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殺人鬼と妖精と

バトル開始と共に電光石火の攻撃で俺の腹を刺した男に「気にいらねぇ」と言われながら蹴飛ばされた。このまま何も出来ずに負けてしまうのか……。そんなわけにはいかないぜ。俺は気力を振り絞って闘い続ける……。

 夕方の太陽が地面に陰を作り出している。

 両膝を屋上のコンクリートについて右手で腹部を押さえている俺は目を細めながら男を睨みつけた。

 というより、その程度しか力が残っていない。


「気にいらねぇ」


 言葉と共に男に頭を蹴られる。

 意識を刈り取られそうな衝撃に耐えるがそれで精一杯だ。

 サッカーボールじゃないんだぜ。などと軽口を叩くこともできずに俺はコンクリートにキスをする。

 何も出来ずにこのまま負けるのか……。

 敗北感に苛まれる。

 今までのバトルが甘かった。言われればその通り。しかし、俺だってふざけているつもりはない。

 まだ負けたわけじゃあない。

 俺は立ち上がろうとしたその時に右肩に鋭い激痛が走る。

--ぐあぁぁぁ。

 獣のような雄叫びが自然と口から漏れる。


「殺しちゃ駄目っ!」


 甲高い子供のような声が聞こえた。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 俺は脂汗をかきながら意識を失わないようにするだけで精一杯だ。


「こういうぬくぬく生きているやつを見ると俺は殺したくなるんだ」

「首輪集めが初めからになるよ。時間が無いよ」

「けっ」


 俺は蹴飛ばされて仰向けにされた。

 体中から血液が流れ出していく感覚の中、吐き気と意識の混濁が同居している。

 今の俺は釣られたトラウトと同じ。生殺与奪を握られていてどうすることもできない。

 それでも一縷の望みを繋ごうとした。

 首輪を外されていないうちは、まだチャンスは残されている。

 俺は目を大きく開き敵を探そうとした。

 だが、探す間もなく灰色の靴底が飛んできた。

 顔を踏みにじられるが文句の言葉すら出てこない。あまりの屈辱に目頭が熱くなってくるがどうすることも出来ない。


「ごめん。真里菜」

「あぁ? 何だって?」


 男は小動物でも虐待するかのように俺の顔を踏みにじっていたが、何を思ったのかしゃがみこんで顔を近づけてくる。


「お前まさか女に謝っていたのか? 最高に笑わせてくれるじゃないか。それで、その女に何をされたっていうんだ?」

「殴られたり蹴られたり襲われて気絶させられて……」


 俺は目を閉じたまま搾り出すような声を出した。

 策略も何も無かった。

 ただ、脳が勝手に質問に対して回答しただけ。

 それだけだった。


「お前、女に殴られた? だと? くっ、くっ、くっ」


 馬鹿にされても仕方が無い。事実なのだから。

 俺は全てを諦めなければならない状況に追い詰められていた。

 もっと正確に言うならば、既に体から活力は抜け出し意識を保つだけで精一杯であった。

 その途切れそうな意識をはっきりさせたのは真横から聞こえてくる笑い声だった。

 凄まじく大きな声で笑っている。ああ、笑いたければ笑え。

 投げやりに考えているが、ちっとも止まらない笑い声を不思議に感じる。

 まさか。

 俺は何とか首だけで声の方を向き半眼で男を見ると口から泡を吹いている。


「響。チャンスよ。首輪を」


 分かっている。

 俺は必死に左手を伸ばす。


「何やっているの。急ぎなさい」


 そんなこと言われても腹と肩を刺されているんだぞ。

 ちっとは優しげのある言葉をかけたり出来ないのか?


「愚図。駄目男。もう少し頑張れないの?」


 くそっ。言いたい放題言いやがって。

 絶対にぼろくそに言い返してやる。

 俺は怒りながら男の首輪を掴んで引っ張る。

 抵抗も無く首輪が取れると達成感と満足感で全身が満たされた。

 ほっ。とすると体中の力が抜けていく。

 これでいいんだよな。と声を出そうとして世界が暗闇に包み込まれていることを知る。

 あれっ? 何で? 

 俺、死んでしまったなんてことは無いだろうな。

 そんなのマジ洒落にならないから。

 少しは俺の人生、前向きに明るくなってきたんじゃなかったのか?

 それなのにこんな中途半端に死ぬなんてどんなクソゲーより悲惨じゃないのか。

 文句を言おうにも既に体の感覚が無い。

 金縛りにあったときのような体が動かないわけではなく、存在自体が知覚出来ない。

 まさか、これが死後の世界?

 俺は幽霊になる?

