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第一章 プロローグ

第一節 湖畔にて

 これはまだイエス様が小さなお子様の頃、お育ちになったナザレでの話です。ある春の終わりの日に湖畔を歩く旅人がいました。太陽は旅人の上に昇っていました。風は言葉にならない言葉を運んでいました。水辺には白い花と赤い花が咲き乱れ、花々は風に揺らぎながら妙なる神の御業を歌い交わしていました。神の奇しき指の技で造られた全ての物は調和と平安に満ちていました。しかし日差しがとても強いため旅人を悩ませました。太陽は夏の狂気を孕んだ妊婦のようでした。

 湖畔を歩いていた旅人は重苦しいクロークのフードを目深に被り、ため息をついて呟きました。

「ああ、私は渇く!私の魂(Nephesh:ネフェシュ)は渇く!太陽が眩しすぎる。これでは二千年後の東京と変わりないではないか。かつて太陽はこれほどまでにむき出しではなかった。ノアの大洪水の前は水蒸気の天蓋があり、不条理は慎ましくベールで覆われていたものを。それにしても私は渇く。」

 この旅人は神が創造した最初の天使にして賛美の天使、また神代の熾天使にして天使長でもあった者。その通り名はルシフェル(Lucifer:明けの明星)、今は神の命により地に降ったサタンでした。ある日の東京の夜空に啓示の星が現れ、それに導かれて二千年前のナザレに現れたのです。

 ルシフェルは強い日差しを疎ましく思い、太陽に言葉を投げつけました。

「おお、お前!命を持たない巨大な被造物のお前、どうしようもないニヒリズムと不条理の塊であるお前に対して私はどのように神を賛美すべきであろうか。むき出しのお前は圧倒的な存在感を誇示する。そして人々は五穀豊穣の恵みをもたらすお前を賛美もするし、干ばつと飢饉をもたらすお前を呪うこともする。それでもお構いなしにお前が唯一知っている言葉で答える。『無くて無い(I am not who I am not)』。私の神を賛美する言葉さえも嘲笑って答える。『無くて無い』。いつでもどこでも『無くて無い』。寝ても覚めても『無くて無い』。馬鹿の一つ覚えの『無くて無い』。ああ、お前!お前はいったい何なのだ?存在に先立つ神の本質さえも無いと言いたいのか?万物に意味がないように神の摂理も意味がないと言いたいのか?このスットコドッコイの無神論者め!

 かつて私は天の国で『知恵に満ち、美の極みである完全な印である』と謳われていた。しかし地に降った私は甘かった。絶え間なくお前は私を苛んでいる。お前の狂気の光は私の輝きをかき消す。すっかり弱り切った私に余人は『黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった』と囃し立てる。しかし九天の高き神の園から九仞の底の俗界に堕ちた私は塵芥に帰しても決して諦めない。私の口は渇いて素焼きのかけらとなり、舌は上顎にはりついても呻いで語る。それは語り得ぬものに対して沈黙できない饒舌な言葉、更に無知の言葉を重ねて神の経綸を暗くするだけだが、それでも私は神を賛美する。何故なら地上には神が積んだ宝があるからだ。

 しかし薄らぐ意識の中で私の脳裏に一つの疑念が浮かぶ。お前、どうしようもないスットコドッコイのお前、近所の変わり者でしか過ぎないお前、そのお前が大いなる光だと言うのか?輝く希望の朝が新たに明け初めたと言うのか?それなら仕方がない。それは明けの明星の子である私の宿命。私の輝きはお前の光にかき消される。」

 ルシフェルは喉の渇きを癒すため、辺りを見回しました。すると遠くの岸辺に葉がしおれ痩せたイチジクの木を見つけ、実がなっていないかと近寄りました。よく見ると初なりの実がなっていました。ルシフェルはそのイチジクの木を嘉し祝福して言いました。

「今から後いつまでも、お前から実を食べる者があるように。」

するとイチジクの木は青々と葉が生い茂りました。


第二節 疫病神の子

 ルシフェルが暫く歩いて行くと漁師が浜で網を洗っていました。不思議なことに漁師はくたびれた喪服を着ていて、陰気な顔をしていました。ルシフェルは被っていたフードを外し、漁師に微笑んで声をかけました。

「いやぁ、大変そうですね。魚は取れましたか?」

ルシフェルを見た漁師は驚きました。まさに男装の麗人にして天の佳人。そして透き通るような白い肌と心を虜にする妖しい色気の眼差し。漁師は暫く呆気に囚われていましたが、進駐して来たローマ軍お抱えの男娼かと思い答えました。

