初めに咲いた花
私が大神殿の庭師の責任者になれたのは、子爵家の庭が美しいと話題になったことだけではない。
前世ではプロのガーデンデザイナーとして、RHS(英国王立園芸協会)のフラワーアレンジメント認定を取得し、国際コンクールのフラワーコンペティションで入賞した経験もあった。
幼い頃から見てきた親の仕事の影響で、当然フローリストに必要な国家検定であるフラワー装飾技能士も取得している。
さらに華道では裏池坊に所属し、日本の国家検定の園芸装飾技能士まで取得するほど、花に関することにはとことん挑戦し続けてきた。
その資格が今でも認められ、実際にうちの庭の美しさが何よりの証明となったのだ。
でも、いくら実力や資格があるとしても、女神を祀る大神殿の庭を任されるのには、もう一つ理由があった。
それが母の親友のアロマティエ侯爵夫人の存在である。
アロマティエ侯爵夫人の父親の弟が、この大神殿の責任者である神殿長なのだ。
この繋がりがあったからこそ、私は庭師の責任者に選ばれたのだろう。
そのおかげで私は、大神殿の広大な庭と畑に咲く花たちに囲まれて仕事ができている。
この幸せに、女神タリア様へ感謝を捧げずにはいられない。
そして、今私は神殿長室に来ている。
「おじいちゃん忙しいのに、時間空けてくれてありがとう!」
「いいんじゃ、いいんじゃ。他の庭師から話は聞いておるぞ。斬新なアイデアをどんどん出しておるらしいのう」
「アイデアが思いつくのも、みんなとってもいい人だからなの! こんな若い私に親切にしてくれて、色々協力してくれたりサポートしてくれるんだよ?」
「そりゃ良かったのう」
「うん!」
この大神殿で最高権力を持っている神殿長を「おじいちゃん」なんて呼んで、敬語も使わなくていいのかと最初の頃はちょっとドキドキしてたけど、でもこれは庭師を引き受けた時に、「おじいちゃん」が望んだことだからそう呼ばせてもらっている。
おじいちゃんは神官から少しずつ経験を積み、長年仕えてきた人だ。
今では大神殿の神殿長を任されるほど、女神様にも人々にも信頼されている。
でもそのせいで婚期を逃しちゃったらしく、ずっと女の子の孫が欲しかったんだって。
神殿にいる女性の神官を孫扱いすることは出来ないから、繋がりのある私を孫のように可愛がりたいらしい。
気さくで優しい人柄だから、今ではすっかり「おじいちゃん」呼びも、敬語なしでお話もできるようになっている。
もちろん、神殿長室以外では少し気を付けてるけどね。
さすがに他の神官さんたちの前で「おじいちゃん」呼びは、まだちょっと恥ずかしいもの。
「それで、今日は何の相談なんじゃ?」
「うん……」
おじいちゃんに促されても、どう話し出せばいいのかわからない。
あの大神官様の悲しげな瞳のことを勝手に他人に話すのは、彼の心を傷つけることにつながるんじゃないかと不安だし……。
それに、私がしようと思っていることを大神官様にだけするのは、やっぱり私的な特別扱いになっちゃうよね?
そう考えると……。
「あのね。神殿の入り口から礼拝室までの所を花で飾らせてもらってるでしょ?」
「ああ、おかげで花を見に来る信者の参拝が、急増したと神官たちが喜んでおったぞ?」
「ほんと? ずっとみんなで頑張ってきたから、それなら嬉しいな」
花と豊穣の女神様を祀るにふさわしい大神殿として、広大で美しい庭園や、中庭、その花を育てる花畑などを有している。
それなのに今までは礼拝室の祭壇を飾る程度だったのだ。
そこを私が柱や入り口、通路など花で飾り、庭園を左右対称に整え、貴族も平民も同じように楽しめるようにした。
ちょっとしたサプライズとして、ミニブーケを作ってお持ち帰り自由にもした。
それは私だけの努力じゃなく、私のアイデアを現実にしてくれた仲間のおかげでもある。
本当に私は仲間に恵まれてここまで来れたと思う。
「でね。……今日おじいちゃんの所に来たのは、お願いがあってなの」
「ほう?」
「現状、花の数は余るほどあって逆に枯らしてしまうくらいだから、花の使用方法をもっと拡張したいの」
「拡張?」
思わず両手を握りしめ、少し身を乗り出して熱を帯びた声で話す私の言葉に、おじいちゃんが不思議そうな表情を浮かべた。
困惑すると、自分の真っ白な髭を触るのがおじいちゃんのクセなのか、今も髭を撫でつけている。
「花は飾るだけじゃなくて、お茶にもなるし、香水も作れるの。他にもドライフラワーや、フラワーソープも作れたし、……あとはちょっと思い出せないけど他にもいろいろ作れるんだ。だから、花を使ってそういうものを作ってこの神殿の居住区に置いてもいいかな?」
「信者への土産ではなくか?」
「うん、おじいちゃんも神官さんたちもここで暮らしてるでしょ? 花を飾るだけじゃなく、疲れた時は花のお茶を飲んだり、手が汚れたら優しい香りがする花の石けんを使って洗って、ふわっと花の香りがするタオルで手を拭いたりしてほしいの。それ以外にも廊下に花を飾りつけたりしたいから、居住区への出入りの許可がもらえないかなって思って」
「……なるほどのう」
「そういうのは難しいかな?」
「一人でそれをするのか? それとも他の庭師たちに手伝ってもらうのか?」
