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短編・その他(コメディ多め)

女神よ、ポップコーン片手に鑑賞している場合じゃない

作者: 二角ゆう

暇つぶしに読んでいただけると嬉しいです

 鋭い岩が飛び出る荒廃とした岩山。

 その多くが崩れ去り両足で立てるところも限られている。

 俺はなんとか立てるところを探して大剣を構える。


 上を見上げると今にも大雨が降りそうな不安の立ち込める暗雲が空にずっしりとのしかかっている。


 その薄暗い空間は目の前にいる魔王と戦うのにはぴったりだった。


 黒い大きな人影のような姿。頭には鋭い湾曲した角が生え、その目は不気味に赤く光っている。黒いマントは大きな身体をさらに大きく見せる。


 爪が鋭く伸びた魔王の手からは黒い禍々しい玉が徐々に大きくなる。その玉の周りには黒い靄が旋回している。


 それを見てこれが最後の一撃になることを直感した。


 俺は大剣を力を込め始める。俺の構える大剣の周りを眩しいくらいの光の幾重にも重なる筋が螺旋を描く。


「勇者よ、次で終わりだ」


 魔王は余裕のある黒い笑顔を見せると、遠くの岩から勢いよく蹴り出し俺の方へと向かってくる。そして腕を伸ばして黒い玉を俺の方へと突き出す。


 俺は魔王の動きに合わせて、魔王が間合いに入ってくるのをじっと待った。ものすごいスピードでこちらへ向かってきている。


 間合いに入った瞬間に振り下ろさないと間に合わない。俺は息を潜めて、緊張の一瞬を待つ。


 魔王が間合いに入った。


「――ッ!」


 俺は大剣をこれ以上ないくらい腕に力をいれると渾身の力で大剣を魔王へと振り下ろした。


 ■


 ⋯⋯


 辺りは真っ白になった。俺は目をつぶっていても眩しさを感じる。目を開けてみても白い空間しか見えない。


 だんだんと目が慣れたのか周りが見えてくる。


 大理石の床に高すぎるのか天井は見えない。古には建物が建っていたのか古い石柱が四本の残る場所。その先には階段がついているがどこに繋がっているのか先は見えない。


 俺は立ち上がるとその空間を眺めている。顔をいろんなところへ傾けてどんなところなのか見ていると後ろに気配がした。


 すぐに後ろを振り返る。魔法のようにふわふわと宙を浮いている女人が見える。


 黄金色に輝く髪の毛を優雅になびかせて、白いワンピースに向こうが透けて見える白いショールを肩にかけている。


 頭の上には茨の冠をつけている。


 容貌は今までで見たことないほどの美貌。青い透き通った瞳は吸い込まれそうだし、整った鼻筋に綺麗な形の唇。


 俺は誰であるのか予想がついた。


「これって最後の審判? 俺は魔王を倒したのか?」

「鋭いっ! あなたは魔王と相討ちとなって世界は滅びました」

 え、怖いと思った。


 笑顔でそういう女神はかえって怖い。空中にうつ伏せになりながら、俺を少し上から見下ろしている。


 神様は皆こうなのか。見下ろすとか言うことに慣れているようだ。


「世界は滅びたのか⋯⋯それで俺はどうなる?」

「もうっ、物分かりが良すぎてつまらないわー。世界は滅びちゃったのよ? ひえー世界が滅びちゃったーとかないの?」


 女神は軽いテンションで返してくる。俺にどんな反応を求めているんだ。


「世界が滅びたのにそんな軽いテンションで返ってきたら、そっちのほうが怖くない?」

「それもそうね」


 俺はそう返しながらも世界が滅びてしまったことを考える。


(アリアもいなくなってしまったのか⋯⋯それだけが心残りだなぁ)


 女神はふよふよと空中を泳ぎながら頬杖をついて俺のことを観察している。


「オッケー。アリアを救う展開もありね。ただし、リカオンが私のミッションをクリアしたらっていうのはどうかしら?」

「えっ今心の声、読んだの?」

「イエース、そうです」


 女神はにこにことした笑顔を返してくる。俺は驚いて一瞬固まったが。アリアは俺が愛した一国の姫。


「アリアともう一度会えるならやる」

「話が早くていいわね。早速転生するわよ」


 ちょっと待って、何の説明もなしにいきなり転生するのか⋯⋯?

