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迷い子の道標  作者: C.F.M
1/3

場面1

【深夜一時。駅前の歩道橋。左から上れば過去が、右から上れば未来が見える】


 ・・・そして、歩道橋の真ん中で、“彼”に出会えれば、ここではないどこかへ、連れて行ってもらえる。


 冬の澄んだ空気は、私の息を白く染めていた。

 彼は私に向かって右手を差し出していた。

 それは一緒に行こうという意味だと私にはわかっていた。

 私はそれに対して一歩を・・・。


 




 放課後のチャイムが鳴る。気だるい声が辺りに満ちて、解放された若者たちが自分たちの世界へと向っていく。まあ、私も若いのだけれど。

「で、なにボーっとしてんだ?唯?」

 ああ、いけない。声を掛けられてしまった。私はノートで自分の顔を隠してみた。

「・・・何の意味があるんだ、それ?」

 ヒョイと人のノートを奪う酷い奴の名前は八島夏。短髪で黒髪、ついでに引き締まった体躯をしている。中学までは陸上をしていたのだが、飽きたと言って今は空手をやっている。だけど、どこで習っているのかはどうにもこうにも教えてくれない。なにやら秘密めいていてあれなのだが、どうやら努力している所を私に見せたくないということらしい・・・ということに最近気づいた。

 ふふ、そんな背伸びをしていても、背は私の方が少しだけ高いのだ。なんて、変な言い回しだけど・・・夏はさっぱりした性格なのに、背のことを気にしていたりするのが面白い。 

 でも、からかうと人の頭を平気で小突く。手加減はされるのだが、少々痛い。

「なにをにやにやしてるんだ?」

 ああ、つい顔に出してしまっていた。

「なんでもないです。ええ、これから図書館に行くので、この辺で」

 考えていたことを見透かされでもしたら、私は頭に三段重ねのアイスを作る羽目になる。

「あれ?今日は一緒に帰れるんじゃなかったっけ?」

 おや、そうでしたっけ?でも、本は今日が返却期限なのでした。う~む、年の所為かな?

「すまないねえ、埋め合わせは次の機会に・・・」

 などと言うと夏は呆れて隙が出来た。そこを狙ってノートを取り返す。後は鞄を持って・・・よし、大丈夫。

「最近付き合い悪くないか?」

 無二の親友の私をお疑いとは、まあ、仕方ないんだけど。

「“冬だから”、それが君に告げられる理由だ」

 あ、苦笑いだ。些か芝居がかり過ぎたかもしれない。意味不明な発言で煙に巻くのは止めたほうが良かったかもしれない。たまにしかやらないから慣れていない。たまにはやるのかと、どこかから突込みが入りそうだ。

「ま、なんにせよ、困った事や悩み事があったら聞くからな、それだけは覚えていてくれ」

 夏は真剣な表情でそう言ってくれた。今時なんて暑苦しい奴だ、と感謝しながら心の中で茶化してみた。いや、恥ずかしいし。

「了解してます」

 私は敬礼を返して、足早に教室を出た。これも照れ隠し・・・いやいや、さっさと本を返しに行かないといけないからね。

 君の優しさは嬉しいけれど、だからこそ君には話せないこともあるのだよ?




 静かな空間は私の大好物だ。色々と思考が飛んでいくのを感じる。こういうところで夏と一緒に居ると、夏は二人で居るのに一人で居るみたいで寂しいと言うけれど。まあ、それはお互い様だ。私はスポーツをしている夏を見てる時、同じように感じているのだから。割と貧弱な私の体は運動に対して抗議の声を上げる。散歩は好きなのだけど、ジョギングはかなりの無理で、ランニングは自殺行為だ。精神的なものも多分にあるんじゃないかと自分では思っているが・・・特に体を鍛えたいというわけではないし、日常生活が営めれば御の字だ。

