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交通事故には気をつけろ

 俺って不幸だ。

 月並みに使われる台詞なんだけど、俺も使わせてもらうぜ。

 俺ってメガゾンビ不幸だ。


 メガゾンビ不幸ってのは、朝の通学途中に美少女と思いっきり衝突してしまうくらい……。

 えっ? 「遅刻! 遅刻!」って朝の通学途中にパンを食べながら走ってくる女子高生と衝突するのはラッキーフラグだろって? 確かに、そんな風に思っている奴が多いんだけど、すっげー間違い勘違い。


 ははーん分かった。そいつ、パンを口に咥えてなかったんだろ。あれが無いとフラグ立たないぞ。不思議の国のアリスのウサギが時計を忘れているようなもの。お味噌汁を持ちながら走ってきたやつと衝突しても意味無いぜ。って、おいおい、何処の世界にお味噌汁を持ちながら走ってくる奴がいるんだ。いたら見てみたいものだマジな話。


 うんにゃ。ぶつかってきたのは、チラ見だけど間違いなく超絶美少女。それに、お約束の食パンを口に咥えていたんだ。どう考えてもラッキーフラグ。ありがとうございました。こうなるはずなんだけどさ。


 なぁ、そこの一よ聞いてくれ。

 普通のフラグだったら、走ってきてコーナーでぶつかるって奴だろ。ぶつかりイタタのトキメキでズキューン(おえっー)のはずなんだ。

 だが、違うんだよ。俺みたいにメガゾンビ不幸な人間は。

 何てったって、自転車でぶつかってきやがったんだよ美少女は。自動車だったら間違いなく即死だぜ。しゃれにならんよ。言っておくけど、俺に責任はない。完全に、確率的に言うならば九百九十九パーセント彼女の過失責任だ。断言できる。

 しかも俺は避けたんだ。凄い勢いでコーナーリングしてきた自転車をヒラリと舞うように躱したのさ。だがな、通り過ぎる時に、しかも手の届く範囲で紺色のスカートがふわりと浮いた日には、目がそこに集中するのは当然じゃないか。


 彼女いない暦十六年で悶々と過ごしている俺の体がビクンと脈打つように反応して硬直するのは生理反応。意識で制御するのは不可避事実。だって男の子なんだもの。

 兎に角、想定外だったんだよ。

 美少女の乗った自転車が正面からぶつかってこようとするなんて。

 それでもいいじゃないか。美少女と衝突して仲良くなったんだろ? 助けてもらったんだろこの童貞野郎が。そんなことを思った奴、まだまだ甘いぜ。衝突する瞬間に躱した俺は、ドラえもんに出てくる犬に追われたのび太よろしく、偶々、そう、本当に偶々そこだけ蓋が無かった側溝に落ちてしまったんだ。どう考えてもメガゾンビ不幸。


 俺の真横でキキーっとブレーキ音、で自転車は緊急停止。

 美少女は俺を見てパンを嚥下する。一分チャージゼリーかよと言いたいレベルで一気に呑み込み、「あっ、大丈夫?」って軽く一言。これ、当然頷くよな。側溝に落ちただけ。擦り傷程度で怪我はしてないから。でも、「急いでるからっ」って速攻で逃げるように立ち去るって酷くね? ありえなくね? 許せなくね?

 彼女がその場に留まっていれば、その後の惨劇は起きなかったはず。側溝に落ちていなければ、いやいや「遅刻! 遅刻!」って言いながら走ってくる美少女の自転車と出逢わなければ、暴走してきたバイクに撥ねられる――ひき逃げ事故に遭わなかったはずだ。


 はぁ。ホント、マジでメガゾンビ不幸だ俺。入院してしまったし。

 許せないのは自転車少女……もとい、自転車の次に襲い掛かってきた暴走バイク。避けることなどできなかったバイクの質量が全身にかかり、脚の骨がポッキーのようにポッキリと折れてしまったところだけは記憶している。ハンパない痛みに悶絶うって倒れていたところを、髪は薄いが親切で心温かいサラリーマンが119番に連絡して救急車を呼んでくれたんだ。

 サラリーマンありがとう。サラリーマン格好いい。ボンヤリと歴史の教科書に登場するザビエルっぽい髪型しか記憶していないけど。


 その後のことは全く覚えていない。気絶したのだろう。意識を取り戻したときには、左脚と左手をギブスで固められてベッドに寝かされていた。もうね、漫画に出てくるほどシュールな光景のままでね。ああいう絵をみても一生笑えないね俺。きっと。


「兄ちゃん。しばらく学校を合法的に休めてラッキーじゃない。つか、このカッコありえなくない? 完璧なネタだよネタ。顔隠してツイッターとプロフにウプしよっと」

 寝たふりをしている俺の横で妹が写メ(死語)している。

 はぁ、お前、どんだけ幸せなんだ。麻酔が効いているはずなのに、のんびり寝てられないほど痛いんだぜ。焼け焦げそうなんだよ全身が。と言いたくなったが我慢した。目を閉じたままネタ振りをする。妹に八つ当たりをするのはダサすぎる。