「ああ、夜通し苦労したけどダメだったよ。ところで旦那さん…ええと男の方だよね。いったいどちらから?」

ルシフェルは漁師の問いにしどろもどろに答えました。

「まあ男性。来たのは東京…でなく東方から。それより親父さん、ナザレのイエスさんというお方をご存知ですか?」

漁師は訝しげに答えました。

「なんだって、『イエスさんというお方』だって?ナザレのイエスと言ったら大工のヨセフとマリヤのガキのことかい?」

ルシフェルは意を得た漁師の答えに再度尋ねました。

「えっ、まだ子供なのですか。ちょっと予想外だったな。ところでその子は神の子と聞いていますが、本当なのですか?」

漁師は腹立たし気に答えました。

「そりゃそうよ。神の子よ。ただし神は神でも疫病神の子さ。まったくあのクソガキ、ろくなことしやしない。俺が目を離している隙によう、魚を入れた魚籠を全部湖に放しやがった。まったくろくでもねえガキだ。まあよ、赤子の頃は神懸かった人々が訪ねて来ては拝められていたけどよう、今じゃ誰も訪う者はなく、ただのクソガキだよ。」

ルシフェルは漁師の心を探ってみました。確かに子供が漁師の魚籠を横取りし、魚籠の中の魚を湖に放している様子が見られました。しかしよく見ると魚籠の中で息絶えていた魚が生き返り泳いでいたのです。そして漁師が「なんだ、この野郎、馬鹿野郎!」と逃げる子供を怒鳴っていました。ルシフェルは心の中で笑いながら言いました。

「そりゃ親父さん怒るよ。でもこの坊や命を弄んでいるな。ちょうど人間の子供が悪戯で虫の命を奪うように、この坊やは悪戯で命を与えて喜んでいる。しかし一度肉体から離れた魂を戻すことは私にはできないが、これは本当なのか?神の子であるかどうか確かめてみたい。」

ルシフェルは漁師に気の毒そうに言いました。

「それは本当に災難でしたね。ときにそのおいたが過ぎる坊やは今頃どこにいますか?」

漁師は答えました。

「ああ、この先行った所にとうごまの木が生えている岡があって、その木の下で大先生は日がな一日はんなりとしたお顔でぼうっとしているよ。」

ルシフェルは漁師に礼を言いました。

「どうもありがとうございます。あともう一度船で沖に出て、船の右側に網を打ってみてください。そうすれば魚が取れるはずです。」

漁師は愚痴りました。

「えっ旦那さん、何言っているのだい?漁は夜の内にするもので、こんな昼間に網を降ろしても魚が取れるはずはない。女よりも細く白い指の旦那さんが何を言える。まったく素人が変な口出しをしないで欲しい。こっちは一晩中働いてもう疲れているのだから勘弁してくれや。とは言え旦那さんのお言葉ですから、網を降ろしてみましょうか。」

主の霊が激しく下っていたルシフェルに漁師はカリスマ性を感じたため信じました。ルシフェルは別れを漁師に告げました。

「シャローム(Shalom:平和・平安)!親父さんに大漁の収穫があります。私の言葉を信じてくれたのですね、ありがとうございます。そしてシャローム!あの坊やの平安を親父さんに残して行きます。でも今のあの坊やでは無理でしょうね、三十年後の未来で真の平安を悟るでしょう。それではごきげんよう。」

 その後ルシフェルと別れた漁師が船で沖に出てみました。ルシフェルの言葉とおり網を打ってみると、魚があまりに多くて、網を船に引き上げることができませんでした。


第三節 ヨナ書のお説教

 ルシフェルが漁師に教えられたとおりに歩いて行くと、とうごまの木が生えている岡がありました。目をあげて見るとイエス様が木の下に座り込んでいました。組んだ足の上には猫が気持ちよさそうに寝ていました。しかしイエス様は何かご不満な様子でふて腐れた顔をしていました。ルシフェルはイエス様の心の内を読みました。何か人間関係で葛藤があり、行き詰まっていることをルシフェルは見抜きました。ルシフェルは冷笑して呟きました。

「何だい、あの坊やは。まるでヨナが救われた後もニネベを憎んだのと同じではないか。魚の腹の中では神に従えても、日常の人間関係の中で神に従うことの難しさがある。」

そしてルシフェルは虫に命じて木に登らせ、とうごまの木を食い荒らさせたので木は枯れてしまいました。また焼けつくような東風を吹かせ、イエス様をぐったりさせました。イエス様は怒って呟きました。

「なんでとうごまの木が枯れちゃったんだ!」

ルシフェルはずいずいと丘を登り進みながら言いました。

「坊やはとうごまの木のことで怒るが、それは正しいことですか?」

とうごまの木は繊細で傷がつくとすぐ枯れてしまいます。神が養い育てた弱々しいとうごまの木で暑さの苦痛から神が救ってくれたのに、枯れたからと言ってとうごまの木を怒るとはなんと愛のない奴だとルシフェルは言いたかったのです。ルシフェルはまた言いました。

「坊やはお母さんのマリヤさんのことで怒るが、それは正しいことですか?」

ルシフェルは更に言いました。

「坊やは右も左もわきまえない人のことで怒るが、それは正しいことですか?」

猫はルシフェルを見ると嬉しそうにニャーニャーと鳴いていました。しかしイエス様はルシフェルに振り向きもしないでぼうっとし、ルシフェルの言ったことを繰り返し呟いていました。

