安らぎの花
目を開けると、見慣れない天井が視界に入った。
ここはどこだろうかとぼんやり考えていると、時々話す女性の神官が私を覗きこんでいた。
「目が覚めましたか? 気分はどうです?」
「エミリア神官さま……?」
「ここは医務室です。雨の中、倒れていたのを発見されてここに連れてこられたのは覚えていますか?」
「医務室?」
まだぼんやりする頭のまま、上半身を起こす。
ここに連れてこられたというエミリア神官さまの言葉に、自分が花畑で倒れたことを思い出した。
花の世話をしていたら、急に倒れて……身動きできないうちに雨が降ってきたんだよね?
順序立てて思い出していくと、自分を抱き上げてくれるディオレサンス大神官様の姿を思い出す。
そうだ!
女神様に助けてって願ったら、大神官様が雨の中を走ってきて、私を抱き上げてくれたんだ!
そう思い出すと一気に顔が熱くなる。
私、きっと重かったよね?
それに、雨でびしょ濡れだったから、抱き上げた時余計に濡れてしまったと思う。
何があったのか思い出して、大神官様に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
でも、あの時は花畑に一人、冷たい雨に濡れ、身動きできなくてとっても怖かった。
不安だった。
無力だった私は女神様に願うしかなくて……。
だから私の方に走って来る足音が聞こえた時は、どれほど嬉しかったか。
誰が助けに来てくれたのかと確かめると、すぐ近くに大神官様の顔があって、サファイアのような瞳と、少し濡れた髪から落ちる雫さえ美しかった。
大神官様ってあんなにきれいなお顔だったのね。
私、家族以外の男性をあんな間近で見たのって初めてで、少し恥ずかしく感じる。
なんだか少し心臓の鼓動が速い?
……あれ?
ちょっとクラクラしてきたかも?
それになんか、顔も体も熱くて……。
そう気づいたとたん、体はベッドへと倒れていった。
「ああっ、フィールデンさん大丈夫ですか?」
倒れた私を見てエミリア神官さまが慌てる。
「長時間雨の中に倒れていたせいで、熱が出ているんですよ。水を飲みますか?」
頷くと水差しで口に水を運んでくれた。
「私を助けてくれたのってディオレサンス大神官様……ですよね?」
「ええ、そうです。大神官様が女神様と会話していらっしゃったとき、急に花畑に女の子が倒れているから助けに行くようにとおっしゃったそうですよ」
本当に女神様が助けてくれたんだ。
元気になったらお礼しにいかないとね。
「私を助けるために、ディオレサンス大神官様もずいぶん濡れてしまったんですが、お体は大丈夫だったのでしょうか?」
「ええ、貴女を医務室に運んだあと、すぐに入浴されて体を温めたと聞いておりますから、大丈夫でしょう」
「良かった……」
エミリア神官さんが笑って答えてくれた言葉に、少しだけ安心すると、いつの間にかそのまま眠ってしまったようだった。
次に目を覚ました時は意識もはっきりしているし、体も軽くなって熱も下がっている。
辺りを見回しても私の側には誰もおらず、医務室には私だけだった。
ゆっくりと上半身を起こすが、体のだるさもない。
「あ……パジャマだ」
自分が着ているのが子爵家で貴族の娘として着ているネグリジェではなく、前世で着ていたパジャマだと気づいて懐かしい気持ちになる。
前世ではピンクのウサギのキャラクターのついたパジャマを愛用していた。
今着ているパジャマは柄のないアイボリーのシンプルなものだ。
肌触りも良く、かなりブカブカなサイズだけど。
まさかこのパジャマ、大神官様が貸してくれたり……するわけがないか。
たぶん、神殿の客用パジャマなのだとは思う。
それでもこのパジャマを大神官様が着たらどうか、などと想像して楽しんでいると、扉にノックをされた。
「こんにちは……。あ、顔色が良くなってますね!」
返事をした後、扉を開けたのはエミリア神官さんだ。
彼女は部屋に入ると、私の腕を取って魔力を流す。
エミリア神官さんは『治療』のギフトを持ち、人の怪我などを直してくれる人だ。
「良かった。熱もなく体調もほとんど回復してますね」
「ありがとうございます。私どれくらい寝てましたか?」
「一日くらいです。元気になれて良かったですね」
「はい」
『治療』のギフトがあっても病気が完全に治るわけではない。
完璧ではないのだ。
それでも触れた人の体調がどんな具合かは分かるのだろう。
「あ、そうそう。もう少ししたら大神官様が御見舞いにいらっしゃいますよ」
「え?」
その言葉に飛び上がる。
私、寝起きだし!
あっ、髪ぐちゃぐちゃだ!
急いで周りを見回すが、鏡がない。
仕方ないからすぐ手櫛で髪を整えていく。
癖のある髪だから、寝起きはぐちゃぐちゃなのにー!