 女神のミッション何も聞いてないんだけど⋯⋯。


 俺は女神の方へ手を伸ばす。その手をちらりと見ると大剣を握り続けて血豆の沢山できたゴツゴツとした手をまじまじと見ていると、視界がぼやけてくる。


 俺は視線を女神に移したがすでに女神もこの空間も焦点が合わなくなる。俺は溺れているかのように手を前に伸ばすが何も掴めない。


 俺はまた目の前が真っ白になった。


 ■


「キャメロン様、どうなさいましたか?」


 次に目を覚ました時には目の前にゴテゴテのドレスを来た令嬢が心配そうに俺を見つめていた。


(あれっ俺は何か違う名前で呼ばれた気がする⋯⋯)


『ソウデース、ここは令息、令嬢が通う学園。そしてあなたはキャメロン公爵令嬢です』


 女神の声が直接頭に聞こえてくる。


 俺は手を見るとすべすべとして手入れの行き届いた細い手が見える。


 俺は目の前の現実に拒絶するように目を閉じる。いや、閉じても変わらないか。


(皆悪いな、ちょっとトイレで姿を確認してくる)

「皆さま方、大変申し訳ありませんがお手を洗いに行きますわ。御髪が乱れていないか気になりますのよ」


 俺は自分から出る声に驚いていた。地声からはほど遠い高すぎす綺麗に透き通った声は聞き惚れるほどの魅力があり安定感があった。


 それに思ったこととだいぶ違う言葉が出てくる。俺は貴族の言い回しに慣れていない。その辺は女神の配慮だろう。


 目の前の令嬢たちは朗らかに笑みを向けたので、俺もニコッとして立ち上がると足早にトイレに向かった。すると侍女が一人急いでついてくる。


「キャメロン様、私が先へ参ります」

「ありがとう、シャーロット」


 侍女は足早に歩いているがしきりに私の様子を伺っている。歩幅を私に合わせているようだ。


 そのままトイレへ入ると豪華な洗面台の前には鏡がある。俺は鏡に近づいて姿を見る。


 鏡に映っているのは切れ長の目にバランスの良い鼻と口、それになんと言ってもブロンドの髪が縦ロールになっている。


 俺は鏡に映った姿をまじまじと見る。


「縦ロールの髪か。初めて見るな」


 俺は初めて見た生物と対峙するかのようにいろんな角度から姿を眺める。


「それで女神のミッションはなんだ?」


『それは悪役令嬢になって婚約者の王子が熱を上げている平民のマーシャを虐めて、王子から婚約破棄されまーす。

 そのシナリオ通りにすること』


 俺は女神の言葉を頭で、何度も復唱する。


 俺の頭の中を女神の言葉のほとんどが引っかかったが一つだけどうしても分からなかった。


「悪役令嬢ってなんだ?」

『名の通りお話の中で悪役と呼ばれるくらい悪いことをやってお話を盛り上げます。主人公のマーシャを階段から突き落としたりいちゃもんをつけたり意地悪します。

 そして王子がマーシャを庇い二人は愛を育んで最終的にキャメロン、あなたとの婚約を破棄して、王子はマーシャと結ばれてハッピーエンドを迎えます。』


 女神の声はさっきよりも生き生きしている。その背景でがさごそと音がしている。そしてきゅむきゅむとした音が聞こえる。


「つまり、俺は主人公のマーシャをいじめるのか⋯⋯俺は見た目は令嬢になったが、中身は男だ。弱いものいじめみたいで嫌だな」


 俺は鏡越しにキャメロンの綺麗な顔を歪めてみたが、少し哀愁の漂う悩み多き令嬢のように見えるだけだった。


