表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

電車に揺られて、明日へ

作者: キハ

電車に揺られていた。

心地よい揺れによって眠気が襲ってくる。

昨日はあまり眠れていなかったことを思い出す。瞼を軽く閉じるとその手に導かれて緩やかに心地の良い旅へと誘われる。

いつもは気になる首の痛みも、今はどうでもよいことだった。

段々遠くなっていく電車の走行音を聞きながら暗闇に身を任せた。


夢を見ていた。

一年前。期待と希望を込めて迷いに迷って絞った志望校へ行った。心がうき立っていた。笑顔になっていた。初めて勉強への希望を持った瞬間だった。

そのはずだった。


そう、もしあの時投げ出さずに頑張れていたら。

あの時、自分を正当化せずに踏ん張れていたら。

しんどいといっても今の苦しさと比べればましだったのだろうか。

きっと、あの時あのままあの気持ちのままでいることができたら。

今頃電車には乗っておらずに数駅前の駅で乗り換えていただろう。

軽快にスキップをしながら毎日通っていたのかもしれない。

そんな未来があったのかもしれない。


頑張りたくても頑張れなかった。

しかし、それはどこか「仕方がない」と甘えていたのかもしれない。


そう、仕方がなかったのだ。

ただ仕方がないと諦めてしまうほどの代物ではなかったのだ。


今恨むべき相手がいるとすれば、後悔しなければならないとすれば、あの時頑張れなかった自分より他ならない。

誰かの何かのせいにして逃げて何にも向き合わなかった自分以外どこに存在してるのだろうか。


あの時。あの時もう少しでもどうにか上手く生きれていたら。

もっと器用に生きれていたら。

嫌なことがあるたびに死がちらつく邪念を振り払い、ちょっとでも幸せを探せていたら。

ちょっとでも幸せに生きれる毎日を探していたら。

たぶん、今の私はもう少し幸せになれた。


悲劇ですべてを終わらせようとした。何も生まれない苦痛をわめいた。

それらに立ち向かう勇気すら捨てた。

もし、少しでも幸せになれていた私がいたら。


すでに通り過ぎた駅。そこで降りて違う学校へ通い、憧れていた学校生活を迎えることができたのかもしれない。

あの時頑張れていてよかったと思えたのかもしれない。


その未来を選択する力がなかったから、また逃げることを選択して何も楽しくないのだろう。

この世界で上手く生きれないことを、この世界を恨んでこの世界から消えてしまいたい、と。そんな言葉に変換する癖ばかり学んで、何も残っていない毎日を過ごした。

その繰り返しから未だに抜け出すことができない。


夢を見ていた。


重い瞼を持ち上げる。ゆっくりと車窓の景色が視界に入ってくる。

学校の最寄り駅のアナウンスが耳に入った。

膝の上の荷物をまとめて扉に向かおうとした直後に、発車ベルとともに扉が閉まった。

ゆっくりと加速して駅から離れていく電車を恨めしく思い、携帯で時刻を確認する。

次の駅で戻っても、始業の時間に間に合うかどうか。


──学校に行きたくない。何ならさっさと死にたい。


そんな生活を送っているというのに、遅刻なんていう些細なことを気にしているのが馬鹿みたいだ。

どちらにせよ馬鹿なのだからこれ以上愚かになる必要もない。


だから、やめよう。


次の駅を告げるアナウンスが流れ始める。それにも関わらず、先程の座席に戻る。ゆっくりと腰を掛けると初めて見る車窓に目を移した。


今日だけは。

今日だけはこのまま電車に揺られていてもいいだろう。

誰かから怒られても、このまま無意味な時間を過ごし続けるよりはふらっと旅にでも出た方が生きていたいと思える。

校則で禁止されている制服を着ての寄り道も、食べ歩きも、学校をさぼった今日ならどうでもよい。

今まで規則に縛られて楽しくなかったことを楽しんだっていいはずだ。


それで、私が少しでも生きていたいと、頑張ろうと思えるのならばきっと間違っていないはずだ。


今日はこのまま終点まで乗ってみよう。一度も足を踏み入れたことのない町。確か小さな山があると聞いたことがある。

その山にでも行ってみようか。

お昼ご飯は手を付けていなかったお小遣いをはたいて、いつもの感覚なら渋ってしまう美味しいものにするのも良いかもしれない。

それとも定番のコンビニでもよさそうだ。両手いっぱいに好きな物を集めて、自然に囲まれながら食べるのならきっと何でも美味しい。

景色に飽きたら適当に道を選ぼう。直観に従って道がわからなくなる怖さも捨てて、気ままに散歩をしてみよう。

時間はたくさんある。知らない所でもとにかく歩いてみよう。

歩いた先に何かと出会えるかもしれない。

することがなくなったら、何もない公園で本を読むのもいいかもしれない。続きを読みたいのになかなか読めない本がカバンの奥底に眠っている。

知らない場所でまだ先の知らない本を読んでみるのも楽しそうだ。

その場で何かを思いついたらすぐに実行してみよう。なんでもいい。近くにあるかもしれない雑貨屋、書店、喫茶店。手当たり次第に入ってみればいい。


紅色に空が浸食され始めたら空でも眺めながら駅へ向かおう。駅舎と夕日を目に焼き付けながら帰りの電車に乗る。

それまではうるさくなる携帯も知らないふりをしよう。


そして帰ったら、精一杯に謝って、明日から少しだけでも頑張ってみよう。

この日のことを思い返して同じ電車に乗って学校へ通おう。


今度は未来の私が幸せだといえるように、今からでもやり直そうと思った。

だから、今日だけは、過去最大の罪を犯そう。


※この物語はフィクションです。

お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
高校生時代を思い出した。良かったです。
キハのリアルでの環境や実生活を取り入れて反映させているみたいに感じました。 人生の後悔とその人生を少しでも良くしたいという気持ちと心の移り変わりを電車の中のそれも何駅分かという比較的短い距離と時間の中…
おはようございます! 真面目に頑張ってきた自分に、少しだけ息抜きをしてもいいのかなぁと思えました。 素敵なお話を読ませていただき、誠にありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