を確認してき……。
「ああっ、何たることだ」
「な、何? どうしたの?」
「この肉体、ほとんど完璧だが、一つだけ重要な問題がある」
「本当に? 鍛え直さないと一条君」
「えっ? 鍛える? 鍛えれるのかな?」
「見せてみてよおにいちゃん」
三人の視線が集まる中、俺は重要な問題を口にする。
「皮被りに戻っちまった……」
秋風が俺たちを包み込む。冬の冷気を含んでいる風は体の芯まで冷やしそうだ。
「ひーびーきー!」
「一条君!」
「おにいちゃん!」
なっ、何その、お、俺、何も悪い事していないよな?
言い訳をする前にトリプルパンチが飛んできた。三方向から襲い掛かってくる攻撃に、俺は耐えることもできずにその場に崩れ落ちた。
大丈夫だ。俺は負けねぇ。
俺はようやく闘い始めたばかりだからな。この果てしなく続く高校生バトルをよ……。
未完