『ではフリで大丈夫ですよ。王子に遭遇する時に盛大に見せて上げてください』


 俺は女神に言葉を返そうと口を開いたが、トイレの入口に誰かきたような物音がしたのですぐに顔を向けた。


 侍女かと思ったが、ピンクの髪が肩より少し長く、愛らしい容貌の女の子だった。


 ブレザーに同じ色のスカートを履いているので、制服なのだろう。


 彼女は俺に気がついたようで、目を見開いて俺を見たあと慌ててお辞儀をした。


「あっキャメロン様⋯⋯失礼いたしました」


 さすがは主人公と言った目が離せないオーラがある。絶世の美女ではないものの華やかで庇護欲を掻き立てられる雰囲気をしている。


『彼女が平民のマーシャです。ちなみに中身は魔王』

「えっ?」


 女神の意外な言葉に声が漏れる。俺は慌てて弁解しようとマーシャを見た。


『リカオン、あなたの手に悪役令嬢ならではの物を授けました。それを使ってください』


 俺は右手に何か掴んでいるのを感じた。女神が言っていたのは、これのことか。


 手を目の前まで引き上げると、手に持っていたのは扇子。


 俺は得意げにぱっと扇子を広げると腕組みをして扇子で口元を隠した。


 中身が魔王だなんてトドメを刺してやるチャンスだな。いや、武器がないか。せめて鉄扇だったら良かったのに⋯⋯。


「本当に失礼な令嬢ですわ。私がここにいるのに気がついてわざと入ってきたのでしょう」


 俺は嫌味満載でマーシャに返す。その口元は扇子でガードだ。


 それを見たマーシャはビクッと肩を上下させて縮こまると目をうるうるさせている。


(あれっ⋯⋯マーシャには魔王が入っているんだよな?)


『なんか、あなたとの相打ちの衝撃で己を見失っているみたいでーす』


 それを早く言ってくれと心の中で叫ぶ。


「ごめ⋯⋯失礼いたしまひた⋯⋯」


 マーシャは頭を深く下げるとぽつぽつと言葉を出して謝っている。


 おい、めちゃくちゃしおらしいんだが、魔王はどこに己を置いてきた。


 そこで俺はあることに気がつく。

(これっ虐めているのを王子に見せるチャンスなんじゃないか?)


『王子はあなたのいたお茶会に行って、あなたがいないことに気がついてうろうろしていまーす』


 王子はお茶会か⋯⋯俺はピンと思いついた。


 お茶会で恥をかかせばいいのか!


 俺はいろいろと理由をつけると、マーシャをお茶会へと連れ出した。俺とマーシャが二人で歩いて来たものだから、キャメロン派の令嬢のテーブルはざわざわしている。


 他のテーブルはひそひそと音量を下げている。その光景を見た王子は驚いているようで言葉が出ない。


 俺はわざとらしく笑顔を貼り付けて王子を見ると嫌みったらしく返そうと意気込む。


(おい王子、何邪魔しにきたんだ? ちょうどいいから俺がマーシャをいじめることろを見ていけ。そして早く二人ともくっつけ)

「あら王子、こんなところでどうなさったのですか? 今マーシャ令嬢にそこで会ったのでお誘いしたんですの」


 俺は春の芽吹きのように柔らかに微笑むとマーシャの方を見た。俺は凍りそうな冷たい目線でマーシャを一つにすると礼儀知らずに恥をかかせようとする。


 マーシャは驚いているのか立ったままだった。俺は大きくため息をつくとマーシャに近寄った。


(何やっているんだ。挨拶も出来ないのか。)

