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迷い子の道標  作者: C.F.M
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場面2

 今日は月が明るかった。そろそろ満月だろうか。時刻は一時少し前。私は近くの駅前にある歩道橋の前に来ていた。歩道橋は高さが電車の路線とほぼ同じなので、走っていく電車をすぐ近くで見ることが出来る。まあ、私にはあまり意味の無いことだけど、夏は入場料を払わないで電車が間近で見れるじゃないかと嬉しそうに言っていた。よくわからない感覚だ。多分冗談だったのだろう。

「そろそろかな」

 腕時計を見る。午前一時まで後十秒ほど。私は心の中でカウントして歩道橋を上り始めた。


 【深夜一時、駅前の歩道橋、左から上れば過去が、右から上れば未来が見える】


 別に信じたわけじゃなく、夜中の散歩のちょっとした味付けを楽しむつもりだった。

 図書館で気まぐれな出会いをした不思議な話を集めた本。

 そして近くにそれに該当する場所があったこと。

 それを試す気になったこと。

 偶然というのはどこか仕組まれているような、そんな感覚を受けるものだ。

 歩道橋に足を掛けた瞬間、景色から音が消えた。

 ゆっくりと一歩ずつ足を踏み出して、階段を上りきったとき、私は彼に出会った。

 柔らかな髪の色と、どこにでもありそうな学生服、少し胡散臭い笑顔。

 「美人だから信用されないタイプ?」

 初対面なのに私は気安く話しかけた。彼のような存在に気兼ねをしても仕方が無いとそう思ったからだ。

 「そう、それが悩みでね」

 気障な仕草で彼は答えた。透き通るようなその声音も、やっぱり胡散臭かった。




 彼には名前がないらしい。どこにでもいて、どこにでもいない存在。ああ、なるほど、ここではないどこかへ誘うのにはお誂え向きの設定なのかもしれない。

 「あれとか、これとか、それとかって呼ばれるんだ?」

 それは面倒なのか、楽なのか、よくわからない。

 「せめて、彼とかあなたとかで呼んで欲しいかな?」

 確かに呼ぶのに適しているのはそれくらいだ。うん、別の意味でも捉えることができそうだけど、それは邪推というものだろう。

 「じゃ、そこの彼さん。私は左から上ったわけですが?」

 話の通りなら、過去を見せてもらえるはずだ。

 「酷い呼び方だなあ。まあいいけど、で、君は過去を見たいのかな?」

 だから、そう言ってるのに・・・って、そうか、確認は必要だよね。

 「試しにね。未来を見るのは・・・まだ、恐いからね」

 予想はある程度しているけれど、それが確実だと言われるのはやっぱり恐い。でも、私はそれを見てみたい気もしているのだから、不思議なものだ。

 「なるほどね、と、そうだ、過去と言っても見せてあげられる過去は人によって違うんだ」

 それはそうだろうけど・・・う~ん、あ、もしかして、世界の過去や、他人の過去を見るのもありなのか?過去が見れるって言ってるだけだし。

 「ええと、私の場合は?」

 彼は目を閉じて、なにか思案していた。

 「君の場合は・・・うん、君自身の過去だね」

 大仰な仕種で彼は頷いた。なんで、そう芝居がかっているんだろう。

 「そう、丁度良かった。それなら効果を試すのにぴったり」

 自分の過去なら記憶と照らし合わせて検証も出来る。

 「それじゃあ、呼ぶよ」

 彼が左手を上げて招く仕草をすると、私の右手側に陽炎のように電車の路線が現れた。現実の路線は左手側に存在しているから、これは映し身ということだろうか?

 「過ぎ去ったものは、捉えどころが無く、現実の向こう側にたゆたうもの。でも、こうすれば、はっきりと見えるだろう?」

 ・・・記憶と記録の違いってことだろうか?

 「ま、それなりにはね」

 流れていく電車には、私の過去が乗っている。それが何故か私にはわかった。

 「手厳しいね。ま、いいか。お膳立てはしたからね、後は君が満足行くまで見れば良い」

 両手を広げて降参の仕草をする彼。どうしてこう胡散臭さを助長するような真似をしているのだろう。

 「案内は無し?」

 一応案内されたような気もするが、後はどうぞというのは投げやりな気がする。

 「過去は君のものだからね。未来なら、案内役は必要かもしれないけれど、それも人によりけりかな」

 そういうものなのだろうか?

