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異能

この作品を手に取っていただき、ありがとうございます。


この作品は、「もう一度やり直せたら」という想いから生まれました。


鬱で絶望していた主人公が、異世界で仲間と出会い、少しずつ生きる意味を取り戻していく――


そんな再生の物語を描いています。


拙い文章ですが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


思わず、叫び声が漏れた。

頭の中に流れ込んでくるのは――


恐怖。

不安。

絶望。


咆哮で叩き込まれた感情が、さらに何倍にも膨れ上がり、心を圧迫してくる。

そういった感情が一気に流れ込んできて、押し潰されそうになる。

感情を押し込めるように、なんとか抗おうと藻掻いていると――視界の端で、仲間たちが次々と立ち上がり始めたのを捉えた。


「……なんだ? 急に、恐怖心が……一気になくなった……」


近くにいたルーダが、戸惑ったように自分の身体を見つめている。他のメンバーもそれぞれ口々に、不思議な自分の状況に困惑しながら立ち上がっているのが見えた。


「リョウ! 大丈夫か?」


ルーダはすぐに気を取り直して、ドラゴンを抑え始めながら、俺に声をかけてきた。

だが――正直に言えば、大丈夫とは言い切れなかった。様々な感情が沸き上がってきており、それに抗おうと必死で、答えられる余裕すらもない。


「……何が起きたんですか?」


パンテラが、冷静に状況を把握しようとメンソールへ問いかける。


「分からないわ……リョウが声をあげた、その瞬間に……恐怖心が一気に自分の身体から抜け出たように感じた……」

「まさか……リョウが何か異能に目覚めたんですか?」


異能。

旅の途中で聞いた、極めて稀な能力のことだ。


確かに――一度恐怖心に抗い、立ち上がろうとした瞬間、代わりに別の"重さ"が自分の中に流れ込んできた感覚があった。新たな恐怖心が生まれたという感じだった。

……まるで、仲間の感情を引き受けたかのような。

ということは、仲間のそういった感情を引き受ける異能なのだろうか。

考えたいことは山ほどあった。

だが、今は目の前の脅威が消えていない。ドラゴンの脅威が去っていない中で、立ち上がるのが最優先だ。


「メンソさん! もう三分以上経ってます! リョウが限界ですし、撤退を――」


パンテラの言葉に、メンソールは静かに首を振りながら答えた。


「それはできないわ。第一世界に戻っても、あの狭い空間じゃすぐに殺される」


彼女は、ドラゴンから視線を外さずに続ける。


「……今闘って勝つしかないわ」


普段の冷静なパンテラだったら同じ結論に達していたはずだが、咆哮の影響で、まだ完全には冷静になり切れていないようだった。


「……大丈夫です」


絞り出すように言葉を紡ぎ、俺はなんとか感情の波に耐えきり、立ち上がることができた。


「俺も……なんとか戦えます……っ」


感情の波に耐えながら、無理やり戦闘へ意識を戻す。

――そういえば。

鬱になってからは、メンタルがかなり弱くなっていた。けれど、元々若い頃は、メンタルが弱かったわけではない。色々なキツイことに耐えられていたはずだ。理不尽も、重圧も、全部耐えてきた。

なら――今も、きっと。

そう思いつつ、戦闘に集中する。

メンソールは、そんな俺の姿をじっと見て、何かを決心したように口を開く。


「……リョウ。これから、あなたが指揮を取ってくれる?」

「え……俺が?」


突然の提案に、頭が混乱する。


「戦場はね、心の強い者でないと立てない。特に、こういった死が濃厚に感じられる戦場ではね」


そして、少しだけ柔らかく言った。


「……だからお願い」


逡巡した。

だが――信頼や任されるといった期待。それは、ここ何十年も向けられたことのない言葉であり、欲しかった言葉でもあった。

応えようのない感情が湧き出してきたが、なんとか気を取り直し――


「……分かりました」


深く息を吸い、


「ここからは、俺が指揮を取ります!」


全員がこちらを向いて力強くうなずくと、先ほどと同じような配置についた。

スキルはこれで三つを使ったはずだ。残る最大の脅威は――おそらくブレスが一番強力なはずだ。

俺たちは連携を取りながら、少しずつ追い詰めていく。味方と敵のスキルに必要な時間を把握し、適切な防御と攻撃を繰り返す。

しばらく一進一退の攻防が続いた。


そして――

ドラゴンが先ほどと同じように身を縮めて、スキルを溜める行動を見せた。

それは先ほど見たぞ――


「キャンさん! ブレス用の防御魔法をルーダさんに! 他はブレスがかからないように離れて、魔法で足止めしてください!」


合図と同時に、三人が散開し、メンソールがマドハンドで足止めする。


ドラゴンは藻掻くような仕草をしながら、腹部から顎にかけてゆっくりと膨らませていく。


「――来ます!」

「グォォォォォォォォォォ!」


ドラゴンが唸り声をあげながら、強烈な冷気を伴ったアイスブレスを吐きかけてくる。

洞窟内の地形から、炎のブレスではなく、氷のブレスであることを予想していた。

凄まじい冷気をルーダが正面から受け止める。マナヴェールの壁も完全に無事というわけではないが、キャンシルの魔法とルーダの防御スキルの重ね掛けで、見た目以上のダメージはなかった。


手の内を晒したドラゴンは、もはや先ほど程の脅威ではなかった。

少しずつ、確実にダメージを重ねていく。


「五虎連弾!」


手持ちのスキルの中で、最大火力のスキルを叩き込む。


「ルォォォォォォォォォォ……!」


ドラゴンの絶叫が洞窟内にこだまし、力を失った巨体が地面に崩れ落ちた。


「……終わったのか」


静寂の後、歓声が所々あがる。

キャンシルとルーダは抱きしめあって喜び、パンテラとメンソールもハイタッチして喜びを分かち合っていた。

俺は――全身を駆け抜ける安堵感に、ただ呆然と立ち尽くしていた。


「やったな、リョウ!」


ルーダが駆け寄ってきて、力強く抱きしめてくる。他の仲間もみんな駆け寄ってきて、それぞれ言葉を投げかけてくる。

そういった皆の表情や声掛けのおかげで――ようやく喜びが実感として胸に広がる。

この達成感。

充実感。

終わった後の、幸福感。

ずっと感じたくて感じられなかった感情が堰を切ったように溢れ出す。

――涙が止まらなかった。

こんな嬉しさで、自分が泣くなんて……

歓声の中、俺は静かにその感情を噛みしめていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次回は戦いの後日談です。

引き続き、お付き合いいただけると嬉しいです。


次回は2/21(土) 20:00に掲載予定です。

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