魔界粥
── とある日
今日は絢斗とデート~のはずだったんだけど、約束の時間になっても一向にうちへ来ない。どうしたんだろう? ちょっくら様子でも見に行きますか。こういう時、家が隣同士ってのが楽チンだよね~。
「おーい、絢斗?」
おじさんもおばさんもいないし、シーンッと静まり返ってる西宮家。絢斗の部屋のドアを一応ノックしてみたけど応答はなし。
「開けちゃうよ~?」
ドアを開けてまず視界に入ってきたのは、非現実的だけど確実に存在しているであろう彷徨う亡霊だった。私が声にならない声をあげると──。
「ごめん」
すっかり伸びてしまった前髪をかきあげて、とろんと虚ろな目をしているイケメンに変貌を遂げた彷徨う亡霊……いや、最初っから絢斗でしかないよね、うん。
「え、ちょっ!?」
よろけた絢斗をなんとか支えたけど、お、重いっ! ていうか体熱くない!? ちんちこちんだよこれ!
「絢斗熱あるの!?」
「かも」
ぐったりした絢斗をなんとかベッドに寝かせた。とりあえず氷枕と冷えピタ、薬ちゃんと飲んだのかな? 一旦家に帰って色々持ってこよ。
家から持ってきた冷えピタやらを絢斗に貼りつけて一息つこうとした時、絢斗の目がうっすら開いた。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「ごめん未琴、せっかくのデートだったのに」
「そんなの気にしないの」
「死んで詫びるよ」
「んな大袈裟な~」
「未琴とのデート当日に体調拗らせるなんて万死に値する」
やめろ、それ。物騒な話になってくるでしょうが。
「未琴」
「ん?」
「デート行こ」
ぶぁぁかちんがぁぁ! 行けるわけないでしょうが!
「行きません」
「行く」
「私の言うこと聞かないほうが万死に値するよ」
「……ごめん、ありがとう。大丈夫だからもう帰りなよ。移しちゃったら申し訳ないし未琴の綺麗な体に、ましてや未琴の体内にこんな穢れたウイルスを移しちゃうと思うと正気じゃいられない」
うん、その思考回路はもう端っから正気ではないぞ。
「昨日さんざん濃厚接触したでしょうが」
「……ごめん」
うん、時既に遅しである。
「よし、なんか食べれそ? 薬飲まなきゃだし」
「ああ、うん」
「ならパパッと作るからキッチン借りるね~?」
「いやっ、未琴! ちょっと待って!」
「え? なに?」
「自分で作るよ」
「はあ? 病人は大人しく寝てなさい」
「未琴は料理しないほうがいい」
ん? どういう意味かな?
「どゆことー」
「だって未琴、料理ヘタでっ」
「黙らっしゃい! お粥くらい作れるわ! お粥を失敗させろってほうが無理難題でしょ! フンッ! 失礼しちゃうわ」
── ナゼコウナッタ。
私はいつ魔界粥を召喚してしまったのだろうか。紫の怪しい煙が立ち、グツグツと怪しく煮えたぎるソレに絶望。
「未琴、怪我してない?」
優しく声をかけてくれたのはもちろん絢斗で、魔界粥を眺めながら私の頭をポンポン撫でて、魔界粥を亡きモノにしようとした(捨てようとした)。
「ちょっと! ここは無理にでも食べるとこでしょうが!」
「ごめん、さすがに死んじゃうよ」
「はあ!? 彼女が作ったお粥を食べれない風邪っぴきの彼氏がこの世のどこにいんのよ!」
「だからごめんって。体調悪い時にコレは無理だよ、この僕でも」
「『コレ』言うなぁぁ!」
こうして喧嘩が勃発し、今までなにも言わず私の手料理を食べてくれてた絢斗に心のなかでキュンする私であった。
── 数日後
「ごめん絢斗。これからちゃんと料理研究するから」
「やめときな? 危なっかしいから」
「おいこら、おんのれぇぇ!」
「ははっ」
絢斗はこうやって笑ってくれるし、本当に気にしてないんだろうけど、彼氏が寝込んで魔界粥しか作れなかったなんて、彼女としてどうなの? って感じだよね?
世界はあまりにも残酷だ……いや、私の料理の腕が絶望的すぎなだけなんだけど(私の料理下手を世界のせいにしようとしたけど、そっこーで訂正した)。
「無理することじゃないんじゃない? 未琴は今のままでいいよ? 得意不得意は誰にだってあるし。お互いできること、できないことを補っていければいいんじゃないかな。ね?」
「そんないい男に育てた覚えはありません」
「うん、未琴に育てられた覚えもありません」
せめてお粥くらいまともに作れる女になろうと強く心に誓った。