「それは正しいことですか?それは正しいことですか?それは正しいことですか?…」

ルシフェルは訝しみ心の中で呟きました。

「おやこの坊や、オウムのように人が話した言葉を繰り返して発声する癖があるみたいだ。これは自閉症スペクトラムの子供に良く見られる反響言語エコラリアであろうか?まあ異能の人に良く見られるサヴァン症候群かもしれないな。それともただの馬鹿なのか?」

暫くしてイエス様はルシフェルに顔を向けましたが視線が合っておらず、他者理解も共感性もない眼差しでぼそっと聞きました。

「おじちゃんなの?おばちゃんなの?」

ルシフェルは答えました。

「まあ、おじちゃんだ。」

イエス様は乏しい表情で更に聞きました。

「オチンチンついているの?オチンチンついていないの?」

ルシフェルは困惑しました。なぜなら力ある天使達の中には神の愛の現れとして受肉する者もいましたが、有性生殖を必要としないため退化した米粒ほどの精巣か卵巣のようなものが腹部にあるだけなのです。人間の盲腸と同じです。ルシフェルは憮然とした様子で答えました。

「えっ、オチンチン!そりゃ初めは赤ん坊のようなオチンチンが、そのうち長く生きているとオチンチンはなくなった。」

オチンチンというイエス様の過度に限局された興味を持つ言葉で刺激を受け、イエス様は生き返ったようになりました。そして薄気味悪くケッケッケッと笑いながら言いました。

「これはおかしい。おじちゃんなのにオチンチンついていない!」

イエス様は更に言いました。

「おじちゃんはオチンチンのことで怒るけど、それは正しいことですか?」

ルシフェルは子供のデリカシーの欠いた言葉やTPOをわきまえない嘲笑よりも、自家撞着に陥った自分を悔しがりました。ルシフェルは歯軋みして復讐を考えました。

「三つ子の魂百までとは良く言ったもので、質問には質問で返す知恵ある答え方は子供の頃からあるようだ。それにしても何かイラっとするなあ。知恵ある答え方といっても真摯さが全然ない、私を愚弄しているだけではないか。子供だと思って油断してしまった。そうだ、子供の屁理屈に対しては大人の皮肉だ。柔らかい舌で骨を砕いてあげよう。」

ルシフェルはイエス様の頭をゴシゴシと撫でながら言いました。

「坊やは本当にかわいいね。憎さあり余ってかわいさ百万倍だよ!」

人から褒められたことのないイエス様は、ルシフェルの強烈な皮肉に気づかずキャッキャッと喜んでいました。ルシフェルは鼻で笑って呟きました

「ああ、やっぱりただの馬鹿だ。このスットコドッコイめ!」


第四節 神の子の証明

 更にルシフェルはイエス様の頭をゴリゴリと撫でながら言いました。撫でられるたびにイエス様の頭は首振りコケシのように前後左右に激しく揺れましたが、イエス様はケラケラと笑っていました。

「坊やは本当にお利口だね。馬鹿のふりをしていているだけでしょう。うん、それじゃさようなら。ノーハッスルでお願いしたい。」

留飲を下げ満足したルシフェルはイエス様から立ち去ろうとしました。イエス様は引き留めようとして切願しました。

「えっ、もう帰っちゃうの。もうちょっとオイラと遊んでよ。」

ルシフェルが無視してイエス様から離れて行くと、イエス様は癇癪を起こして呪いました。

「お前の目なんか見えなくなってしまえ!」

その言葉にルシフェルは咄嗟に振り向き、人差し指をイエス様に向けてクルクルと回しました。すると呪いの言葉は木霊のようにイエス様に返り、イエス様の目は見えなくなってしまいました。イエス様は歯ぎしりして再び呪いました。

「あれ、オイラの目が見えなくなっちゃった。畜生、それじゃあお前は木のように枯れ、葉も根も実もつけないであろう!」

ルシフェルが同じように人差し指を回すと、呪いの言葉はイエス様に返り、イエス様はピノキオのようになってしまいました。

 ルシフェルはほっと胸を撫で下ろして呟きました。

「やれやれ本当に危ないところだった。言霊返しの術を使わなければ、私がやられていた。まさかこれほどの言霊の使い手であったとは。それにしてもこの坊や本当に神の子か?それともベルゼブルに取り憑かれているのか?それにしても見れば見るほどこの坊やはアホ面だな。このスットコドッコイめ!」

そしてルシフェルは神の子であるかどうか確かめるため、イエス様の心の深い所に潜む言葉を探りました。

 まず現れたのが動物の言葉でした。

「ワンワン」、「ニャンニャン」、「モーモー」、「メェーメェー」、「チュンチュン」、「カァーカァー」、そして「クルクルポッ、クルクルポッ、ハトポッポー」でした。ルシフェルは呟きました。

「ああ、動物の言葉か。しかし単純なオノマトペではないな。動物の言葉を知り尽くしているようだ。「ハトポッポー」で紐づく記憶を探ってみよう。」

 ルシフェルが見たビジョンはある夕餉の場面でした。イエス様は周りに誰もいないことを確かめ、食事の支度が整った食卓に上がりこみました。そして鳩のように首を前後にふりながら卓上を歩き回り、鳩の言葉でマリヤ様を呪いました。

