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銃使いの男

エレーネを止めようとした。

そのはずなのにエレーネが止まっていた。

乾いた銃声と共に……。

 エレーネがくぐもった音を立てながら仰向けに地面に倒れこんだ。


 俺は何が起こったか理解できなかった。しかし、状況を理解できていないことが奏功した。

 もし、時間があれば混乱して動けなくなっていたことだろう。

 不思議と冷静に体が勝手に反応し、命令されたロボットのように無駄がない正確な動作でエレーネに駆け寄る。

 しゃがみこんで用意していた哺乳瓶の先端部をつまむと、先端部からシャワーのように飛び出した薬がエレーネの口の中に入る。

 これだけでは効果があるか良く分からない。

 哺乳瓶の人口乳首付きの蓋を外す。こうすれば単なる牛乳瓶と同じだ。

 半開きの口に無理矢理注ぎ込む。

 大丈夫だ。絶対に死なせはしない。

 俺が念じていると、エレーネはゴボッと薬を吐き出しながら顔を横に向けた。

 まだ目は閉じている。意識など無いだろう。

 だが、助かった。

 俺は直感的にそう考えながら哺乳瓶を置いてエレーネの頭を両手で調べる。血がべとついて気持ち悪く感じるが、そんなことを言っている場合ではない。

 触感では新しい血は出ていない気がする。しかし、公園の暗い外灯では光量が小さくてよく分からない。

 そこで俺は耳をエレーネの胸につけた。服の下から微かな心音が聞こえてくる。

 それだけでは安心できない。

 口元に耳を移動させると安定した呼吸音が聞こえてきた。

 良かった。生きている。

 さっきの薬は生きている以上は効果があるはず。

 大丈夫だ。


 俺は一安心して地面に寝ころがりたい気分になった。しかし、エレーネをこのままにしておくわけにはいかない。救急車を呼ぶ必要は無いとは思うが、ベットの上にでも寝かせてあげたい。

 俺は彼女を抱きかかえようとした。するとその時に背後から鋭い真里菜の声が飛んでくる。


「響!」


 振り返ろうとする前に人の影がエレーネを覆った。

 理由は瞬時に理解できた。

 見たくはなかった。

 しかし、無視したからと言って消滅をしてしまうわけでもない。


 俺は男を見上げた。

 荒い鼻息が聞こえてきそうな仁王像がサバイバルナイフを片手に俺たちを見下ろしている。

 エレーネに殺されかかっていた男だが薬を飲んで回復したのだろう。怪我をしている素振りすら全く無い。

 まずい。どう考えても絶体絶命。だが、この状態では逃げようも無い。かと言って、このままむざむざ簡単に殺されるわけにもいくまい。俺は拳を握った。


「止めろ」


 低い男の声がした。

 ナイフを振り下ろそうとしていた仁王像は動きを止めている。


 俺が声のほうを向くとブレザー姿の男が仁王像に向けて銃を突きつけていた。


 見た感じ仁王像と比べるまでも無く理知的に見える。単純に眼鏡をかけているからと言うわけでは無いと思うが。


「てめーに指示される筋合いはねぇ!」

「お前は鶏か? 誰が殺されかけていたお前を助けたと思っている。しかも、薬まで飲ませてやったと言うのにその恩すら覚えていないのか」

「俺だけでも十分に勝てたぜ」

「口だけは達者だな。まあいい。俺は白坂さんの命令で動いている。まさか無視する気じゃないだろうな」

「何言ってんだ。白坂さんがこんなやつらを守るって言うのか。ありえねーだろ」

「俺は命令に従っているだけだ。その命令が気に入らないと言うのならば白坂さんに訊くしかないな。もっとも、お前にその勇気があるならばだが」


 歯軋りが聞こえてきそうなほど眼鏡男を睨みつけていた仁王像は地面に唾を吐いてから歩き出した。


「やれやれ。そんな態度じゃ次に殺されかけているときは助けてやらねーぞ」


 眼鏡男の嫌味が聞こえなかったのか無視をしたのか判らないが、沈黙を続けた仁王像はバイクに跨り去っていく。文句をいう代わりに騒音をたっぷりと撒き散らしながら。


「一条はあの馬鹿の手下になる決断をしたのか?」


 眼鏡は銃を地面に向けているが、まだ握ったままだ。

 銃口を向けられていないだけマシだと思うべきか。


「どうして俺の苗字を?」

「お前が知る必要は無い。それより質問に答えろ」

「答えなかったならば?」

「死ぬ……かもな」


 外灯の影になっているため男の表情までは確認できない。しかし、人の心を侵食するような低音の声は言葉が真実であることを告げている。


 ふぅ。俺は溜息をついた。

 今の状況は先程に比べてマシと言える状況であろうか。寧ろ悪化しているのではないか。俺の人生の中で最悪な状況のうちのベストスリーに入りそうなくらい。どうすることもできないようだが、何とかする必要がある。少なくともこの場を逃れるためにはどうすればいい?

 選択肢は?

