新しい出会いの花
神官さんから大好評の金木犀の石けんを、今日は本格的な方法で追加分を作りたいと思う。
手作りの石けんといえば、苛性ソーダ。
これを使うと簡単にできるんだけど、苛性ソーダは劇薬に指定されているほど強い薬品で、うっかり触れると火傷のような症状が出たり、目に入れば最悪失明する可能性があるから、取り扱いには十分注意が必要だ。
それに苛性ソーダを使った石けんを赤ちゃんや、肌の弱い人が使うのは少し不安なんだよね。
特にアルカリが残留しやすいので、しっかりと乾燥させないとならない。
そこで私は苛性ソーダを使わない同じ役割をする方法で石けんを作っていた。
方法は二つ。
木の灰から作るか、グリセリンソープベースで作るかだ。
前世で一度、試しに灰から作ったんだけど、あまりにも大変だから溶かして固めるタイプのグリセリンソープベース(MPソープ)を使う方で作っていた。
この世界でもグリセリンソープはあるんだけど、製法が難しいから専門の職人が作っててちょっとお高い。
サンプルはもともとあった石けんを溶かして抽出液を混ぜただけだったから、今回はちゃんと灰を使って作っていきたいと思う。
本当に大変だけどね。
灰は濃度問題があって、適切な濃度じゃないと柔らかくなったり固くなったりして、不安定になるから安定するまで少し練習が必要になると思う。
森の木を使った灰はミネラルが残ることがあるけど、ミネラルは必要な栄養でもあるから残っても安全性に問題はない。
とりあえず、思い出しながら灰を使って作ってみようかな?
作業場として花畑の端にある小屋を借りた。
灰はどんな灰でもいいなら楽だったんだけど、石けん作りには「木灰」が最適だ。
木灰には炭酸カリウムが多く含まれていて、これが石けんに必要なアルカリになる。
特に硬木のオークやカエデなどから作られる灰は、良質でアルカリ度が高い。
なので薪ストーブや暖炉で使った薪の灰があれば話は早い。
そこでなんと!
オークの薪だけを使った薪ストーブがあって、その灰が残っていたのです!
すでに季節は秋だけど、灰は色々な物に使えるからと取っておいたんだとか。
とってもありがたいね。
その灰を使って、まず灰に不純物が残らないように、ふるいでしっかりと濾す。
サラサラの灰になったら木桶にその灰を入れ、井戸水をたっぷり注いでかき混ぜると表面がほんのり灰色に濁る。
一晩置いて澄んだ上澄みだけを汲み、桶の中に卵をそっと落とす。
そういえば、なんで卵を落とすんだっけ?
卵は水より重くて沈むけど、灰に含まれる炭酸カリウムなどの濃度が高いと浮くんだっけな?
これでアルカリの濃度がわかるみたい。
底に沈まず、表面に頭を出すくらいになったらちょうどいい濃さだ。
それを鍋に移して火にかけ、煮詰めるほどに指先で触るとぬるりとした感触が強くなる。
これで灰汁ができた。
次に油は庭で採れた菜種油と、分けてもらった動物の脂を合わせる。
鍋に油を入れ、灰汁を少しずつ注ぎながら、木べらでぐるぐるとかき混ぜていく。
はじめはさらさらとしていた液体がやがて重くなり、木べらを持つ手が疲れるほどのとろみが出てくる。
うう……手作りはなんでも大変だなぁ。
「そろそろかな?」
煮込み終わった石けんを指先で少し取って、水で洗ってみる。
ピリピリしなければ使えるはずだ。
鍋の中が白濁し、泡立つ様子に胸が躍る。
これでやっと一般的な石けんの完成だ。
火から下ろして残っていた金木犀の抽出液を混ぜると、ふわりと甘い香りが鍋から立ち上り、思わず深く息を吸い込んでしまう。
本当に金木犀の香りっていいなぁ。
今度、銀木犀でも作ってみようかな?