 母と妹が帰った後、メガゾンビ不幸だ。テラゾンビ不幸だ。とベッドで連呼していた。羊を数えるように一晩中続けられる。と思っていたが、いつの間にか眠っていた。さすがに疲労が蓄積していたのだろう。寝つきはいい方だから、いつもならば朝まで起きることはない。けれども、今日は違う。一日中、ベッドで揺蕩っていたし、痛みもあるから睡眠レベルが深くない。生理現象にきっちりと反応をする。脳細胞に尿が溜まったって信号が送られてきて俺を目覚めさせる。


 多分、普段は「そろそろでますよ。出したいですよ。早く起きてください」って命令を「うっせ馬鹿。こっちは眠いんだよ」って無視しているんだけど、今日は違って「はいはい分かりました。今起きますよ」って膀胱と前頭葉が会話しているんだろう。

 前頭葉か左脳か右脳か何処かは知らないけど。

 端的に言えば、俺は尿意をもよおしたせいで意識を取り戻した。

 そして、果てしなく絶望している。

 ミイラ男より酷いこの姿で、どうすればトイレに行ける?

 右手で頑張ってナースコールのボタンらしきものを見つけた。これを押せば問題が解決するような気がする。しかし、左手と左足が不自由な状態だから、ヘルプしてもらうしかない。それは非常に躊躇われることだ。


「もらすか、呼ぶか? それが大問題だ」

 シェークスピアも一生悩んだほどの難問だ。

 俺は途方にくれながら視線を動かした。

 月明かりが、窓のカーテンの隙間から入ってきている。白い壁に掛けられている時計が淡く照らされている。ベッドから見やすい位置に置かれているのだろう。入院生活は規則正しくと言いたげだ。だったら何? 今は夜中の十二時。俺にとっては無意味だ。って逆ギレしたくなる。


 その時、突然、部屋のドアが開き蛍光灯がつけられた。

 ナースコールはしていないはずだが、もしかして、定時巡回とか何かか?


「起きていたんだ」

 声の方を向くと、今朝、俺を不幸に巻き込む遠因となった美少女が立っていた。ハッと息を呑むようなツインテールの美少女。形の整った眉に卵型の滑らかな輪郭。人をねめつけるようなつり目の癖して、文句の言いようのない造形美の鼻と紅い唇。身長は百五十センチ前後くらい。スレンダーな彼女はこんな時間だと言うのに、何故かセーラー服。機関銃は言うまでもないが持っていない。


「お、お前、看護師なのにどうしてセーラー服を着ている?」

「……」

「どうした? 看護師ならばお願いしたいことがあるんだが」

「あのさ、普通、こういう場合って、お前は誰だ? とか訊くのがお約束じゃない?」

 この病院の看護師は深夜の巡回時にサービスとしてセーラー服を着ることになっているのかと思いきや違うらしい。しかも、自分のことを尋ねろとは面倒なやつだ。

「えーと、お前、誰?」

 俺の質問に対して、

「女の子に名前を聞く場合、自分が名乗るのが普通じゃない?」

 彼女は胸を反って偉そうに言う。が、その台詞を言いたいがために俺に質問をさせたのか? 貧乳の癖して態度のデカいウザい子ちゃんめっ。

「看護師ならさ、看護師らしい服装とか、態度とかあるじゃないか。最近はそういうとこスッゲー細かくて煩いから訴えられても知らないぞ」

「いやいやいやいや、私、看護師じゃないから。まずそこから訂正してくれない?」

「ちょっと待て」

 訂正しろと言われても、こんな時間に病院にいるのは看護師しか考えられないだろ? いや待て。俺は重要なことを失念していた。この時間に病院にいるのは、看護師だけではない。


 俺は美少女に向かってできるだけ丁寧な口調になるよう心がけながら、

「先生! 俺、やっぱ一ヶ月とか入院ですか?」

 と訊く。

「いやいやいやいや、先生でもないから」

「だったら、浮遊霊とか? この病院、昔っからいい噂を聞かなかったんだ。必要はなくてもとりあえず切ってしまえば禍根は無い。がモットーの外科だって。ホント、俺も不幸だけど、お前も不幸な人生を歩んだんだな。天にまします我らの……」

「いやいやいやいや、生きているから。しかも、どうしていきなり主の祈り?」

「だって、うちキリスト教だから」

 俺が言うと彼女は左手で額を抑えている。

「頭が痛いのか? 病気でも心配する必要はないぜ。なんせ、ここは病院だからな。いくらでも治療してもらえる。でも、宿直担当の先生が内科であるかはわからないか。でも、霊体が頭痛とは哲学的ゾンビっぽいな」