「あらマーシャさん、何をなさっているの。王子が目の前にいらっしゃるんですからしっかりご挨拶いたしますわよ」


 俺はマーシャの手を取るとスカートの裾を持たせて、持ち上げる高さはこう。お辞儀の角度はこうと教えていく。そしてマーシャの耳元で囁く。


 するとマーシャは礼儀通りの角度でお辞儀をすると、王子に挨拶をした。


 マーシャから初めて受ける貴族の挨拶に王子は口をぽかんと開けていた。


 そしてマーシャに何かを返すのかと思ったら俺の方を見てきた。


「キャメロン⋯⋯そなたは面倒見が良いんだな」


 俺は意外な言葉にお茶会でのマーシャへの嫌がらせは失敗に終わったことを確信した。それでも王子に少しでもマーシャを見るよう促す。


(どうやったら、そんな評価になるんだよ。もっとマーシャを見てやれよ)

「私はいつものように振る舞っただけですわ。ちゃんとご挨拶したのはマーシャさんですわ」


 俺は背筋をピンと伸ばして腕組みをすると扇子で口元を隠して毅然と言った。


 きゅむ⋯⋯きゅむきゅむ⋯⋯

 さっきから何か食べている音が聞こえる。

(女神、何か食べているんだろう。さっきからきゅむきゅむうるさいんだけど)


『あっすみません。少し盛り上がってきたかなと思いまして。ポップコーン食べています。そういえば、魔王は心の蓋をされた奥にいるようなのでちょっと声をかけてみたのですが“俺は疲れた。しばらく休みたい”だそうです』


 俺は敵なはずの魔王に半分共感したが、早く出てこいと強く思った。


 その日はそれ以降特段何もなかったので屋敷へと帰った。俺は魔王に己を思い出させて、倒そうと考えた。


 鏡に映る華奢な身体。


(これでは魔法もない世界に戦いに耐えられる身体ではないな)


『そんなことないですよ。キャメロンの履いているハイヒールは10センチもあるしヒールの先は一センチ程しかないピンヒール。それにドレスは公爵家にふさわしい宝石をふんだんにあしらった重量級ドレス』


 俺はそう言われてようやく気がついた。踵が心ともないほど小さなヒールに全体重が乗る。それにちゃんと立つためには体幹がないと毅然としていられない。


 それを嘲笑うかの方に重たいドレス。


 令嬢って毎日こんなの着ているのか?

 ⋯⋯結構やばくないか。


 前世で身体を鍛えまくった俺でもきついメニューに入りそうだった。


 そうか⋯⋯令嬢はこのヒールにドレス、それから扇子で武装しているのか。


 俺はその日屋敷中をピンヒールと重量級ドレスで練り歩くと久しぶりに全身筋肉痛に襲われた。


 次の日、俺はマーシャを見つけると喝を入れた。


「マーシャさん、あなたはもっと鍛えたほうがいいわ。あなたは私の服装がきらびやかに見えるかもしれないですが、体力がないとやっていけません」


 私はまず空いている部屋で自分の持ってきた重たいドレスを着せた。ヒールは靴屋も呼んだので合うものを履かせる。


 これで靴擦れなんて起こされたら、お話にならない。


 マーシャを運動場へ連れて行くと何周も歩かせる。俺も隣で喝を入れながら歩く。


「あのキャメロンさま、どうして私にここまでさていただけるのですか?」

「それはまだ聞かなくていいわ。己を早く見つけてほしいのよ」

「己⋯⋯」


 誰も居なかったはずの運動場はみるみる人で溢れていく。令嬢たちがざわざわしているが俺は何を言っているのか聞こえない。


 俺は人集りの奥からやってくる姿に心の中でほくそ笑んだ。それは王子だった。


(こんなにマーシャに辛い思いをさせているんだ。マーシャへの同情心に駆られるだろう? そして俺を非難してマーシャと良い雰囲気になるんだ)


 俺はまだ王子の姿に気がついていないフリをする。


(魔王、早くこの修行で己を思い出せ。俺と戦う前に身体を壊すんじゃない)

「マーシャさん、疲れたからといって姿勢を崩していませんこと? レディたること、変な姿勢で歩いているとバランスを崩して足を捻ってしまいますよ。そしたらレディからもっと遠ざかってしまいますわ」