 だが、何となく理解していた。俺は幽霊などにはならず単純に消滅して地球に同化していくのではないかと。大地に還っていくのだと。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚は既に失われており、意識と言う魂すら失われそうになっていた。ここで死ぬことは予定調和ですらありそうな気がしていた。

 眠るときのように弱弱しくなっていく意識が無くなっていく。


 その時に温かさを感じた。

 何故、温かいと思ったのかすら分からない。

 だが、それは俺の頬の感覚を取り戻させる。

 朝に目覚めるときのようにボンヤリとしながらだが徐々に意識がはっきりしていく。

 重い瞼を二、三回動かすと口になにやら差し込まれているのに気づいた。

 それと同時に痛みや倦怠感、先程まで俺を破壊しようとしていた全てが消え去っていた。


「戦闘が終了しないとオブザーバーは触れることが出来ないから注意しなさい」


 目を開いたら真里菜は顔を背けている。

 でも、まあいいか。

 口に差し込まれている哺乳瓶を持っている真里菜の手に軽く触れると、真里菜は急いで哺乳瓶ごと手を引っ込める。


 俺は上半身を起こした。

 周囲を見回すが男はいない。首輪を失って自分の国に戻ったのだろう。

 一安心して目を閉じて大きく息を吐く。

 かなりやばい相手だった。思い出すだけでおぞましい。

 今までの相手は俺を倒そうとしてきたが殺意までは持っていなかった。だが、さっきの奴は違う。まず、俺を殺そうとしてきていた。首輪を集めるのはそのついでとでも言いたげだった。

 途中で声がかからなければ間違いなく死んでいただろう。

 それにしてもあの声をかけたのは真里菜だったのか? 声質が全く異なっていたが。

 俺は無意識に声がした方を向いた。

 何らかの確信があったわけではない。しかし、そこには何かあるような気がしたのだ。

 俺は少女しかいないので他に女性がいないか探そうとする。

 ん?

 少女?


 そこにいたのはどうみても小学生に見える少女だった。

 身長は120cm前後だろうか。俺の肩までないだろう。

 西洋人形とはちょっと違う黒髪の白人で妖精のような愛らしい顔をしている。

 スレンダーな体型で羨ましいくらい足が細長い。

 この少女はさっきの男の関係者、オブザーバーか何かだろうか。


 俺は立ち上がってにこやかに微笑みかけた。

 敵だとは思っていなかったから。


 少女はゆっくりと近づいてくる。近づいてきて宣言をした。


「今からバトルの開始を宣言します」


 と。


 意味が分からなかった。何をこの少女は言っているのかと。

 呆然としている俺より真里菜の方が反応が早かった。


「油断しないで。能力はアミダくじと同意」


 はぁ? 訳が分からない。

 何だ、そのアミダくじって能力は?


「ねぇ。こっちでいい?」


 少女は俺に向かって紙を見せた。

 縦に二本線が引いてあり片方には英語か何かで『動けなくなる』と書いてある。自分でも不思議なことだが理解できた。

 とりあえず俺は何も書いていないほうを選ぶ。

 少女は鉛筆で俺が選んだ方に丸を書き線をなぞっていく。


「アミダくじ。アミダくじ。あれ?」


 あれ? も何もない。

 真っ直ぐ下に線をなぞるだけなのだから考えるまでもない。

 とりあえず自爆しているぞ。意味不明だ。

 俺はほくそ笑んだ。

 そのアミダくじに何の意味があるか分からないが、とりあえず俺の勝ちだろう。


 首を傾げる少女を見ていると演技がかった表情で、そうだ! と叫び横に線を引く。


「はぁ?」


 それどう考えてもインチキじゃね?

 当然の如く、俺が選んだ方は『動けなくなる』に線が引かれる。


「ふざけんな」


 文句を言ったが言葉を口に出来ただけだ。

 体は石膏で固められたかのように動けない。


「ねえ、お願いがあるの」


 少女は俺の横まで来て甘えた声で言う。

 先程の男と雰囲気が異なるのに驚きながら俺は目を細める。


「そんな怖い目をしないで」


 やばい。この甘えん坊の表情はインチキだ。

 ハリウッドに出演しても違和感がないくらいの可愛さだ。

 このままおねだりされたら何でも言うことを聞いてしまいそう。

 しかし、これは勝負だ。

 いくらキュートな少女が相手だとしても手加減するわけにはいかない。

 それに油断したな。

 俺の能力は体が動かなくても口が使えれば発揮できる。


「そこにいる暴力的女にいつも虐待されていてこの間も蹴飛ばされて気絶したんだ俺」

「可哀想ですぅ」


 少女は両手を握って口に当てたままウルウルした涙目で俺を見る。

 目茶目茶愛くるしいっすなあ。

 頭を思わずナデナデしたくなる。って、どうして笑わない?