 とりあえず、私はおぼろげに浮かび上がっている電車、私の過去をじっくりと眺めることにした。






 夏と出会ったのは父方の祖母の家で過していた時だった。

 体が弱く、外へ出ることが出来なかった私は庭先を眺めながら日々を暮らしていた。

 ある日、夏は悪戯をして逃げる時に私の前に現れた。

 匿ってくれと頼まれたので、私はすぐに承諾した。

 人と触れ合う機会なんて滅多になく、私は退屈していたのだ。

 それに元気な夏の姿は、私がなりたかった理想だった。

 だからその時、思わず頷いたのだろうと今ならわかる。

 夏を探す声が遠ざかり、それから私たちは互いに名乗りあった。

 そして自分たちの話をした。といってもこの時したのは自己紹介程度だ。聞いたのは名前と、なぜか話題に出た家族のこと。夏は私の遠い親戚だった。しばらくこちらに滞在するからまた遊びに来ると夏は約束して私たちは別れた。

 

 それから二日後。夏は約束どおりに遊びに来た。すぐ来るつもりだったらしいけれど、悪戯の所為で外へ出ることを禁じられていたらしい。

 その時に私は夏に贈り物をもらった。騎士とお姫様が活躍する一冊の本だった。夏は騎士が好きで、私はお姫様が好きだった。きっと、誰かを守れるくらいに強くなりたいと夏は思っていて、私は誰かに助けて欲しいと願っていたからだろう。

 しばらくの間、夏と過す日々が続き、そうして休みが終わり夏は家族と共に帰って行った。再会を約して、私たちは一人に戻った。私はまだまだ病弱なままで、それでも、いつかの再会を思い描くと元気になれる気がしたものだ。


 思い立ったのはいつだろうか。

 約束の証に本を置いていってくれた夏に私もなにかを贈ろうと決意したのだ。だけど、体力をあまり使わずに出来るもので、すぐに休憩が取れるものでなくてはならなかった。夏の顔を思い出して、その食欲を考えると・・・夏はお菓子をたくさん食べていた・・・料理を真っ先に思いついたが、それは無茶だとすぐに断念した。台所に長時間立っていられるほど、まだ私の体力はなかったのだ。だから、編み物をすることにした。疲れたらすぐに止めて眠れるし、室内で出来る。それは私が望む条件にぴったりと嵌っていた。その時、たまたま私の様子を見に来ていた母に早速用意を頼むと、なぜか妙に心配された。あれは私の体を心配してだったのか、別の意味があったのか、当時の私にはわからなかった。今では少しその気持ちがわかる。それでも、私がなにかをやりたいと言うのは珍しいことだったので、すぐに頼みを聞いてもらえた。その日から練習を続けて・・・翌年、夏に手袋とマフラーをプレゼントすることが出来た。夏は凄く感激して喜んでくれた。作品は思ったよりもサイズが大きかったので、少しぶかぶかだったが、すぐに大きくなるから大丈夫だと夏は笑っていた。そう、私の想像する夏は本当の夏よりも大きかったのだ。それは、多分、私にとっての夏の存在の大きさが反映されたのだと思う。


 編み物で体力がついたのか、それとも年を得れば良いだけだったのかはよくわからないが、私の体は徐々に元気になっていった。短い時間の散歩なら許可が下りたので、私は夏と一緒に散歩を楽しむようになった。その頃、ようやく母にちゃんと夏を紹介した。母は夏を知っていたが、私のところにこっそり遊びに来ていることは知らなかったようだ。いや、それとも知らない振りをしてくれていたのかもしれない。なぜか、そう思ったのだが、根拠は無い。あの時のかしこまっていた夏は少し面白かった。

 それからも、もう玄関から訪ねても大丈夫なのに、夏はずっと縁側からやって来ていた。ポリシーとかいうものらしかったが、私には意味がわからなかった。ポリシーが何なのか今の私にはわかるが、やっぱり意味はわからない、ということにしておこう。あれはもしかしたら、夏の気遣いだったのかもしれないから。

 小学校に入る頃、日常生活が出来ると判断された私は祖母の元から自分の家に戻ることになった。祖母は折角元気になったのにと残念がったが、毎年遊びに来ることを約束してどうにか宥めた。今でも月ごとに手紙をやりとりしている。

 一緒に暮らし始めてしばらくは姉との間が少しぎこちなかった思い出もある。たまに祖母の家に来ていた時も、姉は私との距離を測りかねていたから仕方が無いだろう。それは私がいつ死んでもいいように自分で距離を空けていたからなのだが、姉は自分が悪いと思っていたようだ。一緒に暮らし始めて一年くらいして、なんとなく話の流れでそのことを話したら、気が抜けたようになっていた。もうそんなことは考えてないよな、と聞かれた私は素直に頷いたのを覚えている。