「キャメロン様⋯⋯私⋯⋯頑張りますわ」


 マーシャは泣きそうなのかゆらゆらと不安定な声音で答える。俺は王子がこのやりとりを見ていると確信していた。


 そして王子は俺たちに近づいてきた。


「マーシャ、頑張っているみたいだな」


 俺は心の中でガッツポーズをする。ようやく王子はマーシャを気にし始めたな。早くその顔をこっちに向けて怖い顔の一つでもして叱責してほしい。


 王子は言い終わると、俺の方へ向いた。


「キャメロン、そなたが他の人にこんなにも気にするとは思わなかった。⋯⋯この後お茶でもどうか? マーシャにしていることでも聞きたいな」


 俺は顔を無にして瞬きを二度した。

 俺は王子が何を考えているのか全く分からなかった。


(これは“マーシャに何やっているんだ”って怒っているのか⋯⋯別のことなのか⋯⋯)


 きゅむきゅむ⋯⋯きゅむきゅむ

 聞き慣れたポップコーンをつまむ音が忙しなくなる。


(女神よ、ポップコーン進み過ぎじゃないか?)


『えっ今盛り上がってきたところでしょう! 王子があなたをお茶に誘っているんですよ。ポップコーンが進みます』


 俺は心の中で女神を呪った。大体何味のポップコーンを食べたらそんなに食べ進むんだか。


 王子の考えはどうでも良かったが、俺はマーシャが魔王として己を思い出してもいないので断ることにした。


「あら、とても残念ですが見ての通りマーシャさんのことで忙しいのですわ」


 俺はこれでもかとマーシャの苦しむ姿を見せたかったので、俺はマーシャを苦しめるさらなる策を思いついた。


 俺は優雅にマーシャの方へと歩いていくと上から目線で口端を上げた。


「マーシャさん、あなたは平民でしょう。学がないことははっきり申し上げて欠点となります。私が何とかしますから覚悟して頂きます」

「はっはい⋯⋯」


 マーシャは今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。俺はキャメロンの美貌を前面に出す笑みでマーシャを追い詰めようとしていた。


 今度はポップコーンを食べる音ではなく、紙コップの中に小さな氷が沢山入っていてそれをかき混ぜるようながらがらとした音が聞こえてくる。


 女神はポップコーン片手に、もう片方は飲み物を持っているようだ。


 俺は女神を睨みつけなかったが、姿も見えない女神に想像の中で睨みつけた。


 その後、俺はマーシャに家庭教師をつけて隣で一緒に授業を受けた。マーシャは頭を捻って苦しんでいる。


 この姿を王子に見せられたら良いのにな。


 それでもマーシャに魔王の人格が戻ってこない。痺れを切らした俺は女神に尋ねる。


『リカオン、魔王にまた話しに行ったら“検討に検討を重ねましたがご期待に添えず誠に申し訳ありません。今回はご容赦願えないでしょうか? 何卒よろしくお願いいたします”って言ってましたよ。私的にはリカオンと王子の展開は美味しいです』


