自暴自棄
── 翌朝
毎朝の日課だった絢斗のベッドへ侵入することも、一緒に登校しながら躓いたフリをして腕に胸を押し当てることもしなかった。
「おはよ~うって、ええ!? 西宮君は!?」
「うわっ、珍しいこともあるもんだね~。季節外れの雪でも降るんじゃなぁい?」
「あの未琴が西宮と一緒じゃないなんて、どうしたの?」
私の親友(中学の時から)達が、目を見開いて驚いている。
「詩織、美里、楓。私もう諦めた」
「「「え?」」」
「降参降参~! もうね、惨っ敗。お手上げ~! これ以上ピッチピチのJK時代を棒に振るとかマジで無理すぎ~」
「本当にそれでいいの?」
「うん!! いいのいいの~!!」
「そっかぁ」
「まぁ、未琴が決めたことなら」
ガラガラッと教室の扉が開く音がして、見てもないのに『絢斗が来た』そう思った。ギュッと胸が締め付けられて苦しい。
「ごめん、ちょっとトイレ」
私は椅子から立ち上がって、絢斗が来たほうとは別の扉から教室を出ていった。今は絢斗の顔も見たくないし、声も聞きたくない。
「未琴」
後ろから私を呼ぶ声がする、私の大好きな声が。足をとめて立ち止まると、絢斗の足音が徐々に近付いてくる。
「今日はどうして来なかったの? 未琴が来なかったら寝坊した」
── なによそれ。私は絢斗の目覚まし時計か何かだったわけ?
「てか何も連絡無かったし。連絡くらいしてよ」
・・・は? 自分からすればよくない? なんで私からしないといけないの? いっつもそうじゃん。
「未琴、聞いてる?」
後ろから私の腕を掴んだ絢斗の手を強く振り払った。
「未琴?」
「触んないで」
それだけ言って、私は振り向くことなくその場を去った。絢斗が私を追いかけて来るはずもなく。それもそうか、絢斗にとって私はただの目覚まし時計でしかなかったんだから。
── それから私達は口を利くことも、一緒に登下校することも、互いの家を行き来することもなくなった。
詩織達が気を遣って『男を忘れるには男だ!』とか言って合コンへ誘ってくれたり、私は絢斗に費やしていた時間を全て遊びに充てていた。
── ある日の合コン帰り
「はぁ。今日の合コン相手かなりだるかったな」
しつこくて、なかなか抜け出せず時刻は21時。ま、うちの親は緩いから遅くなっても問題はないんだけどね。そういえば、近所のコンビニに夜ひとりで行こうとすると、絢斗がなぜか不機嫌になって絶対に付いて来てたなーとか、そんなことを思いながらコンビニを通り過ぎようとした時、ちょうどコンビニから出てきたのは、絢斗だった。
私と目が合った瞬間、足早に私のもとへ来た絢斗がガシッ! と力強く私の腕を掴んできて、あまりにも突然のことすぎて驚くことしかできない。
「なっ、なに? 急に。痛いんだけど」
「未琴、そんな格好して何処で何をしてたの」
「は? 別に、遊んでただけだし」
「危ないでしょ、こんな時間に」
「なにそれ。絢斗には関係なくない? 離して」
振り払おうとしてもビクともしない。絢斗ってこんなに力強かったっけ? 離すどころか、ますます力を入れられて痛くなるし。
「はぁ。どうして分かんないかな」
「っ、なんのこと?」
「随分と男遊びしてるみたいだけど、なに? 嫌がらせ?」
男遊び? そんなのしてないし、どんな誤解してんのよ。それに『嫌がらせ?』ってどういう意味? 意味分かんないんだけど。
「別にそんなんじゃなっ」
「男なんてさ、ヤりたいとしか思ってないよ。だから危ないって言ってるんだけど、分かんない?」
相変わらず長い前髪のせいで表情は掴めないけど、過去イチ不機嫌なのは伝わってくる。
「私、そんな軽い女じゃないし。誰とでもっ」
「分かってるよ、そういうことじゃない。もっと自覚しなよ、自分が女の子だってこと。無防備にもほどがあるし、そもそも危機管理がまるでなってない」
そんなこと言われる筋合いないし、別に無防備でもなければ危機管理がなってないわけでもない。私が気を許す男は絢斗、あんただけだよ。
「は? なんで絢斗にそんなこと言われなくちゃいけないわけ? だいたい、男くらいどうってことないしっ」
「あっそ」
素っ気なくそう言い放った絢斗は私の腕を掴んだまま引っ張って、どんどん先へ進んでいく。この状況がなんなのか情報が一切完結しないまま、ほぼ拉致状態。
「ちょっ、絢斗。ねえ、なんなの!?」
そのまま私ん家を通り過ぎて、絢斗ん家へ向かう。そう言えば絢斗のお父さんとお母さん、結婚記念日で旅行に行くって言ってたな。そのまま絢斗ん家について少し荒っぽく玄関に連れ込まれ、ダンッ! と玄関ドアに押し付けられた。
「ほら、男くらいどうってことないんでしょ? 逃げてみたら」
冷たくそう言った絢斗から離れようもしても逃げようとしても、絢斗に押し付けられてて全く身動きが取れない。
「ちょっと絢斗、いい加減にして!」
「男はさ、こういうことをするしか脳がないんだって分かんないかな」
「……っ!?」
私の腰に手を当てて、ゆっくり服の中へ手を入れてきた絢斗。
「ひゃあっ! ま、待って……絢斗っ!」
「ははっ。“待って”なんて言葉が通用するとでも思ってるの? 未琴。男はさ、みんな野獣なんだよ」
── いつもの陰キャな絢斗じゃなくて、それこそ“野獣”みたいな、男っ気が強い絢斗にドキドキする反面、少し怖くもあった。
優しくねっとりと、私のお腹や腰や背中に手を這わせてくる。
「んっ。ちょ、絢斗!」
私の口を塞ぐように手で押さえ付けられた。絢斗の手って、こんなにも大きかったんだ。ていうか、絢斗はなんで私にこんなことしてくるの? 私に対する嫌がらせ?
「んんっ! んっ!!」
「ほら、早く逃げないと」
どうやって逃げろっていうの?
「いいの? このままシしちゃっても」
フッと鼻で笑ってる絢斗にどうしようもなく腹が立って、どうしようもなく……悲しくなった。
「これに懲りたなら合コンだのなんだのへ行くのはやめたらどう?」
・・・なによ、どんなにアピールしても、アタックしても、靡かなかったくせに。なにもしてくれなかったくせに。どうして、なんで今なの?
ジワッと涙が汲み上げてきて、塞き止めれなくなった涙は頬を伝ってポロポロと流れ落ちていく。絢斗は私が泣いていることにすぐ気づいて、バッ! と勢いよく私から離れた。
「み、未琴……ごめっ!?」
── バシンッ!! 私は絢斗の頬に思いっきり平手打ちをして、そのまま絢斗ん家を飛び出した。