 逃げるのは通常ベストアンサーであることが多いが、この場合は無理だ。俺だけ逃げるっていうならまだしも、エレーネも真里菜もいる。俺だけだとしても背を向けた瞬間に撃たれるかもしれない。

 闘うのも駄目だ。俺が殴りかかるより奴が撃つほうが速いだろう。そもそも奴はエレーネに向かって躊躇い無く撃っている。人間的な迷いなど感じずに俺のことを撃ち殺すだろう。

 とすると残ったのは回答することだけ。YESと答えるか、それともNOと答えるか。どちらを答えればいいのか。それともどちらを答えても撃つつもりか。


「早くしろ」


 眼鏡は明らかに苛立っている。

 ははっ。段々と楽しくなってきたぜ。

 俺は立ち上がる。

 もし、撃たれるとしても真里菜とエレーネは逃がす時間を稼がなくてはいけない。頭を撃たれさえしなければその程度の時間を作れるはず。


 俺が覚悟を決めたと言うのに、眼鏡は銃を胸のブレザーの中にしまう。


「撃つ気があったら、とうに撃っている」


 直感的に嘘を言っていないと思ったが俺は警戒心を解かない。全身を少しずつ揺らして相手の動きに反応できるように集中する。この状況下でどのような攻撃をしてくるかイメージしながら対処法を考える。


「また会うこともあるだろう」

「まて、質問に答えていないが構わないのか?」

「立ち上がったという答えがある。それ以上は不要だ」

「これはご親切な解説ありがとう」

「出来の悪い生徒がいるといろいろ教えてやりたくなるんだ」


 くそっ。むかつく。口の悪さでも勝とうっていうのか。一発でいいから殴りたい。てゆーか殴らせろ。

 お前がエレーネを撃たれたことを忘れていないからな俺は。

 睨みつけるが眼鏡は面倒くさそうに顔を背ける。


「気持ち悪い。そんなにLOVELOVE光線を送ってくるな」


--なっ!


「どう見ても女にもてないタイプだろお前。ハゲだし」

「ハゲじゃねーよ。これは五分刈りってゆーの。Are you understand?」

「いるんだよね。撃たれないと思った瞬間に元気になっちゃう奴。恥ずかしいと思わないのかお前」


 くっ。言い返せない。確かに銃にビビッていた。

 けど、普通ビビルだろ。目の前でナイフで切りあったり頭を吹き飛ばされたりしたら。俺はそれでも腰を抜かしていない自分を誉めているところだ。


「はっきり言ってダサいよ。響」

「五月蝿い。黙っていろ眼鏡野郎」

「貧困なボキャブラリではその程度か。テレビに出てくるチンパンジーの方がまだ知性的だ。奴らの方が勘が鋭いからな。動物の殺気に対する本能って面白いものがあるぜ」

「だから、何だって言うんだ。チンパンジー野郎」

「そう。それ、その人の使った語彙をそのまま使うのが知性の貧困さを明示している。さらに、これだけ俺が仄めかしているのに殺気に気づかない鈍感さにはある意味敬意を表したいところだ」


 そこまで言われてようやく眼鏡の背後に人がいることに気がついた。セーラー服の女性だ。

 無論、考えるまでも無く智ちゃんだ。

 智ちゃんはいつでも飛び込めるように構えながらジリジリと距離を詰めている。


「大丈夫か? 一気に形勢が不利になったようだが」

「ダサい。マジでダサいよ響。ちょっとばかり自分が有利になったからと言って態度を変えちゃう。そういうの凄く格好悪いと思わないか」


 眼鏡は頭を振る。わざとらしい。明らかに演技しているのか自分に酔っているのか。


「まあいい。感謝なら俺の後ろに立っている人間に対してすることだな」

「待てよ。俺はお前に聞きたいことがある」

「自分の都合ばっかで考えんな一条。俺にはそんな面倒なことに付き合う義理はない」


 囲まれている。銃だって懐のままだ。多分、奴が銃を抜くより智ちゃんの正拳の方が速い。だが、眼鏡のこの余裕は何だ。俺たちを蚊トンボのように目障りだが脅威ではないと看做しているかのようだ。


「そのうち、また会うだろう一条。そして大泉」


 眼鏡は俺に手を振っている。幼児のように無邪気そうに。


 そんなふざけた態度を取っている眼鏡を逃がしたくは無かった。逃がす気も無かった。

 しかし、俺も智ちゃんも奴に触れることが出来ない。

 何故なら、大気に溶けていくかのように消えていったから。

 まさしく瞬間移動が使える超能力者だ。俺はそうとしか説明が出来なかったし、それ以上の答えを持たなかった。


「一体、何があったのですか?」

「よく分かりません。とりあえず、この前の奴らに襲われかけた。いや、襲われただけです。でも、師匠のおかげで助かりました。ホント」

「そうか」


 と言いながら穏やかな表情をしている智ちゃんに現状説明をする。


「ちょっとこっちへ来て!」

 まだ、話し終わっていないと言うのに真里菜の苛立った声がした。

 うざったく感じながら真里菜の所に駆け寄る。というより、未だに目を覚ましていないエレーネのところに来たと言う方が正しいか。


「大丈夫なの? 響? ねぇ」


 真里菜が泣いている。涙を隠そうともせずに。

 まさか、エレーネが死んだ? 馬鹿な。さっきは確かに呼吸をしていた。

 俺は真里菜をどかしてエレーネの胸に耳をつける。若干ふくよかな部分を避けて、しっかりと心臓の上に耳を移動させる。

 と、トクン、トクンと心音が聞こえてきた。先程より明らかに明確な音だ。

 良かった。真里菜の早とちりだ。

 俺は、単に眠っているだけだろう。と答えようとした。その時に、エレーネの体が揺れる。


「Dove sono? Cosa faccio?」


 エレーネの声がした。母国語だろうか? 何を言っているか判らない。

 多分、銃で撃たれたことによる記憶の混乱とか何かだろう。

 これだけ元気に声を出せるならば薬のおかげで異常個所は治癒したのだろう。

 ならば、もう心臓音を確認する必要など無い。俺がエレーネの胸から耳を離す。


 と、

「Un pervertito!」

 との叫び声が。

 まさか、さっきの男が戻ってきたのか?

 急いで体を起こそうとしたその時に俺の頭頂部はハンマーのような拳で叩かれた。

 どうして、エレーネ……。

 今回、俺は絶対に悪いことはしていない。心の叫びは一秒とて持続することは出来ずに俺は闇の世界に引きずり込まれていった。

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