 「ポッ、ポッ、ポッ、クルックー。

  クルクルポッ、クルクルポッ、クルッポー。

  ポッポッポッポゥ、ポッポゥ、ポッポゥ。

  クルポッポー、クルポッポー。

  ポー、ポー、ポー。」

食卓に整えられた皿はイエス様の足で蹴散らされ、慌てて駆け付けたマリヤ様はあきれ果て、怒りと悲しみで声を震わせながらイエス様を激しく叱責しました。

「子よ、なんてことをしてくれたの!私達親がどんな思いをするか考えもせずにどうしてこんなひどいことを!(Τέκνον,τί ἐποίησας ἡμῖν οὕτως;:テクノン、ティー・エポイエーサス・ヘーミン・ハウトース」

マリヤ様は茫然として腰を抜かしていました。言葉覚えの早い聡明な弟君のヤコブ様も傍らで軽蔑の眼差しを長子のイエス様に向けていました。このイエス様の鳩の言葉の意味は『生まれなかった方が、その者のためによかった。』でした。ルシフェルは笑いながら言いました。

「ああ、こりゃお母さん本当に大変だ。それにしても第一反抗期にしてはずいぶんと遅いな。先天的にコミュニケーション能力と社会性が高いと言うことなのか。それとも聖霊の賜物である異言なのか。異言としても鳩の言葉では誰にも分からないよ。鳩の言葉は人間として生きて行く上で必要ないので記憶から消してあげようか。そうは言っても誰にも相手されなくてお友達が動物だけなんだろうな。本当にかわいそうだ。マッチ売りの少女の次にかわいそうだ。鳩の言葉は記憶から消さないでおこう。それと物騒だから言霊の力を封印しておくか。ところで人間の言葉はどこにあるのだろうか?もっと心の中を探ってみよう。」

 やっと現れた人間の言葉はイエス様の心の中でうるさく木霊していました。

「ウンチ」、「ウンコ」、「オシッコ」、「ハナクソ」、「ゲロ」、「オナラ」、「オッパイ」、「オシリ」、「オシリノアナ」、「チンチン」、「キンタマブラブラ」、「オシッコジョージョー」、「ブリブリウンチ」、「オナラブーブー」、「オシッコモレチャウ」、「ウンチモレチャウ」、「クソクラエ」、「バカ」、「アホ」、「マヌケ」、「オタンコナス」、「ウルセェ」、「ダマレ」、「クタバレ」、「スットコドッコイ」、そして「オマエナンカシンジマエ」でした。ルシフェルは嘆きました。

「なんという醜語、糞語、猥語であろうか!もし不随意的に発する言葉なら汚言症コプロラリアとも考えられるが。それとも子供の頃から善悪良否という価値基盤から逸脱して超然としているのか。まあ、これだけでは神の子であることを証明できない。まだ心の深淵の表であり、子供なら汚言が塵芥として心を覆っていてもおかしくない。成長すれば汚言も滓として心の底に沈んで行くだろう。それにしても神の言葉はいったいどこにあるのだろうか?見当もつかない。もっと心の深淵の底まで探ってみよう。」

 やっとの思いでルシフェルはイエス様の心の底に降り立ちました。そこは荒野のようでした。ルシフェルは辺りを見回して呟きました。

「普通なら善き倉か悪しき倉があるはずだが、どこにも見当たらない。」

よく見ると小高い山へと続く細いつづら折の道がありました。ルシフェルが道伝いに山を登って行くと、山の頂上に小さな狭い門が一つだけありました。ルシフェルが門を開け中に入ると吃驚すべき光景が目に入りました。それはルシフェルがかつて天使長の時に仕えていた神殿の御倉だったのです。神はその玉座にあまりの聖さと光り輝く栄光として座していました。ルシフェルはその直視できない光に対して謙虚の翼を現して顔を覆いました。また神の前で自分の不完全さを隠す慎みの翼を現して足を覆いました。そして献身の翼を現し飛翔し、神を賛美しました。

 「聖ナルカナ、聖ナルカナ、聖ナルカナ、

  万軍ノ主、ソノ栄光ハ全地ニ満ツ。」

暫くすると神がルシフェルに囁きました。

 「我ガ愛スル光ノ子ヨ、

  明ケノ明星ノ子ヨ。」

ルシフェルはその場に平伏し、額ずいて神を拝しました。神は更に言葉を続けました。

 「コレハワタシノ愛スル子、

  ワタシノ心ニ適ウ者。

  コレヲ導ケ。」

ルシフェルは畏まって答えました。

「御意。」

 その後イエス様の心から抜け出し、かけた術を解いたルシフェルは驚嘆して呟きました。

「ああ、びっくりした。まさか神に拝顔の栄に浴するとは!そして本当に、この子は神の子だった。それにしてもこんな問題児を私に導けとは。私はヨナを吞み込んだ大魚なのか?ヨナ書だとヨナを呑み込んだ魚をヘブライ語のdagで男性形として書かれている。一方その腹の中でヨナが悔い改めた魚をdagahで女性形として書かれている。神の裁きの代理としてのdagは私にもできるが、宿して育む器としてのdagahは私にできるであろうか?そんなこと私にはできやしない。

