縁を結ぶ花
私は一度立ち上がると、左手でワンピースのスカートを少し摘み、商人さんに向かって膝を軽く曲げ淑女の挨拶をする。
「初めまして、フィールデン子爵家の娘、ネモフィラ・フィールデンと申します。こちらで庭師として庭園を含む全体のプロデュースを任されています」
「ああ、貴女が……」
「私が?」
「ああ、いえ。美しい庭を造る美しい子爵令嬢がいると聞き及んでおりましたので……」
「お褒めいただき光栄です」
さすが商人さん!
口が上手いね。
商人さんも立ち上がり、右手をお腹の前に置いてお辞儀する。
「お世辞ではありませんが……。アラニバ商会の王都支社を任されております。アラン・アラニバと申します」
紳士の挨拶をして清潔感のある笑顔を浮かべるアランさんに、さりげなく左の手首にそっと視線を落とすと、腕輪は見当たらない。
こっちの世界では結婚すると腕輪を交換する習慣があるので、結婚しているかどうかは一目でわかる。
いくら外でも、未婚の商人さんと二人っきりは良くなかったかな?
「それでお話とは?」
「あ! そうでした。どうぞ座ってください。ええっと……」
私も座って持ってきた自分の鞄から、サンプルを次々テーブルに並べていく。
私のテーブルに出したのは今まで作った花の香りのする品々だ。
アランさんはテーブルに並べられた物に少し驚いた様子で、少し手を出したものの、そこで動きを止める。
「これは……触ってもかまいませんか?」
「はい、大丈夫です」
アランさんが品を確認できるまで、しばらく待ってから説明を始める。
「これが大神殿でアラニバ商会さんから購入している石けんを元に作った金木犀の石けんで、こっちは私がいちから作った金木犀の石けんです」
少し白っぽい方がアラニバ商会の石けんをベースにしたものだ。
「他に、金木犀のシャンプーに、金木犀のハンドクリーム、金木犀の練り香水で、こっちが金木犀のポプリです」
「……」
私が説明すると、アランさんは香りを嗅いだり、じっくりと品をみている。
この世界は地球の記憶持ちが一定数存在するためか、石けんやシャンプーなど生活用品はあるが、香り付きは意外と少ない。
たぶん、私のように花に関する物で、何でも手作りするような人はいなかったのだろう。
前世でも仕事以外の時間にはこうした物を、ネットで調べては色々な方法で作っていた。
「うちの石けんを使った物より、フィールデン子爵令嬢の作った方が香りがいいですね?」
「ここでは庭師なので、私の事はネモフィラとお呼びください」
「……わかりました。では、私のこともアランとお呼びください、ネモフィラさん」
「はい。……石けんは灰から作るのですが、いちから作った方が香りが強くなるんです。一応、男性も使うことを想定し香りは弱めてありますが……」
「なるほど……本当にいい香りだ」
いちから作った方の石けんを気に入ったのか、何度か香りを確認している。
私は笑いながら、脇に避けてあったトレイを引き寄せ、カップをひっくり返しお湯を入れる。
そこへネットに入れた金木犀のハーブティーを落とす。
「こちらは金木犀のお茶です。どうぞ」
「……花のお茶ですか?」
アランさんにカップを差し出すと、驚いたようにカップを見るのが面白い。
別にお茶はそれほど珍しい物でもないはずだ。
私も貴族街の商店でも売っているのを見たことがある。
「上品で甘い。少し柑橘系の香りがしていい香りだ……」
「金木犀は月に咲く花(桂花茶)と言われています。効能はリラックス効果、美肌、体の巡りを良くするといったものがあり、香りの成分には鎮静作用や抗酸化作用があるため、皮膚や髪の健康を保つ効果も期待されています」
「それは素晴らしい」
私は鞄からさらにいくつかのハーブティを出してアランさんの前に並べた。
「こっちがカモミール、次にレモングラス、そしてこっちが……」
次々と紹介していく。
最後に好きなだけ試飲して下さいと言うと、彼はここにあるカップは試飲用に用意してくださったのですねと、笑っていた。
彼は桂花茶を飲み終わると、私を真っすぐに見つめる。
「それで私どもにどのようなお話が?」
「はい。ここにある物と、これから作る物をアラニバ商会さんで扱っていただけないかと思いまして」
「うちで?」
「はい」