そう考えつつ柔らかい石けんを、知り合いの木工職人さんに作ってもらっていた木枠の型に流し込み、麻布で覆って一晩休ませる。
翌朝、しっかりと固まったか確認したあと、型から取り出して厚さ一センチ、縦横四センチの四角形に切り分け、日の当たらない風通しのよい棚に並べて乾かす。
だいたい一週間くらい乾燥させ、表面がしっかりと乾いて硬くなるまで待つ。
そこでポイント。
赤ちゃんが使うなら二週間くらい乾燥させるといい。
そうして数日後、金木犀の石けんがやっと完成する。
泡立ててみるとやさしい泡ができあがり、洗い落とした後も滑らかだ。
赤ちゃんの肌にも安心して使えそうで香りもいい。
作るのは大変だったけどね。
うーん、ずいぶん色々思い出してきたな。
「ネモフィラちゃーん!」
「はーい!」
中庭の方から名前を呼ばれて大きな声で返事をする。
呼んでいる声からして、庭師仲間の新人さんだ。
私は慌てて小屋から出る。
「商人さん来たよ」
「あっ! ありがとうございます」
急いで小屋に戻り、小屋に置いていた鞄を持って声の方に向かう。
先日から神殿と専属契約している商人が来たら私を呼んでくれるようにと、数人に頼んでおいたのだ。
中庭に走って行けば、四角い大きなカバンを背負った三十代くらいの男性が庭師仲間の男性の横に立っていた。
清潔感のある人のよさそうな雰囲気の好青年だ。
私を見つけると、商人らしく穏やかな笑顔を浮かべた。
「何か私に用があるとお伺いしたのですが?」
「はい! 少しだけお話するお時間をいただけませんか?」
「それはかまいませんが……」
商人の視線が私の鞄を見ている。
ここに何か入っているって商人の勘でわかるのかな?
「あちらのガゼボにどうぞ。座ってお話しましょう。ちょっとお茶の用意をしますので先に行って待ってて下さい」
「……はい」
よくわかっていない商人さんは、背を向け首を傾げながらガゼボの方に歩いていく。
私は庭師仲間の子に礼を伝えると、急いで神殿の裏口から中に入る。
入り口のすぐそばは食堂になっていて、数人の神官さんたちがくつろいでいるようだ。
私はカウンターの方に行き、カウンターの向こうの中年の女性に声をかける。
「ミミリおばちゃん、頼んでおいたもの取りに来たよ!」
「ああ、はいよ。ちょっと待ちな」
ミミリおばちゃんは食堂のシェフだ。
私もここで食事を食べているので、おばちゃんと仲良くなったのだ。
「ほら、重いよ。落とさないようにね!」
「うん! ありがとう!」
おばちゃんからトレイを受け取り、落とさないように気を付けながら商人さんの待ってるガゼボへ向かう。
背中に背負っていた大きなカバンを降ろし、ガゼボのベンチに座っている商人さんは私の姿を見つけると急いで立ち上がって、私の持っているトレイを持ってくれた。
「こんな重いのよく運べましたね?」
「庭師ですから」
トレイの上には複数のティーカップとお湯の入った大きなポットに数枚のクッキーが並ぶ皿が乗っている。
それをテーブルに置いてくれた。
「持ってくださってありがとうございます」
「いいえ……。ですが、こちらのカップが十客ありますが、他にもいらっしゃるのですか?」
「いいえ。私だけです」
「え?」
困惑気味の商人さんに笑いかけ、トレイを少し横にずらし私もベンチに座る。
さて、ここからが重要だ。
商人さんにはもっと驚いてもらおうかな?
ここまで読んでくださってありがとうございます。
実は石けん作りには興味がありまして、いずれ自分でも作ってみたいと思っていたので、読んだ方が楽しく興味を持ってほしくて今回取り入れてみました。
良かった、今後に期待、ここが……などがありましたら気軽に感想などお送りください。
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※いただいた誤字脱字報告は色々と確認しながらゆっくりと修正させていただいております。