こんなぐちゃぐちゃの髪を大神官様に見られたくないよ。
手櫛でなんとか指通りが良くなると、今度は自分の寝巻に焦る。
あ、でも借りてるパジャマだから大丈夫かな?
それより、お化粧!
今の私、ノーメイクだよ。
雨でメイクは落ちちゃっただろうし、どうしよう!
私は両頬に手を当てて青くなる。
こんなところに私のメイク道具があるはずもなく、素顔に慌てまくっていると、信じられないことにノックの音がした。
嘘!
もう大神官様が来ちゃったの?
今の私、少しもかわいくないのに、大神官様に見られちゃうの?
私は普通、つまり平凡顔だ。
庭師の仕事は長時間の作業で日に当たることも多く、日焼けに気をつけていてもやっぱり肌は少し焼けてしまう。
だから少しでもきれいに見られたくて、化粧をしているのだ。
それなのによりにもよって、一番かわいくない時に大神官様が私に会いに来るの?
もう泣きたい……。
「フィールデン嬢、体調はどうです?」
「ディオレサンス大神官様、この度は私を助けて下さってありがとうございました。おかげさまで熱も下がり、体調も良くなっております」
「大神官様、こちらの椅子をどうぞ」
「ああ、ありがとうございます。エミリア神官」
エミリア神官さんに椅子をすすめられ、大神官様が座る。
これってすぐに戻らず、少し会話ができるってことだよね?
どうしよう!
何を話せばいいの?
もう、さっきから髪だ。パジャマだ。メイクだと騒いでいたのに、今度は大神官様との会話?
まるでジェットコースターみたいに、気持ちが上がったり下がったりして目まぐるしいよ。
「手を」
「はい?」
大神官様が急に私の手を求められ、思考がフリーズしてしまう。
え? 何?
私と手を繋いでくれるとか?
私、異性と手を繋いだことないよ!
今世では一応貴族令嬢だもん。
動揺しつつ左手を差し出すと、大神官様は私の手を取り、魔力を流した。
大神官様も『治療』のギフトを持っていたの?
突然のことに驚きつつも、私の手を取っている大神官様の手の大きさに驚いてしまう。
やっぱり男性の手なのだ。
私の手首をすっぽりと包むように優しく掴んでいる。
心臓がどくどくとうるさいほど鳴って、大神官様に聞こえちゃうのではないかとつい息をひそめようとしてしまう。
私……、緊張してるみたい。
「もう少し休息は必要だが、もう大丈夫のようだ」
大神官様が私の手を放し、微笑む。
でもその微笑みは、みんなに向けるのと同じ笑みだとわかってしまった。
「ありがとうございます……。何とお礼を言えばいいのか……」
「かまわない。女神様が誰か個人を助けるようにと申されることは初めてで私も驚いたが、フィールデン嬢は女神様が助けるべきだと思うようなことをしてきたのだろう。ここに来てから神殿は花が飾られ、庭園はさらに美しくなって信者の参拝も増えた。それに我々神官たちも飲み物のフレーバーが増え、入浴や、休息の楽しみが出来たのもフィールデン嬢のおかげだと聞いている。ありがとう」
思わぬ方向でお礼を言われて、鼻がつんとして視界がゆらゆらと揺れ出した。
手が震えてきたので両手で自分の手を握る。
「……ディオレサンス大神官様も、楽しめていますか?」
「ああ、特に石けんが気に入っている。甘い中に柑橘の香りもあってほのかに香るのが安らぐ。飲み物も種類があるおかげで休憩時間に何を飲もうかと選ぶ楽しさが増えたよ」
さっきの笑みとは違う、少し控えめのふわっとした感じで大神官様が微笑んだ。
本心からの笑みに、息が止まる。
居住区で会った時にお礼は言われた。
けど、それはこんなふうに大神官様が何を思ってたかまではわからなかった。
それが今、本人から感想とありがとうって言ってもらえたのだ。
それがすごく嬉しくて、泣いちゃいけないとわかっていても涙が我慢できずに次から次へと零れていく……。
「フィールデン嬢?」
「ごめん……なさい。嬉しくて……」
「ああ、そうか……。ずっと頑張ってきたのだろう? 君はいつも誰かを幸せにしている。……優しい子だ」
そう言って大神官様は私の背中を優しく撫でてくれるから、余計に涙が止まらなくなってしまう。
大神官様は私が落ち着くまでずっと長い時間、私の背中を優しく撫で続けてくれて、夢のような時間だった……。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
9月9日から書き始めたこのお話、しばらくは毎日していましたが、本日をもって通常更新となります。
最低週に1回くらいのペースになるかと思いますが、私生活が落ち着けばまた更新頻度があげられると思いますので、今後もよろしくお願いいたします。
良かった、今後に期待、ここが……などがありましたら気軽に感想などお送りください。
感想がなくても、ブックマやちょっとポイントを入れてくださっても励みになりますので、読んで良かったと思ったら足跡残していただけると幸いです。
※いただいた誤字脱字報告は色々と確認しながらゆっくりと修正させていただいております。