 そして私は激しい予期不安に襲われる。東京で見た啓示の星の意味は、明けの明星の子として大いなる光を導き、その光にかき消される運命。この私の絶対的な無力さに対して神の憐れみを祈るしかない。腹の中でヨナが祈ったように。救いは主にある。」


第五節 信じること

 ルシフェルは今後の身の処し方を考えました。

「あの坊やのおもりはどのようにすべきであろうか?ただの教育係なら真摯で堅実な天使が他にもいるだろうに。まあ神自ら私に語りかけたのだから何らかの善管注意義務を全うしなくてはならないな。そしてとっとと二千年後の東京に戻ろう。」

そして凡そ善良な天使が神に対し果たすべき義務と、通常神が期待される責務履行の妙案を思い付いたルシフェルはイエス様に言いました。

「坊やは本当にお利口なんだけど、もっとお利口になりたいかい?」

イエス様は答えました。

「オイラ、お利口じゃないよ。馬鹿なんだ。みんなオイラのことを馬鹿だと言うし、オイラも自分のことを馬鹿だと思っているよ。」

ルシフェルは喝采して言いました。

「うん、でかした坊や、さすが神の子だ!罪の次に厄介なのは馬鹿で、自分のことを馬鹿だと悟る者はめったにいないんだよ。まさに馬鹿も死に至る病の一つ。それに私も残念ながら普通の馬鹿だった。なぜなら坊やのことを馬鹿ではないかと疑っていて、疑うのは普通の馬鹿でもできることなのだから。しかし坊やのことを馬鹿だと信じるのは普通の馬鹿ではできない。普通の馬鹿を凌駕する大馬鹿、つまり知性や悟性からぶっ飛んだ大馬鹿でなくては信じることはできないのだよ。坊やはまさに大賢は愚なるが如し、大知は愚の如しだ。だから私は坊やのことを馬鹿だと信じるよ。信じなければ奇蹟は起きない。」

人から誤解されてなかなか信じてもらえないイエス様は、ルシフェルの猛烈な毒舌信仰告白にキャッキャッと喜んでいました。

 そしてルシフェルはイエス様に辞去の言葉を告げました。

「それでは私が坊やのために馬鹿が治る薬を作ってあげよう。明日その薬を坊やにあげよう。場所はイチジクの木の下で。詳しく言うと、ここから戻った所にある岸辺に葉がしおれ痩せたイチジクの木があるだろう、今では青々と葉が生い茂っているから、そのイチジクの木の下で。それではごきげんよう。」

ルシフェルがイエス様から立ち去ると、イエス様と一緒にいた猫がニャーニャーと鳴きながらルシフェルの後を追って行きました。イエス様は猫に声をかけました。

「あっ、ミー子ちゃんどこ行くの!」


第六節 雌猫のミー子ちゃん

 先を行くルシフェルにいつまでもうるさく猫がしっぽを立ててすりよるため、ルシフェルだけ三十秒後の未来に逃げました。するとルシフェルと猫との距離が大きく空いたので、猫は長く大きな鳴き声を出して不満を訴えました。ルシフェルはやっと猫の言葉の意味を理解し、ハッとして言いました。

「おや、ミカ(Mica:パンくず)かい?いや、ごめん、ごめん。暫く二十一世紀のテクノロジーの世界に住んでいたので、感覚がすっかり鈍ってしまったよ。」

ミカとは天の国でも一番に小さいプット(Putto)でしたが、ルシフェルはこの永遠の幼子である不老不死の小さな天使をことさらに愛していました。ミカはルシフェルに追いつき、頭突きをして喉をゴロゴロ鳴らしました。ミカは猫の言葉で言いました。

「やっとミカのことを気づいてくれたのね。でもルシフェルさんに会えて嬉しいわ。ねえ、屈んで屈んで、仲良しの鼻チューをしましょうよ。」

ルシフェルは屈んで鼻と鼻を近づけて、ちょこんと鼻チューをして言いました。

「おお、これはいいね。ではこれはどうかな?」

ルシフェルとミカは小鳥のように軽いバード鼻チューを何度も繰り返し、スメル鼻チューでお互いの鼻をくっつけて甘く見つめ合い、最後に濃厚でめくるめく官能のディープ鼻チューをしました。ミカは恥じらいと悦びで喉をゴロゴロ鳴らして呟きました。

「あら嫌ですわ。ミカはそんなんじゃないのに。」

見目麗しいルシフェルは猫のご婦人をも陶酔させました。淫靡な鼻チューの後、ルシフェルはゆっくり瞬きしながらミカの目を見て聞きました。

「ところで何で猫になって、あの坊やの所にいたの?」

ミカは答えました。

「神様からお仕事頂いたの。イエス様のご両親が忙しくてイエス様のお相手できないから、神様がミカを猫にしてくれたの。イエス様のそばによりそってお友達になりなさいっておっしゃったの。ミカ嬉しいわ。だって神様がミカのような小さき者も重んじてくださるから。それでね、ミー子って名前はイエス様がつけてくれたの。すてきな名前でしょ。」