 小学校では夏と再会した。近くに越してきたと夏は話していて、当時私は誰が気を利かせたのだろうと思ったものだ。もっとも、実は前から近くに住んでいたということに気づくまでその冗談に私は騙されていた。二年くらいもの間もだ。いや、まあ、騙される私も私だが。

 私は病弱ではなくなってはいたが、体力は平均より低かった。身体つきも細かったのでよくいじめられそうになったものだ。夏が毎回駆けつけてくれていなければ、そうなっていただろう。

 そうして日々が過ぎて、私たちは中学生になった。夏は足が速かったので陸上部に入部した。確か、私が困った時にすぐ駆けつけられるように本格的に鍛えるという理由を聞いた気がする。嬉しかったけれど、情けなくもあった。まあ、これも冗談だったのかもしれないが、真偽は確かめていない。

 私は趣味で編み物を続けていたし、その頃から良く本を読むようになっていたので部活には入らなかった。

 そういえば、夏は部活を始めてから成績が落ちて、私が勉強を教えるようになったのだったっけ。それから・・・中学の終わり頃、私が殴られる事件が起きたのだ。受験でピリピリしている中で、推薦が決まっていた私はのんびり読書をして過していた。図書室で静かに本を読んでいただけなのだが、今思えばその時、私は少し笑い声を漏らしたかもしれない。ちょっと面白い台詞があったのだ。まあ、それでガタッと立ち上がる声と、こちらに向かってくる足音が聞こえて、近くにそれが来たので、私が顔を上げたらこちらを睨みながら見下ろしている女生徒が立っていた。相手の言い分は真剣に勉強している奴がいるのに、不真面目だとかなんとかそういうものだった。要するに私が余裕を見せびらかしていて気に食わないということだったらしい。そんなつもりはまったくなかったし、そもそもここは本を読むところではなかったかと思ったが、時期的に無神経だったと後で反省した。しかし、その時はなぜか口が滑ってしまった。楽しんでいる時に無粋な横槍を入れられたからかもしれない。

 「余裕が無いのはあなたがサボっていたからでしょう?人に責任を押し付ける前に努力をしたらどうですか?」

 ・・・言った後に気づいたが、これでは誰だって怒るだろう。余裕が無い時ならなおさらだ。泣きながら殴られたのは生まれて初めてだった。ちょうど待ち合わせをしていて、夏が止めてくれなかったら、もっと酷いことになっていたと思う。口が滑ったとは思ったが、謝るのも今更なので、私にはどうしようもなかったのだ。

 その事件の後、夏は部活を止めた。受験前でも本当ならもう少しだけ出来たはずなのに、走っている夏は楽しそうだったのに・・・私を守るために、ずっと側についているために、夏は・・・。

 「泣くほどの気持ちか、羨ましいね」

 不意に記憶は途切れて、私は歩道橋の上に立っていた。頬に手を当てれば、涙で濡れている。

 「なんで・・・?」

 私に泣く資格は無いのに。夏がなによりも自分を選んでくれたことを嬉しがっている自分には・・・。

 「真実の気持ちほど身勝手なものさ。それに、君が見るべき過去は・・・もっと違うものだと僕は思ったけれどね」

 ああ、彼にはそれもわかっているのか。

 「大丈夫、それはもう覚悟していることだから見る必要はないの。ただ、私は自分の罪をちゃんと見たかっただけ。自分では、思い出したくなかったから」

 それは矛盾だ。きちんと覚えているから、思い出せるのだから。でも、私は思い返そうとすると、記憶を振り払ってしまう。資格が無いことを忘れていたいから。

 「単純なのか、複雑なのか、判じかねるけれど、これで君は目的を達成できたのかな?」

 彼は胡散臭い笑顔で、不思議そうに尋ねた。ちぐはぐで、でも、妙に彼には似合っているように感じられた。初めの時は違和感があったのに、今ではそれはまったく気にならない。

 「ええ、ひとまずは」

  私は罪を思い出した。それはもしかしたら、人によっては罪とは呼べない、ほんの些細な事かもしれない。でも、私にとっては大きな罪なのだ。そう、償うべきものなのだ。

 「だけど、君はここではないどこかへ行きたいと願ったはずじゃないかな?」

 私は、ただ笑顔だけでその質問に答えた。

 「・・・なるほど、どうやら分の悪い賭けになりそうだ」

 私は別れを告げて階段の方へ向った。

 「明日は、右から上るわ」

 それだけを告げて。



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