「全然、美味しくないだろう!」


 俺は不満しかなかった。

 家庭教師と共に訪れたマーシャの元へ、つまり俺とマーシャが王子も参戦してきたのだ。


 そこまでは良かった。その後なぜか帰り道に強制的に王子の馬車へ乗せられて屋敷まで帰ることになった。


「最近、キャメロンは変わったな。マーシャばっかり気にかけているようだ」

「私は少しも変わっておりません。それより王子こそマーシャさんをもっと気にかけたほうが良いですよ」


 王子はふっと顔を緩めると俺の顔を目を細めて見つめてきた。


 俺は何が悲しくて野郎に見つめられなければならないのかと思っていた。


 きゅむきゅむ⋯⋯きゅむきゅむ⋯⋯

 女神のポップコーンを食べる音が絶え間なく聞こえる。


『二人が見つめ合ってるわ。私的においしい展開』

 俺は心の中で女神に毒づいた。


「キャメロンに何度もそう言われてだな、マーシャを舞踏会へ誘っておいたぞ」

「えっ舞踏会ってもうすぐあるものでしょう?」


 俺はそれを聞いて焦った。マーシャはおそらく平民なのでダンスが出来ない。俺が恥をかかす前にマーシャは自ら恥をかきそうだと焦った。


 俺は大袈裟にため息をついた。それを見た王子が首を傾げてくる。


「何かあったか?」

「えぇ、マーシャさんは多分ダンスを踊ったことがないと思いますわ。このままではいけないので、ある程度出来るように手配いたします」

「ははっやっぱり君はマーシャばっかりだ」


 俺は王子のその言葉にある思いを決意した。


 そしてマーシャにダンスの特訓を伝えると目を丸くしていたが、頷いた。


 ダンスの特訓初日。

(魔王そろそろ出てこい)

「マーシャさん、いえ、魔王そろそろお出になって頂けませんか?」

「キャメロン様、私何かしましたでしょうか? それに魔王って何のことでしょうか?」


(あれっマーシャは知らないのか?)


『魔王は心の蓋の中なので、表に出ているマーシャは魔王のことを知りません。それから魔王はあなたに“こんなにマーシャに目をかけてくれるなんて驚いた。マーシャも懐いているから、このままで良いのでは?”って言ってますよ』


 おい、戦う前から負け宣言かよ。


 俺は魔王の根性なしの態度に怒りを覚えるとマーシャを睨みつけた。


(魔王、俺と勝負しろ。王子とマーシャを舞踏会で俺は二人を踊らせる方へかける。それが出来たら魔王は出てくること。女神、魔王に伝えてくれ)


『はーい』


 俺は家庭教師と共に、マーシャの目の前に来るとお手本を見せる。そしてマーシャにステップを教え始める。


 マーシャはなかなか出来ない。それを家庭教師は細かくアドバイスをする。そこへ俺も熱心に声をかけ続ける。


 舞踏会まで時間がないので毎日それが繰り返される。厳しく大変なはずなのに、マーシャは目に涙を浮かべながらも必死で取り組んでいる。


 それを扉の影から王子が毎日覗いていることも知らずに、舞踏会当日を迎えた。


 舞踏会当日、マーシャを屋敷へ呼ぶとマーシャをこれでもかと侍女に磨かせる。そして華やかなドレスを着させて、髪飾りなどのセットもしてもらう。


 マーシャは自分の姿を信じられないのか手鏡を持って眺め続けていた。その様子は驚いているが何処か嬉しそうだった。


(マーシャは頑張ったと思う。こんなにきれいな姿で王子も恋に落ちると思うぞ)

「マーシャさん、今までの努力は私もそばでずっと見てきました。あなたは素晴らしい女性ですよ。今宵は皆さまにその姿を見せる時が来ましたわ。王子もきっと見惚れることでしょう」