「……うんとね、すぐ近くにある孤児院や修道院があるでしょ? そこにいる人たちを雇いたいの」
「なんじゃと!?」
大神殿の近くには孤児院や修道院があるのだ。
国から支援金は出ているが、ほとんどは善意の寄付で暮らしている。
とうぜん、生活はギリギリで余裕はない。
だから仕事として引き受けてもらえばいいのだ。
この世界はまだ手つくりの方が原価は安い。
機械を使って大量生産はできないのでどうしてもそうなるのだ。
神殿にある石けんなどは外から買っている。
付き合いがあるので、商人から買うのをやめることは出来ないかもしれないけど、逆に作った物を商人に委託して売ってもらうことだってできるかもしれない。
そうなれば一つの商売として成り立つ。
孤児院も修道院も収入源に出来るかもしれない。
私はこの考えをおじいちゃんに話した。
「なるほどのう……」
おじいちゃんはそう言って髭を何度も撫でている。
「ふむ……いいじゃろう。その計画書を提出してみなさい。議会に出してみよう」
「ほんと? おじいちゃんありがとう!」
「そこはおじいちゃん大好きと言ってくれ」
「ふふふ……。おじいちゃんありがとう。大好き!」
いくらおじいちゃんが最高責任者と言っても、好き勝手に出来るわけではない。
ちゃんと偉い人の集まる会議があって、まずそこで承認されなくてはならないのだ。
私は自分の書いた計画書を持って、信者の礼拝時間が終わった後の、人けのない礼拝堂へこっそり足を踏み入れる。
女神様像の前に計画書を置き、これでみんなが幸せになれるのならこの計画が通りますようにと女神様に願っておいた。
これなら大神官様だけを特別扱いにはならないよね?
私の企画は通ったとしても時間がかかる。
孤児院や修道院を巻き込むものだから、この大神殿だけの問題じゃない。
周囲や関係者への根回しもしなくてはいけない分、とにかく時間がかかるだろう。
通ることを前提にサンプルを作っておこうと準備を始めた。
まずは、ドライフラワーを作っておく。
そこに秋の香りの定番、金木犀を用意する。
金木犀は、私の好きな花のひとつだ。
花言葉は「謙虚」「気高い人」「真実」「初恋」「陶酔」。
小さく控えめに咲く姿や、気高い香り、遠くまで届く匂いがまるで真実を告げるように感じられること、そして甘く忘れがたい香りが初恋を思い出させることから、そんな花言葉が付いたのだという。
少し離れた場所からでも、成熟した甘いフルーティーな香りの中にミルクっぽい香りがほのかに混じる。
甘くてなんか懐かしい感じの香りが好きだった。
花も鮮やかなオレンジの小花がたくさんついていてとっても可愛い。
金木犀の香水は作りやすく、摘んだ金木犀の花を瓶に入れて、花が浸るくらいまで無水エタノールを注いで密閉し、二ヶ月間冷暗所で熟成させることで作れる。
細かく言えばもう少し工程はあるけどね。
薔薇の香水も作りたかったけど、それはちょっと道具がいるので揃ってからかな?
今回の秋の薔薇は無理でも、初夏の薔薇の時期には作れるといいんだけど……。
こっちの世界も前世の世界と変わらないのが助かる。
そうじゃなければ前世の知識が、まったく役に立たなかったかもしれないもの。
花を使って手作りできる物は前世でも色々と作っていたので、ここでも同じものが作れるのは大きい。
とりあえず金木犀の香水が出来るまでの二ヶ月間で、できるだけ色々なサンプルの試作品を作っておかないとね。
時間はかかるし、遠回りなのかもしれないけれど、これでディオレサンス大神官様の心を少しでも慰められるといいな……。
私の計画は一ヶ月後の会議ですんなりと受理された。
まずはこの大神殿内で試し、その結果が良ければ、私が責任者になって他の院に交渉しに行くという条件付きではあるが、大変だけどやりがいはある。
それからさらに一ヶ月後。
二ヶ月前に漬けといた金木犀の香水が完成した。
透き通るオレンジ色がとても綺麗で、金木犀のいい香りがする。
最初はちょっと匂いが強いけど、石けんに混ぜたりするし、その間に香りも落ち着くので大丈夫。
私はこの香水でさっそく、削っておいた石けんに香水を垂らし少し溶かした後、花の形をした型に入れて固める。
あとは乾燥させるだけだ。
花の石けんはこれでいい。
他に、練り香水とか、ハンドクリームとかも作りたいなぁ。
確か……蜜蝋があったはず。
作ったことないものを読んだだけで覚えていられるほど、私は器用じゃないから……分量はちょっと記憶が怪しい。
少し試行錯誤しなくてはいけないだろうけど、作ってるうちに色々と思い出すかもしれないしね!
大神官様、私の作った石けん、使ってくれるかな?
いい香りだなんて思ってくれたらすごく嬉しいかも!
そう想像すると、なんだか胸がどきどきしてくる。
私、……なんでこんなに緊張してるんだろう?
この時の私は、私の気持ちを自覚しないまま真っすぐに進んでいた。
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4話は明日の20時更新となります。
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