 カウンターで借りた本を全部返却し、私は次の本を物色する。図書館は私の心のオアシスだ。ここには私の“知らない”がまだたくさんある。

 ちなみに私は本を選ぶ時、資料として必要な時以外はそれを選ぶ理由を考えないことにしている。“ただ、なんとなく”それが心が求めるものだと思うからだ。前に来た時にあらかじめ目星をつけておいた本を四冊と、ふと手に取った一冊の合計五冊をカウンターへ持っていく。

「あら?これ図書館の本じゃないわね」

 貸し出しの手続きを眺めていると、司書さんの手が不意に止まった。確かにその本にはシールが張っていなかった。

「そうなんですか?」

 司書さんは不思議そうにしているが、問題はそこではない。この本を借りて読むことができなくなったということだ。むう、困った。

「・・・もしかして、読みたい?」

 なんだか悪巧みを思いついた良い顔だった。顔なじみではあるが、こういう顔を見たのは初めてだ。なんだか貴重なものを見た気がする。

「それはもちろん」

 共犯者の笑みを浮かべる私たち。うん、人が少ないからこそ出来る芸当だ。見られたら確実に不審者と見做される。

「貸し出すことは無理だけど、こっそり読んでいきなさい。読み終わったら私が預かるから」

 それはまあ、誰かの忘れ物だろうしね。

「ありがとうございます」

 私は本を受け取ってこっそり本が読める個人用の席へ向った。




 シールが張っていなかったのは何気なく取った一冊だった。こういう出会いは私の経験上結構当たりのことが多い。ものすごい外れの時もあるけれど、それはそれで面白いから構わない。じゃあ、なんだって良いのかと、ふと省みる。いや、中途半端な作品は・・・あれ、それもやっぱり楽しんでるな。よし、深く考えないようにしよう。

 古い茶がかった革の装丁を開き、中を見てみると、不思議な話が集められた本だった。伝承や占い、それからおまじないにまつわる逸話。結末の無い話もちらほら存在した。

  

 そうして私は本を読み終わった。そして、載せられた話の中からひとつだけすぐに試せるものがあることに気づいた。

 とても簡単で、とても胡散臭いそれをなぜか私は試す気になっていた。

 それは、多分無駄なことだからだろう。

 意味のあることばかりをしていると、人は何かを見失ってしまうものだ。

 ・・・まあ、後で意味づけることはいくらでも出来るから、世界には意味があることしかないとも言えるし、だから、人は常に何かを見失っているのかもしれないのだけど。なんて、適当に考えて、これも無駄だな、と私は少し笑みを浮かべた。


 司書さんにお礼を言って、私は読み終わった本を返し、家路についた。




 家に帰ると姉が煙草を吸いながらだらだらしていた。ソファに背中を預けて、ついでにイチゴ牛乳を左手に持って時折ちびちびと飲んでいる。格好は紺のジーパンに黒のTシャツという冬にはありえない寒そうな格好だった。部屋は暖房が効いているので寒くはないのだろうけど、微妙に無駄をしている気がする。こういう無駄は私の好みじゃないけど、姉には似合っているのでとりあえず許容しておく。

「今日は早いね」

 仕事で遅くなることが多いので、そう聞いたら拗ねられた。膝を抱えてほっぺをふくらますのは止めて欲しい。まるで似合っていない。

「なにさ、遅い方が良かったっての?」

 子供じみた態度だなぁ、と思うが、家の中限定だから良しとする。姉は外ではビシッとしているのだ。周囲からはかっこいいと評判・・・本人は可愛いと思われたいらしいが、ままならないものだ。

「いや、珍しいから」

 今日は夕飯も作ったのに~、とソファに転がりながら愚痴を言う姉に適当に謝って二階の自分の部屋へ。今日の夕飯はほぼ確実に、煮込み料理だ。姉は煮込み料理が大好きだから、カレー、おでん、シチュー、ついでに味噌煮込みも得意料理のレパートリーに入っている。なんでそんなに煮込みが好きなのか聞いたことがあるが、その際の言葉は「ロマン?」だった。首を傾げながら言われても意味不明だ。結局好きなものは好きってことで納得した。

 夕飯までは少し時間がある。私は着替えてベッドに寝転がった。そして、借りた本はどうしようかと思いながら少しうとうとした。


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