「その能力びっくり! でも恥ずかしいと思わないと無効みたい」


 少女は一生懸命に手を伸ばして俺の首輪を掴む。


「気絶していない限り取れないぜ」

「それ勘違い。意識があっても三十秒以上掴んだら取れるよ」


 そうなの? 聞いていないぞ。もっともルールブックを読んだわけじゃないから自信が無いけど。ってゆーか、ルールブックって存在するの?


「あの……」

「待った。能力使ったらその瞬間に首輪取るからそのつもりで」

「分かったよ。それで目的は?」

「うーん」


 俺は仁王立ち状態で固まっているが少女はその真下から手を伸ばしている状態なので表情が見えない。それでも声から何らかの躊躇いがあることを感じる。


「とりあえず言ってみないことには何ともならないぜ」

「あのさ。日本人だよね」

「ん? 意味がよく分からないけど」

「違うの?」

「いや、日本人だし、ここは日本だけど」

「一緒に住んでいい?」


 えっ? ちょっと突拍子もないのでは? さすがに。


「家族とかが悲しむだろ?」

「血縁者いないよ。さっきのが兄代わり」


 うっ。あれが兄っていうのはさすがに。


「真里菜!」

 俺は判断に迷って真里菜に助けを求める。


「私のことを散々悪人のように言っておきながら最後には助けを求めるなんてスゲー格好悪い男」

 やばっ。さっきのことを根に持っている。困ったものだ。

 機嫌が良くなる台詞を考えるが何も思い浮かばない。


「考える必要もないよ。ここでバトルを諦めるか、私を日本人にするかを選ぶだけだよ」

「待ちなさい。私たちがあなたを裏切るかもしれないし、悪人かもしれないじゃない」

 少女の言葉に真里菜が答える。

 結局、本当の悪人になれないところが彼女のいいところ。


「あなたたちは私を信用する。私もあなたたちを信用する。ギブアンドテーク」

 ちょっと意味がおかしいぞ。翻訳ソフトが間違えたか? でもそんなことは本質ではない。結局のところ少女を信用するかしないかそれだけってことか。


「真里菜。俺はこの子を信じることにする」

「響、またなの。可愛い女の子を見るとすぐにデレデレして」

「ごめん。俺、彼女を信じたいんだ。なんとなくだけど」

 可愛さに全く心を動かされていないといえば嘘だ。だが、信用するしない以前に元の国に戻るということは、さっきの殺人鬼の元に戻るということ。この少女が一生あの男と暮らすことになるより、俺が多少騙されるならその方がはるかにマシだろう。


「響がそうしたいならそうすればいい。どうせ私がバトルに参加しているわけじゃないから」

 ぷっ。ぶっきらぼうな振りをしちゃって。素直じゃないな。

 っと、そんなことより日本人になるってどうすれば?


「これバトルが終わったら自分のいた場所に戻っちゃうんだよね?」

「裏技があるの。バトル終了時に相手の体を握っていればホーム側の国に移動できる」

「でもバトル終了させるためには首輪を取らないと駄目だよね」

「それも裏技のサスペンドモードがあるよ。引き分けってやつ」

「どうやるの?」

「お互いがサスペンドを宣言するだけ。でもその前に一つお願いしていい?」

「今更、何を?」

「さっきの首輪のギフトで私が日本語を使えるようにして」

 ギフト? 能力アップのことだろうか。

 確かに日本語が話せなければ生活もままならないからなあ。


「真里菜。いいか?」

「いいも何もそうするしかないじゃない。首輪を握られているし」

 勝手に決めると文句を言う癖に……。

 まあいいか。

 俺は目の前の少女が日本語を使えるようにと願うと左手に握っていた首輪の感覚が消える。つまり依頼は成功したということか。


「ありがと!」

 少女は俺に抱きついてきた。

 ヤラシイ気持ちはなく純粋に嬉しく感じる。


「じゃ、サスペンド宣言するから真似して」

 少女がサスペンドを宣言するのと同じように宣言すると屋上の風景は同じままだったが、時間の動き出した生命観に溢れていた。


 俺は体が急に自由になってバランスを崩して倒れそうになる。

 バランスを崩しただけではない。

 バトルが終わったことで張りつめていた緊張が途切れ疲労が全身を襲い何もする気になれない。


「大丈夫?」

 少女はしがみついたまま俺を見上げている。


「あなたたちいつまでくっついているの」

 真里菜の蹴りが繰り出されようとしている。


 ああ、いつもと同じように俺はここで蹴倒されるのか。

 目を閉じてブルーになりながら衝撃に耐えようとした。

 しかし、蹴りはいつまで経っても飛んでこない。


 俺は恐る恐る目を開けた。

 そこにはハイキックを繰り出している真里菜と左手で涼しげに止めている少女がいた。

 お互いに固まったまま殺気を激突させている。


 俺は奇妙な変化を感じ取っていた。


 ちなみにちらりと見えた真里菜のパンツは赤色だった。


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