物心ついた時から花に興味を持ち、前世は草木花系には強い稼業で家族も全員携わっているのだ。
花に関しての知識は誰にも負けないと自負している。
記憶持ちの中で一部の人は、花を使った商品を生み出せるだろうけど、これほどの種類を生み出せるのは私しかいないはずだ。
花の効能もすべて覚えている。
何度も暗記したことはなかなか忘れないものだ。
「……ネモフィラさん一人でお作りになるのですか?」
「いいえ……。まだ計画の段階ですが、神殿の近くにある修道院や孤児院に話を持ち掛け、いずれそこで生産してもらえればと思っています。ですからアラニバ商会さんはそれぞれの院で買い取りという形で代金を支払って欲しいのです」
「なぜそんなことを?」
「修道院も孤児院も国からの支援金と寄付に頼りに、足りない分は自給自足で生活していると聞き及んでおります。自分の所で作った物を売って稼ぎ、それを自分たちの生活費に充てたらどうかと思いました」
「……そんなことをすればネモフィラさんには金銭が入りませんよ?」
「ええ、私は子爵家の一人娘、いずれ婿を取り家を継ぐ身です。ここで庭師の仕事をして賃金もいただいておりますから、生活には困っておりません」
「……」
私の言葉にアランさんが衝撃を受けたような表情を浮かべる。
もう社交界デビューも果たしているし、そこまでお金を稼ぐ必要はない。
「なるほど。自分でお金を貯める必要はないのですね?」
「え? いえ、ちゃんと庭師の給料は貯めて使ってますよ?」
働いて稼いでいるのだ。
何着ものドレス代を稼ぐのは無理だから、そこは家から出してもらっているけど、家族のプレゼントや自分のお小遣いくらいは稼いだお金で支払っている。
「ああ、いえ、そうではないのです。今のままでいいと言うことですね?」
「はい。私は前世の記憶持ちです。この知識も前世で知った物でそれを使ってお金儲けはしたくない。どうせなら必要な人たちの所にお金が流れる方が、知識を提供した人に報えるかなって思ったんです」
「なるほど……貴女は優しい方だ」
「え! こういうのって優しいとかないですよ? 自分で考えたのなら独り占めしちゃうかもしれませんが、私の考えたことじゃないので」
首をぶんぶん横に振って否定する私に、アランさんの笑みがさらに深くなっていく。
「とりあえず、私の一存では決められませんので、このお話は一度持ち帰らせてください」
「はい! いい返事をお待ちしております」
立ち上がろうとするアランさんに、何種類かのハーブティーをまとめたパックにリボンをかけて、小さなドライフラワーを張り付けた物を差し出す。
「お土産です。よければ皆さんと飲んでください」
「ああ、これは痛み入ります」
嬉しそうに受け取ると、ちらりと私の鞄を見る。
「その鞄、ネモフィラさんが作ったのですか?」
「はい。かぎ針編みのぷっくりお花編みで作りました」
私の鞄は紐で花の模様を編んで繋げ、鞄にしたものだ。
お花編みはかぎ針も棒もすべて覚えた。
レースは細かすぎて挫折しちゃったけど、一応知識としてはある。
「それも商品にするか考えておいてください」
「え? この鞄ですか?」
「はい」
まさか鞄まで商品になるとは考えていなかったので驚いてしまう。
確かにお花編みなら、教えれば誰でも編めるようになるはず。
そうしたらそれも任せることができるよね。
「わかりました。考えておきますね」
いいアイデアをもらったと、満面の笑みをアランさんに向ける。
本当に花はいい。
眺めてよし。
香ってよし。
飲み食いしてもよし。
塗ってよし。
飾ってよし。
モチーフにしてもよしなんて、最高過ぎる!
こうして私の計画はちゃくちゃくと進んでいくのである。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
少しづつ計画が進んでいきます。
たった一人を喜ばせる為に庭師ちゃんはどこまで行くんですかね?
良かった、今後に期待、ここが……などがありましたら気軽に感想などお送りください。
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※いただいた誤字脱字報告は色々と確認しながらゆっくりと修正させていただいております。




