……でも、良かった。
「……これは、見事な青空ですね……」
「……ええ、本当に」
それから、数日経て。
家の外にて、空を眺めつつ爽やかな微笑で呟く翠明さま。彼の言うように、上空には久しく目にする見事な青が広がって。きっと、私の……これ以上、彼にご迷惑を掛けぬようにとの私の願いが届いたのでしょう。……本当に、本当に良かったです。
「……それでは、私はこれで。名残惜しい気持ちは山々ですが、再び雨を願ってしまう前に去ってしまわなければなりませんので。これまで、本当にありがとうございました、澄玲さま」
「……ええ、それが宜しいでしょう。ご達者で、翠明さま」
その後、ほどなく恭しく頭を下げ謝意を告げる翠明さま。そして、再び柔らかな微笑を浮かべゆっくりと去っていきます。そんな彼の遠ざかる背を、ひとまずほっと安堵を覚えつつ見送る私で。
「……無事、到着なさったでしょうか」
それから、半日ほど経た夕暮れ時。
格子越しに広がる茜色の空を眺めながら、そっと呟きを零します。久方ぶりに一人となった、不思議なほどに広く感じるこの小さな家の中で。……今、どこにいるのでしょう? 無事、目的の場所へ到着していると良いのですが。
ですが、少なくともこの村は既に出ているのは間違いないでしょう。そのことに、改めてほっと安堵を覚えます。これでもう、仮に雨が降っても彼が危険に巻き込まれることはありませんから。なので、これでもう――
「……うっ、ゔっ……」
ふと、嗚咽が零れ出る。すると、嗚咽に呼応するかのように音が……そして、その音は瞬く間に強く鼓膜へと響いて。……きっと、緊張の糸が切れたのでしょう。決して雨を願わぬよう、極限まで張り詰めていた心の糸がプツリと切れてしまったのでしょう。……でも、良かった。もう、遠くに……もはや戻って来ることのない遠くに行ってしまわれた後で、本当に――
――トントン。
「…………へっ?」
すると、ふと鼓膜を揺らす音。そして、それは何処か覚えのある音。衝撃に目を見開き、稲妻の如く扉へと駆けゆっくりと扉を開きます。すると――
「……大変申し訳ありません、澄玲さま。もし宜しければ、一晩泊めていただけないでしょうか?」
そう、あの日と同じ柔らかな微笑で尋ねる見目麗しき男性の姿があって。