「何それ。とりあえず、今までのところ全部外れ。私は、アンタが轢かれたのを知ったから、お見舞いに来てあげただけの人間」

 やれやれ、顔は可愛いが、思い込みが激しい人のようだ。ちょっぴり残念。

「そっか、その胸の大きさでは看護師にも先生にもなれなかったか」

「ちょ、ちょっと何それ。スッゴイ失礼発言しなかった? 折角、こんな超絶美少女が夜中にお見舞いと治療しに来てあげたというのに、あんたこそその態度は何?」

 彼女はベッドの上の俺に手を叩きつける。一応、手加減をしたようだが、

「痛っ!」

 と反射的に叫んでしまった。

「あっ、ごめん。縁を叩いたつもりだったけど蛍光灯が一本きれているせいか暗くて見えなかった」

 彼女は悪びれない。

 いや、別に叩いたことはいいから、その手をどけてくれ。ってゆーか、どけてください。さもないと……。

 ああっ、毛布の上からだが柔らかく圧迫される感覚に体が反応している。

 敏感になっている俺の体がムクムクムクっと大きくなっていく。

「この下にあるものは、もしかして……」

「俺は悪くない。何もしていないぞ。ちょい漏れした象さんが闘っているだけだ」


「いい加減にしろ!」

 怒声と共に口に無理やりペットボトルを差し込まれた。塩っぽい味がする液体を無理やり飲まされる。喉に引っかかる不味さに吐き気がしてくる。抵抗したが、反射的に飲みこんでしまった。何て事だ。簡単に飲んでしまった事に後悔していると、ペットボトルが抜き取られた。

 何回も咳き込んでから、俺は彼女に怒りをぶつける。 

「お前、何を飲ませたんだ? まさか毒? もしかして、外科手術に失敗したのを恨んで成仏できない浮遊霊が、俺を殺しに来たのか?」

「黙ってろって」

 彼女に無理やり頭を浮かせられて何かを取り付けられた。紐だろうか? 抵抗しようと思う間もなかった。それほど手早い作業だった。

「もしかして浮遊霊ではなく、この病院で首つり自殺した地縛霊なのか?!」

 驚きの声になってしまった。浮遊霊と地縛霊では大きな違いだ。それで怒っているのかもしれない。俺は目の前の美少女が幽霊であることを確信しながら訊ねる。


 くっそー何たる人生。バイクに撥ねられて病院に入院してみたら、地縛霊にあの世に連れてかれそうになっている。あまりにもメガゾンビ不幸すぎて気が狂いそうだ。

 俺は首に手をやった。紐ではなく、もっと硬質なものであることはすぐに分かった。金属っぽい感触がする。しかし、その割には重量感はない。さすが、霊界グッズ。


「この部屋には紐をひっかけるフックが無い。だから、お前がつけた紐は無意味だ」

「紐? そんなものつけてない。お前に取りつけたのは戦闘時に取る事しかできない首輪だ。ちなみに、首輪を取り付けた人はバトルに強制エントリーだから頑張ってね」

「さっきからお前の言っている意味が分からない。地縛霊なら地縛霊らしい態度をだな……」

 俺が説教を始めようとすると、彼女は溜息を吐く。

「地縛霊でも浮遊霊でもないって。分かった。分かった。用事は済んだから帰るよ。とりあえず、退院おめでとう」

 意味不明なやつだ。

 平然とした足取りで入り口のドアに向かって歩いていく彼女を見ながら考える。

 深夜に現れて、看護師でも先生でも地縛霊でも浮遊霊でもないってどういうことだ? そもそも何をしに来たのだ? 紐を首にかけるわけでもなく、毒を飲ませるわけでもなく……。そういや、さっきの塩辛い味の飲み物は――


「ちょっと待て」

 ドアに手をかけた彼女を呼び止めた。

「まだ何か? もうそろそろ家に帰って寝たいんだけど」

 目を細めて睨みつけてくる。態度は極めてよろしくない。

「さっき、俺に飲ませた微妙に塩辛い液体は何だ!」

「何だと思う?」

 疲れた声で返答してくる彼女。真剣味が感じられない。

「もしかして、尿か?」

「……」

 俺が問うと沈黙する。答えないってことは、つまり、

「酷いじゃないかっ、そんなものを、そんなものを……」

「ああ、尿だったらどうだっての。なんか問題でもあるって言うの?」

 とても投げやりな態度。これは非常に重要な問題だと言うのに、ちっとも理解していない。感情移入できていない。飲んだ方の人間の気持ちを理解しようという気持ちが無い。優しさとか、歩み寄りとか、その手の物が欠落しているに違いない。

「問題があるに、決まってるだろ!」

 俺が怒鳴りつけると、彼女は腕組みをして、

「確かにその場合は問題だけど」

 と首を傾げる。

「そう思うだろ? どうしてちゃんと味わうだけの量を確保していなかったんだ?」

「はっ? 何を言ってる?」

「テイスティングタイムすらなかったじゃないか!」


 俺って不幸だ。マジメガゾンビ不幸。バイクに撥ねられるし、入院するし、意味不明な美少女に憑りつかれるし、テイスティングタイムは与えられないし……。

 肺の中が空っぽになるまで溜息を吐く。そして、大きく息を吸う。ベッドの上で体が自然に反ると、入り口近くに立っているツインテールの美少女を発見した。真剣な表情で俺のことを睨んでいた。

 案外不幸じゃないのかもしれない。理由もなくそう思った。


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