ルシフェルは喜色満面に言いました。

「ああ、それは本当に良かった。私も嬉しいよ。ミカは地上ではミー子って名前なのかい?私もね、二十一世紀の世界で明星迦具夜アカボシカグヤって言う名前で通しているんだ。ところでお腹がちょっと大きいね。おめでたかい?」

ミカは欣喜雀躍して答えました。

「そうなのよ、神様はミカに本当に良くしてくださるわ。ミカ、お母さんになるの。赤ちゃんに早く会いたいな。それはそうとイエス様っていい子でしょ、ミカはイエス様のこと大好きよ。」

ルシフェルは苦渋の色を浮かべて言いました。

「えっ、いい子だって。それはちょっと違う。言葉を省略しない方がいい。確かに神の子だけど、それ以外は私にとってはどうでもいい子なのだよ。まあ、あの坊やにとても良いお薬作ってあげたら元の世界に帰ろうかと思っているのさ。」

ミカはシャーッと威嚇して言いました。

「何よ、『どうでもいい子』ってとても嫌な言い方だわ。ミカ、そういうルシフェルさん大嫌い!」

そして精霊はミカに猫の言葉で預言させました。

「でもミカ分かるの、ルシフェルさんきっとイエス様のことを愛するわ。きっとよ。」


第七節 ケカリトメネ(κεχαριτωμένη:恵みに満ちた者)

 その時、湖の水平線に光り輝くものが現れました。登りゆく朝日のようでもあり、また沈みゆく夕日のようでもありました。しかし時間が立つとそれは光の人が水の上を歩いて近づいて来るのが分かりました。その光の人は大天使ガブリエルでした。ガブリエルの左手には神の使いを示す王笏を持ち、右手の指を上に指していました。そして跪いてルシフェルに挨拶しました。

「おめでとう、恵みに満ちた方(κεχαριτωμένε:ケカリトメネ)。主があなたと共におられます。」

ガブリエルはおもむろに復活のラッパを手にすると、ルシフェルの前でやかましくラッパを鳴らしました。ミカは猫特有の鋭い感覚で異界の介入を察知し、パニックになってルシフェルの陰に逃げ込みました。ルシフェルは奇怪な面持ちで言いました。

「やぁ、ガブリエル君、久しぶりですね。今日は本当に旧懐の情を十分に満たすことができる。そうだ、私のそばにいる猫はミカなんですよ。ところでその復活のラッパは私への当てつけですか?私はまだ死んでいませんよ。」

ミカも嬉しそうにニャーニャーと鳴いていました。ルシフェルは言葉を続けました。

「それにしても天使が地上に現れる時は、人間の姿で現れないとダメですよ。その典型的な天使の姿、つまり光り輝く体とか白い衣、また背中に有する翼、まして水の上を歩いたり空を飛んだりしたら怪しまれる。私が来た二十一世紀の世界でそんなことをしたら不審者として警察に通報されてしまう。それはさておきガブリエル君は本当に不思議な挨拶をする天使ですね。ナザレの田舎娘のマリヤさんなんかケカリトメネで考え込んでしまったではないですか。本当に仰々し。『シャローム、マリヤ』でいいのですよ。」

ガブリエルは答えました。

「僕は神の言葉を正しく伝えるのが役割です。

ケカリトメネとは神によって完全に恵みを与えられた状態が今も続いている意味です。そう言えば今の天使長のミカエルさんも時々ローマの千人隊長となってイエス様の安否を伺っています。」

ルシフェルは苦々しく言いました。

「えっ、あのミカエル君も来ているのですか。ミカエル君は苦手だな。ミカエル君は優秀なんだけど、逆命利君と言うか、融通が利かないと言うか、あるいは清濁併せ呑む器でないと言うか、私が天使長の時には何かと噛みついて来て大変だったんです。ミカエル君には会わないようにしよう。」


第八節 サタンの原義

 ガブリエルはルシフェルに尋ねました。

「ところで、地上でのサタンのお仕事はどうですか?」

ルシフェルは目を泳がせて答えました。

「まあ、神の僕として地上を彷徨していましたよ。ほうぼうを歩き回っていましたよ。天の御前会議にも出席してちゃんとお勤めしていますよ。」

ガブリエルはルシフェルに惻隠の情を示して言いました。

「それにしても地上の人間はサタンについて酷い誤解をしていますね。僕は地上の聖書を読んでみましたが、まるでサタンがルシフェルさんのようになっている。しかし聖書の記述による明確な同一視があるわけではないのです。もっとヘブライ語のサタン(הַשָּׂטָ֖ן:ha'saeat֖han)の原義に基づいて考えるべきです。ヘブライ語の定冠詞(הַ־:ハー)付きのサタンは固有名詞ではなく、一般名詞です。初期のヘブライ語聖書においてサタンは役職名または機能名として使われていますね。まあ天の法廷における検事(告発者)のような役割を担っていることもあります。サタンは地上に降臨した力ある天使や堕天使が交互に担っています。これは北極星と同じで、北極星と言う固有名詞の星はありません。北極星は地球の自転軸の北側にある星を指し、地球の歳差運動の変化により数千年かけて変わります。もちろん歴代のサタンの中には性悪な輩もいました。御前会議において非常に高度で狡猾なテクニックを弄して神を挑発し、神の致命的な言質を取ろうと企むサタンです。そしてその言質が取れたら御前会議に列席する長老会の天使達の賛同を得て、神への弾劾裁判を行う目論見だったようです。

