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覚悟と錯誤

 夏を忘れさせるような秋の夜の帳が訪れた公園に俺たち三人はいた。街灯が公園の中を照らす光は十分でなく薄暗い。しかし家路を急ぐ高校生や主婦達が公園前の道路を行き来しており寂しくはない。何処となくノンビリした空気がある。


 誰もが平穏に過ごしたい。争いも災害のなく普通のありきたりの高校生活を送りたい。勉強して部活してできれば恋愛して、そんな楽しげな日常生活は当たり前に存在するものだと思っていた。なんの困難もないと思っていた。


 けど、俺たちは気づいてしまった。磐石に思えていた安定した社会は多くの人間に支えられていた不安定なシステムで構築されていたお菓子の家だったってことに。

 俺たちの目の前には大海原で方向を見失っているヨットのように混乱が待ち受けていることに。


 だからと言って絶望していても仕方が無い。幸いにも俺は次に進むべき道が見えているのだから多くのものを失って立ち止まっている友のためにも歩き出さなくてはいけない。


 とは言え、今の俺が酷い状況に追い込まれていることは間違いない。高校生バトルなる超能力格闘大会に巻き込まれた上、その超能力を利用して悪事を行っているマフィア化した組織に狙われている。バトルの勝利時に与えられる特典で犯罪を合法化しているからアンタッチャブルになっている奴らを放置しておけば自分が危うい。


 なら、やられる前にぶっ潰す。


 しかし犯罪組織をぶっ潰すのは容易ではない。簡単ならば警察だって苦労するはずがない。だから、勝つ見込みがないか。と言えばそうでもない。

 やつらの犯罪はプロではない。所詮、超能力を利用したインチキ犯罪者だ。

 もっとも、犯罪にインチキもプロもないかもしれない。ただ、やつらの犯罪を止める方法はそれほど難しくない。

 昨晩に話し合ったとおりの計画を粛々と実行すれば、首根っこを押さえつけれるはず。


 そのためには、首輪を手に入れる必要がある。少なくとも二つ。

 まずは、バトルに勝利しないと。


 真里菜が用意したダブルバトル、相手のランキングは2000番台の二人に対して、今回、俺は一人で闘うことにした。

「無理、無茶、無謀、勝てっこない、どう考えても」

 平然と失礼な言葉の羅列をぶつけてきた真里菜を俺は無視する。


「頑張ってね」

 と軽く言ったのはエレーネ。何も汚らしい世界を知らない無垢の少女のように微笑んでいる。

「な、何、こいつだけで勝てるわけないじゃん」

「でも、このままエレーネを頼っているだけなら存在意義はないよ」


 ぐうの音も出ないほどのディすりかただ。冗談なのか本気なのか判らない微笑みはすぐに止んだ。突如、緩んでいた表情を一変させて血に飢えた殺戮のウルフの目つきで俺を睥睨する。


 多分、一週間前ならば怯えてスピッツのような目で尻尾を丸めていたかもしれない。けど、俺は一週間前の俺じゃない。いや、昨日の俺ですらない。

 成長して進化している。

 自分で自覚できるほど。


 だから、エレーネの視線を正面から受け止めた。もう逃げていられないから。


 するとエレーネの険は胡散霧消する。


「それに、お姉ちゃんも信じていいんじゃない。お兄ちゃんの力を」


 ルービックキューブを完成できずに唖然としているキュービストのような困惑した表情を浮かべていた真里菜だったが、コクリと強く頷いた。

 それを見て固唾を呑んだ。

 言うは易し行うのは難し。

 そもそも、俺の能力は戦闘向きじゃあない。

 判ってるさ。解っているよ。でもさ、やるしかないだろ。先んずれば人を制す。ってことだからな。


「そろそろ時間だ。ホントに大丈夫なんだな響」


 勿論。それに今更ビビリましたって訳にもいかないだろ。

 一応、このバトル中に死ぬことはないって安心材料もあることだし、予選勝ち抜きまでの日数もギリギリのようだしな。


「で、真里菜、相手はどんな奴らなんだ? 情報はあるのか?」

「詳細の情報はなくて概要だけだけど身長が2mの鉄壁コンビって噂のスイス人。今までダメージを与えた人間はいないそう。攻撃力は大したことないらしいから、それが救いね」

「2、2m?」

「スイス人ってみんな身長が2mあるのかもね。攻撃力が無いって言ってもそこそこの威力はあるだろうから殴られないほうがいいんじゃない?」


 ちょっ、他人事だからって適当なことばっかり言って。


「お兄ちゃんナイフ使う?」


 こっちはこっちで物騒なことを事無げに言うし。


「武器の持ち込みは禁止じゃない」

「ばれなきゃ大丈夫だよ。組んで密着した所で前方向から見えないようにしてプスッと刺すの。スリリングだよ」


 駄目だよエレーネ。色々な意味で……。


 などと馬鹿げていたことを言っているうちに公園が静寂に包み込まれていた。遠くで鳴る踏み切りの音も電車の音も喧騒も無い。そんな異空間に自分がいることに気づいて心の警戒警報がオールレッドに変わった。