「キャメロン様こそ動く宝石、歩く星のように眩しく輝いておりますわ。あの⋯⋯いぇ、後でお伝えしたいことがございます⋯⋯」


 マーシャは顔を真っ赤にしてそう伝えてきた。いつも純粋無垢な雰囲気で健気だ。気を抜くとうっかり俺が落ちてしまいそうな程なのだ。


 これは絶対王子も落ちるはずだ。


 俺はにやにやとした顔をしたが、キャメロンは優美に微笑む姿だった。


 二人は馬車で舞踏会へと向かう。


 会場で二人が入ると会場に来ていた貴族はすぐさま二人を見て固まる。そしてすぐにざわざわとし始める。


「キャメロン様よ。隣にいるのが噂のマーシャさんでしょう? 平民なんですって」

「キャメロン様もマーシャさんもお美しいのね」


 そこへ颯爽と現れる王子。


 まずは形式的なのか、俺をダンスに誘ってくる。俺は仕方なく王子の申し出を受ける。


 ダンスが始まるとこっそりと王子に聞く。

「王子、マーシャさんを見ましたか? すごく綺麗ではありませんか?」


 王子は嬉しそうに笑顔を向けてくる。


「あぁ、マーシャの姿には驚いた。見違えるようだった」


 それを聞いて俺も小さな達成感を覚える。


 それにしても、キャメロンの姿だからといって野郎から腰に手を回させるのはゾワゾワして気持ち悪い。


 俺は笑みを王子に返す。


「それでしたらこの後、マーシャさんとお会いになってはいかがでしょうか?」

「そうさせてもらう。実はマーシャと二人で会っていたんだ。後でそなたにも伝えることがある」


 お? これは急展開。まさか二人での逢瀬があったとは驚きだ。しかもそれに関して伝えることがあるなんて絶対良いニュースだ。


 きゅむきゅむ⋯⋯きゅむきゅむ⋯⋯ゴクゴク

 女神もポップコーンと飲み物が進んでいるようだ。


『やばい、盛り上がってきたわ。この後どうなっちゃうのー?』


 どちらかと言えば女神が一番盛り上がっている。


 ダンスが終わると王子は私に目配せをした。ついてこいと言われているようだったので、後ろからついていくとマーシャの姿が見えた。


 マーシャは俺たちの姿を見ると笑顔をこぼす。


 あれっ思ったよりも王子とマーシャは進んでいるのかもしれない。俺は期待に胸を膨らませた。


「マーシャ来てくれ」


 王子はマーシャを呼ぶと、マーシャはすぐに近づいてきて王子の隣りに立った。


 それを見た王子が声を張り上げる。


「皆の者、舞踏会は盛り上がっているか? 舞踏会中にすまないが、伝えることがある」


 それを聞いた貴族たちは俺たちの元へと集まってくる。何が起こるのか分からないように探る目をしている者が多い。


 ざわざわとしていたがこの後発せられる王子の言葉を聞くように会場は静かになっていく。


 王子はマーシャの方を見ると紹介をする。


「彼女はマーシャ。平民でありながら健気に慣れない貴族のマナーを勉強し、立ち居振る舞いや勉学にも励んでいる。俺はその姿に感動した」


 俺は何度も頷いた。マーシャは不器用ながらも貴族のマナーを何度も身体に叩き込ませた。体力もつけさせようと俺と一緒に歩き回った。それに学園の勉強だけではなく、俺がやっていた勉強まで一緒にさせた。


 まだ未熟なところはあるが、この先貴族社会でやっていける片鱗を見せている。


「そこで俺はマーシャに男爵の爵位を授与したい。それは貴族の令嬢に仕える最低限の条件だ」


 王子のその宣言に拍手が巻き起こる。その横に立っていたマーシャが口を開く。


「キャメロンさま、私にこんなに厚く目をかけていただいてありがとうございました。私はその感謝をこの先ずっとキャメロンさまに返していきたいと考えております。私をどうかキャメロンさま直属の侍女へお迎えくださいませ!」


 そこへ王子が俺の方へ向いて畳み掛ける。


「キャメロン、そなたはどこか凛とする姿に近寄りがたいところがあった。しかしマーシャのことを目にかけるそなたは誰よりも美しい。俺はその姿に心を打たれた。こんな誰よりも綺麗で魅力的なそなたと共にこれからの人生を歩んでいきたい」


 あれ、思っていたのと違う、と俺。


 きゅむきゅむきゅむきゅむ

『きたきたきたー!』


「キャメロン、俺はそなたに夢中だ。君しか見れない。結婚してくれないか?」


 いやいやいや⋯⋯おかしい⋯⋯


 俺が反応する前に王子はそっと俺の手を取った。


 えっちょっと待って⋯⋯これはまずい⋯⋯


 スッと引き寄せられると腰に手を回してきた。そしてもう片方の手を俺の顎に添えてくる。


 そして俺の顎を少し上に向けてくる。


 俺はもう逃げられなかった。


 ちょっと待って⋯⋯待ってと言ってる!!