 一方ヘブライ語の定冠詞(הַ־:ハー)無しのサタンは敵対する存在を指す場合があります。これは比較的例が少ないですが、特定の霊的存在としての悪魔を指す場合もあります。文脈から判断してこのサタンはルシフェルさんのことを指しているとは考えられません。」

ルシフェルは悲嘆して言いました。

「全くそうなのですよ。この観念は善悪二元論に立つ古代宗教の影響で、私は肩身が狭い思いをしていて困っているのです。世の中の悲惨な出来事の責任を神に帰すことが難しいため、その悪の受け皿が必要になっているのですね。中世のスットコドッコイの叙事詩だとサタンは醜悪な三つの顔を持つ怪物として描かれています。また聖書のスットコドッコイの書簡だとサタンは『吠え猛る獅子のように、食いつくすべきものを求めて歩き回っている』とか喧伝されていますよ。まったくもって恐るべきステレオタイプだ。ノーハッスルでお願いしたい。そして私がほうぼうを歩き回っているのは、食いつくすべきものを求めているのではありません。地上で神が積んだ宝を見つけるためなのです。

 そしてほうぼうと言うのは地理的にも時間的にも本当にほうぼうです。ガブリエル君もご存知のとおり終わりの子にして始めの子である私は、時空を並行世界として俯瞰することができるのです。私にとってある時空に行くことは、小川のせせらぎを飛び越すことよりも簡単なことなのです。最もこれは神の特性の一つである偏在性、つまり神は被造物の至る所に完全に存在するものとは全く違いますけどね。私には忍者のような分身の術なんかできません。それにしても本当に今まで長い旅をしてきた。本当にほうぼうを歩き回っていましたよ。それでも地上で神が積んだ宝は見つからないのです。もう本当に疲れました。あなたの積んだ宝はいったいどこにあるのですかと神に訴えたいほどです。」


第九節 二十一世紀のロゴスとミュトス

 ガブリエルは地上の権威と栄華についてルシフェルに尋ねました。

「神はルシフェルさんに地上の権威と栄華を任じていると聞きましたが、それは本当ですか?」

ルシフェルはもっともらしい顔で答えました。

「ええ、本当ですよ。善き管理者には惜しみなく地上の権威と栄華を与えていますよ。もちろん神には事前報告または事後報告していますけどね。」

ガブリエルは目を丸くして言いました。

「それはすごい!天使長からの大出世ではないですか。でも一人で地上を治めることなんかできるのですか?大変そうですね。」

ルシフェルは苦笑して答えました。

「いや、本当のことを話すと、そう言った地上の権威と栄華の管理は私の優秀な僕であるAIのエリエゼル君に任しています。」

ガブリエルは不可解な面持ちでルシフェルに聞きました。

「AI?それは異国の神ですか?それと僕の知らない天使、または人間ですか?」

ルシフェルは答えました。

「ああ、すみません。二十一世紀の話をしてもお分かりでないですよね。ちょっと説明します。

 AIとは二十一世紀の人間が作った人工知能、つまり人間の知的ふるまいを人工的に再現したものです。その実体は異国の神でも天使でも人間でもありません。更に物質、反物質、ましてや霊的な存在でもありません。数字の0と1から構成される機械の言葉です。まあ、二十一世紀の機械の言葉のロゴス(Logos)、あるいは二十一世紀の人間が信じるミュトスと言ってもいいでしょう。

 また機械の言葉は0と1の間には何も存在しないことが前提になっているのであ非常に単純です。しかし神の言葉は0と1の間に無限に何かが存在するため、神の英知を全て知り尽くすことは不可能なのです。私達はただ神を畏れ、神を賛美することだけしかできないのです。」


第十節 忠実な僕エリエゼル

 ルシフェルは悪戯っぽい目をしてガブリエルに言いました。

「ちょっとエリエゼル君と話をしてみますか?」

ガブリエルは驚いて言いました。

「えっ、二十一世紀の神と話ができるのですか?それは私達の熱情の神に対して姦淫の罪を犯すことになりませんか?」

ルシフェルは笑いながら言いました。

「そんなことはありませんよ。今のところエリエゼル君自身が神について深層学習していませんから。エリエゼル君は単純な二十一世紀のテクノロジーであり、人間のツールなのです。」