「お前が今回の相手か」

「弱そうだな。しかも一人だと。これはボーナスゲームのようなものだ」


 いつの間にか目の前に巨神兵が2体いた。別にターミネーターでも構わないが、こいつら相手だったならシュワちゃんだって子供同然のビックサイズだ。ビッグマックをミニシュークリームでも食べるように簡単に食べれそうなくらいデカイ、マジデカイ。そんな印象しか出てこない二人を見て俺は圧倒される。

 もし、俺がテレビでこの映像を見ているならば、ああっ、でっけーのが動いてちっこいのを踏み潰そうとしているよ(藁 って言っちゃうかもしれない。


 けどな、当人にしてみればだなあ。


 勘弁してくれ。


 としか言いようが無い。


 遠近法を混乱させようとする大きさに唖然としながら相手を観察する。が、隙は見当たらない。少なくとも数日習った空手ごときで倒せるような相手じゃない。やばい。こんな奴がパンチの威力を強化させるような能力だったり、スピードアップする能力だった日には勝ち目が無いだろ。


「頑張れ響、欲しがりません勝つまでは。の勢いで頑張るんだ」


 何か違うだろ。って突っ込みをする気力も無いまま構えた。それなのに相手は余裕綽々、泰然としたままバトルを宣言する。


「どうした構えないのか?」


 俺が相手を観察しながら、様子見の言葉を放つと二人は鼻で嗤う。


「お前の攻撃など恐れるに足らず」

「そうだ、我らは鉄壁のミュラー兄弟。兄は体の堅さをダイヤモンドにできる能力。俺は体を丸めて相手の攻撃をアルマジロのように防御できる能力。この防御網は未だ破られたこと無い!」


 こいつらワザワザ自分の能力を教えるなんて……。

 馬鹿だろ。若しくは、よほど自分たちの能力に自信があるか。


 ……ん? 


「待てよ。お前ら攻撃能力は?」

「そんなもの不要。攻撃に疲れ果てたところ拳で殴れば十分」

「そうよ。何せ我らは鉄壁の……」


 やば、頭が痛い。


「あのさ、俺、今日、風呂除かれた挙句、馬鹿にされた」

 ボソッと呟いていみた。

 どれだけの威力があるか訝しがっていたが、効果てきめんだった。

 二人は気絶するほどではないが笑い転げている。


「そう言えば、そこにいる暴力女に自転車で轢かれて溝に落ちて入院した」

 再び呟くと苦しそうに笑っている。


 十分だろ、と判断した俺は二人に近づき首輪を掴む。

 後は時間を待つだけ。けど、三十秒って結構長い。いつ二人の笑いが止まるかとヒヤヒヤしていたが、幸いなことに何もなく過ぎ去ったようで首輪は二人の頸をすり抜けた。


 自分たちが負けたことに気づいているかいないか不明だが、笑い続けている巨神兵に俺は手を振る。

 あばよ。お前達はきっと人間としてはいい人間の部類になるだろうし、スポーツでもすればその体格を有効利用できるだろう。こんなつまらないバトルをしていないで本当の格闘家になって世界を震撼させてくれ。


 何事も無く異空間から戻ってきた俺は首輪を二つ掴んでいることを確認する。

 後は、願いを依頼するだけだ。


「よくやったな。響、まあ座れ」

 珍しく真里菜がアイドルグループのような営業スマイルを見せた。本音は見せていないかもしれないが、怒っているよりこっちの顔の方がいい。

 けど、そのトイレの落書きみたいな台詞は何だ。もっと、女性らしいだな……。

「お兄ちゃん。邪魔が入る前に使わないと」

 エレーネが大きな声で言う。

「へっ?」

「横取りするハゲタカがいるかもしれないからね。奪われたりしたら大損だよ」


 なるほど。さっさと願いをかなえてしまおう。


「首輪保持者が重犯罪を犯した場合、即時その国の法律によって処罰されるようにしてください」


 一応、首輪保持者で重犯罪に限定する。軽犯罪まで広げてしまった日には、自転車を無灯火で走っていた。とか歩道を走っていた。ってだけで掴まってしまうかもしれない自分が。

 とりあえずこれでかなりの抑制効果があるはずだが、これだけでは不十分だ。


 と言うわけで、

「さっきと今依頼する内容は65535回首輪を使って依頼しない限り変更不可能としてください」

 って願いをロックする。


 単純に変更不可能にしてください。って依頼していないところがミソ。変更不可能って依頼だと変更不可能を可能にするって変更が可能だが、さっきの依頼であれば65535個の首輪――勿論、この世界に存在しない――を使用しなければ変更できない。

 ちょっとややこしいけどね。


「お兄ちゃん、自分のために使えばいいのに。日本人の発想って良く解らないね」

 消えていく首輪を見ながらエレーネはアヒル口をしながら首を傾げている。でも、それ以上の質問をしてくる気は無さそうだ。所詮、自分は外国人という意識があるのだろうか?


 そんなエレーネを見ている真里菜は少しだけ悲しげだ。

 どうした? 何かあったのか?

 気になった俺は元気を出してもらいたくて真里菜に近づく。


「大丈夫だ。胸はなくても今回の計画は上手くいったはず。元気を出せ」


 軽く拳を合わせて今日は解散。そんな気軽な気持ちで手を伸ばすと、真里菜も自分の顔の前で拳を作った。

 と、真里菜はドスンと一歩踏み込んで、俺の腹にパンチを放ってきた。抉りこむように撃たれたパンチを……。

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