 俺は目の前に迫りくる王子の顔に耐えきれず目をギュッと閉じた。


 唇に何やら柔らかい感触がした。


 ■


 俺はアリアの目の前にいた。


「⋯⋯って言う夢があってな最悪だったんだ」


 俺は必死にアリアに伝えると、優しくふふふと笑って返してくれる。


 それは身体の力を大きく息を吐いて脱力すると、心から夢でよかったと思っていた。


 俺はアリアに体験した夢の話を詳細に話していた。その話は長いこと続いたがアリアは楽しそうに聞いている。


 アリアの楽しげな顔が見れるたびに俺は嬉しくて話すつもりではなかったことまで話してしまった。


 ひとしきり話し終わるとアリアは俺の方を見た。


「あのね、実はリカオンがマーシャに何をしていたのか知っていたのよ」


 アリアが俺を見つめてくる雰囲気に強い既視感を覚える。幾度となく感じた雰囲気。


 不器用ながらも健気に取り組む姿に俺が心を寄せそうになっていたこの相手。


「まさか⋯⋯でもマーシャの中は魔王だって⋯⋯」


『どちらも正解でーす』


 聞き慣れた声が聞こえると、またあの大理石の床に石柱が見える、あの空間にやってくる。


 久しぶりに見た女神はまたうつ伏せになってふわふわと浮きながら俺たちのことを見下ろしてくる。


「実はマーシャの中には魔王とアリア二人が入っていていました。初めはアリアが遠慮して魔王を出そうとしていたんですが、魔王が引きこもっているのでアリアが表に出ていたのでーす」

「ふふっ、リカオンの放っておけない性格は変わらないわね。そんなことろも好きよ」


 アリアは可愛らしく笑っている。それを見て俺は少し和んだが、女神を睨みつける。


「アリアは良いとして、さっきのはなんなんだ? おえっ俺最後に王子と⋯⋯いや何でもないわ」


 あれは思い出したくない⋯⋯。やっぱり夢じゃなかったのか⋯⋯。


 女神はにまにまとした笑顔を近づけてくる。


「もうサイッコーでした。まさか、王子があそこまであなたに落ちるなんで思いませんでしたよ⋯⋯ふふっ」


 見た目とは反対に女神の中は黒いものが見え隠れする。


「もういいだろう。アリアと俺をちゃんと転生させてくれよ」

「それは出来ません。リカオンは私のミッションに失敗しました。王子から婚約破棄を貰うはずなのに、キスを貰ってプロポーズされちゃったんですから⋯⋯ふふふっ」


 俺は気まずそうに顔を赤らめる。

 アリアの目の前なのに⋯⋯。


 その様子を見て楽しそうにする女神。


「と言うことで2回戦目行きますよ。今度は結婚した王子にある女が近づいてきます。そして妻を断罪してその女とくっつくんです。もちろん妻はリカオンです。ある女は魔王にやってもらうので王子の妻になったリカオンは断罪されてください」

「はぁ? また魔王が出てこなかったからどうするんだよ」


「それに関しては私も凄んで魔王ときっちり話しました。そしたら“可能な限り善処させていただきます”と言っていたので大丈夫でーす」


 俺は魔王に半分同情する。


 んっ待てよと思う。


「俺、王子とすでに結ばれているのか?」

「そこは安心してくださーい。白い結婚です」


 女神は嬉しそうに胸を張っているが、そういう問題ではない。隣にいるアリアと早く一緒になれる世界に転生したいのに、俺は女神に遊ばれている。


 そろそろ魔王を本格的に引きずり出さないといけないようだ。


 俺は一言いってやろうと女神の方を見て口を開く。


 すると目の前が真っ白になっていった。

お読みいただきありがとうございました。

何も考えなしにお話を書いていったら、想像がつかないところに着地しました。


誤字脱字がありましたらご連絡お願いします。

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