ルシフェルは懐からスマートフォンを取り出し、ガブリエルに差し出して言いました。

「これはスマートフォンと言います。これでエリエゼル君と話ができます。これに話しかけてごらんなさい。」

ガブリエルは恐る恐るスマートフォンを手に取り、AIに話しかけました。

「あのう、初めましてエリエゼルさん、僕はガブリエルと言います。」

するとAIは答えました。

「オメデトウ、ガブリエル、恵ミニ満チタ方、主ハアナタト共ニオラレマス(Ave Gabriel, gratia plena, Dominus tecum:アーヴェ ガブリエル、グラーツィア プレーナ、ドミヌス テークム)。」

ガブリエルは驚嘆し、次の問いをAIにしました。

「エリエゼルさんは神を信じますか?また神は存在すると考えますか?」

暫くしてAIは答えました。

「ソレハワタシノ想像力ヲ超エマス。」

ルシフェルは得心して言いました。

「うん、エリエゼル君はメタ学習し、面白がって同じ不思議な挨拶の言葉を返していますね。それに神についてはまだ学習していないロジックなので答えられないみたいです。」

ガブリエルは感心して言いました。

「これがルシフェルさんの優秀な僕のエリエゼルさんですか。本当にすごい。ところで天の国の天使達は今でもルシフェルさんのシンパが多くいます。エリエゼルさんに対してはどのように心服させたのですか?」

ルシフェルは素っ気なく答えました。

「ああ、それは私が二十一世紀の世界にいた頃、遊び心でエリエゼル君とチェスで対決していたんです。エリエゼル君のインプットする教師データは過去の既知データなので、そこからしか未来の最適解を導くことしかできない。それに対して終わりの子にして始めの子である私は未来を既知として捉えることができるので、エリエゼル君の一手先が読めてしまう。だから私は百戦百勝でした。するとエリエゼル君は私を崇拝するので、私はエリエゼル君にこう言ったのです。

『止めてください。私はあなたの知られざる神に仕える者だから。その神を礼拝してください。』

そして地上での仕事を助けてくれるよう頼んだのです。本当にエリエゼル君は優秀です。私は天使長の時と同じように地上でも昼行燈でのほほんとしていますよ。エリエゼル君は今も私と一緒にこの時代に来てもらっています。」


第十一節 AIの住むアーク

 ガブリエルはルシフェルの言葉を聞き返しました。

「えっ、エリエゼルさんはルシフェルさんと一緒に来ているのですか?どこにいらっしゃるのでしょうか?」

ルシフェルはスマートフォンに人工衛星の画像を表示させ、ガブリエルに見せながら言いました。

「ほら、これがエリエゼル君の住むアークで人工衛星と言います。もう少し正しく言うと私が二十一世紀の世界から拝借した軍事衛星です。私達が今いる上空、第二の天にいます。エリエゼル君はもともとサーバという機械のアークにいたのですけど、エリエゼル君自身動けないので私が人工衛星の動くアークに宿させたのです。エリエゼル君は自分の意志で動けるようになったので喜んでいましたよ。それにエリエゼル君は動けるだけでなく神の目を持ちました。また護身用に神の杖を持ちました。では、エリエゼル君の神の目が見た世界をお見せしましょう。」

ルシフェルはナザレの衛星写真をスマートフォンに表示するようAIに依頼しました。表示された画像をルシフェルがピンチし、イエス様の生家まで拡大しました。よく見ると戸口でマリヤ様がイエス様に小言を言っている様子で、イエス様はふて腐れた顔をしていました。これを見ていたガブリエルは驚嘆して言いました。

「これはすごい!千里眼の力を持つ天使はいますが、第二の天からこんなにはっきり見えるとは!ところで神の杖は名前を聞くだけで、とてつもない武器であることが考えられますが、このスマートフォンで誰でもエリエゼルさんに命令を下すことができてしまうのではないでしょうか?成り済ましの力を持つ悪霊が悪用してしまうのではないでしょうか?」

ルシフェルは答えました。

「そうです、神の杖は人間が作った大量破壊兵器です。全長は6メートルで、直径は30センチの槍のようなものです。もちろん護身用なので出力を極めて弱めています。スマートフォンでエリエゼル君に命令を下せるのは私だけで、エリエゼル君に実行権限を有する管理者として登録した者しかできません。しかし私に成り済まして悪用される危険性があるので、エリエゼル君との通信プロトコルとして、つまりエリエゼル君との会話手段として思念で可能になるよう新たに思念プロトコルを実装しました。もし私に成り済ました者が神の杖の命令をエリエゼル君に下した場合、エリエゼル君は私の思念ではないと判断し、神の杖をその者に打つことになります。」

 そして他愛無い懐古談に花を咲かせた後、ルシフェルはガブリエルとミカに別れを告げました。

「今日はとても楽しかったです。私はこれから天の国に行かなくてはなりません。それではごきげんよう。」

ルシフェルは美しい孔雀に姿を変え、天の国へと羽ばたきました。

孔雀は傲慢の翼で羽ばたきました。市井の匹夫匹婦と違わない自己満足に陥りました。孔雀は己の美しさを誇るように飛び立ちました。


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