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黎明の世界

【外伝】 異世界戦記 ~ここで私は最強に至る~

これは、一人の少女の物語――。

 私の名前はカリーナ・フォークナー。私は小さな街の貴族の家で生まれた。


 フォークナー家は街の統治を全面的に任されるほどの力は持っていなかったけれど、それなりの財力と名誉を保つ家柄だった。

 父は厳格で、母は穏やかな人だったが、幼い頃から貴族としての振る舞いを叩き込まれる日々は決して楽ではなかった。



「カリーナ、お行儀が悪いわよ。もう一度やり直しなさい。」


 母の静かな声が食堂に響く。銀食器の使い方が少しでも乱れれば叱られる。ティーカップを持つ手が微かに震えても、それを見逃してもらえることはなかった。


「カリーナ、貴族としての誇りを忘れるな。お前の振る舞い一つがフォークナー家の品位を決めるのだ。」


 父の言葉はいつも冷たく、重かった。幼い私には、それが家族の愛情だとは到底思えなかった。


 そんな厳しい日々の中で、私の唯一の慰めは街外れに広がる草原だった。家庭教師の目を盗み、使用人のルナとともに馬車で向かい、風を感じながら草原を駆け回った。


「カリーナお嬢様、今日は何をなさいますか?」

「ルナ、またあの丘に登りましょう!あそこから見る夕陽が一番きれいなのよ!」


 ルナは使用人という立場を越えて、私の唯一の理解者だった。

 彼女の優しい言葉がなければ、私は窒息しそうな日々に耐えられなかっただろう。


 だが、その穏やかな日々もある日突然、終わりを迎えた。


「首都の魔法学園に入学しなさい。」


 父のその後の言葉を聞いた時、私は絶望を覚えた。

 どうやら私には魔法の才能があるらしく、父はそれを利用して家の権力を強化しようとしていた。私を強い魔法使いに仕立て上げ、国軍の主力として働かせ、国王に認められようとしていたのだ。


 私は抵抗したけれど虚しく、結局、無理やり学園に入学させられた。


 しかし、そこで学んだ魔法の授業は、それまでに受けた堅苦しい作法の訓練よりもはるかに楽しく、私は次第に魔法の勉強に没頭するようになった。


 そして、学園で新しい友達ができた。


「エイミー・ルセルです。よろしくね、カリーナ。」


 彼女もまた貴族の出身で、似たような理由で学園に入学していた。同じ境遇だったこともあり、私たちはすぐに意気投合した。授業中も、食事の時間も、自由時間も、ほとんど一緒だった。


 でも、私たちが12歳を迎える頃、状況は一変した。


 私は魔法に夢中になり、鍛錬と勉強に打ち込み続けた。努力の甲斐あって、エイミーとの差はどんどん広がっていった。そんなある日、エイミーが私を呼び止めた。


「ねえ、カリーナ、最近私と遊ぶ時間がないみたいだけど、鍛錬ばっかりで楽しいの?」


 その言葉に、私はなんとなく冷たく返してしまった。


「魔法の方が楽しいもん」


 それ以来、エイミーとの関係はぎくしゃくし始めた。そしてついに、彼女からいじめを受けるようになった。授業で私が成功すると嫌味を言われ、私の持ち物を隠されたり壊されたりもした。


 学園で唯一の友達だったエイミーに裏切られた私は、心が折れ、学園を休学して家に戻った。しかし、そこでも両親や親戚たちに罵られる日々が待っていた。


「何をしている!フォークナー家の名誉を汚す気か!」


 そんな声を聞くたび、私の心はどんどん疲弊していった。


 そんな中、父が唯一私に示した妥協案が、魔法の鍛錬を続けることだった。街を魔獣から守っている凄腕の魔法使い、エルドリック様のもとで修行することになったのだ。


 エルドリック様の指導は厳しかったが、実践的で、学園とは一味違う面白さがあった。私は彼のもとで鍛錬を積み、中級魔法を習得するまでに成長した。そしてそのころ、一人の少年に出会った。


 彼の名前はカイル・ブラックウッド。

 カイルは私より7歳も年下なのに、妙に大人びた口調で話す少年だった。


 さらに驚いたのは、まだ6歳の彼が当たり前のように魔法を使っていたことだ。それも初歩的なものではなく、明らかに高度な魔法を操っていた。


 エルドリック様が彼の魔法を見ても特に驚きもせず、むしろ当然のように扱っているのも不可解だった。


 そのせいか、私は最初カイルのことを「気持ち悪い」とすら思っていた。年齢にそぐわない成熟ぶりと、何事にも冷静で、妙に達観した態度が私にはどうしても馴染めなかったのだ。


 けれど、時間が経つにつれて、カイルのもう一つの一面に気づくようになった。

 彼も私と同じように、何かを得るためにガムシャラに努力する性格(タチ)だった。いつも真剣な目をして魔法の練習に励む姿は、見ていて不思議と引き込まれるものがあった。


「カリーナさん、これ見てください。今日、やっとエルドリックさんから認めてもらえました!」


 ある日、カイルが嬉しそうに手のひらで小さな火球を作り出して見せてきた。その表情は年相応の無邪気さがあって、思わず微笑んでしまった。


「それはすごいじゃない。やるわね、カイル。」


 私が褒めると、カイルは少し照れくさそうに笑った。その顔を見た時、私はなんだか心が温かくなるのを感じた。


「でも、まだまだですよ。カリーナさんみたいにもっと大きな魔法を扱えるようにならないと。」


「そうね。じゃあ、次は私が特訓に付き合ってあげるわ。」


 いつの間にか私は、カイルと話す時間が楽しみになっていた。最初は気持ち悪いと思っていた彼の存在が、今では私にとって特別なものに変わりつつあった。彼の真剣な姿を見るたびに、私自身も努力を惜しまない気持ちを思い出させてくれた。


「カリーナさん、俺、もっともっと強くなりたいんです。俺…魔法で、最強になりたいんです!」


 そう言った彼の言葉には、子供らしい素直さと、私にはない真剣な決意が込められていた。それを聞いた時、私は彼が抱える未来の大きさをほんの少しだけ感じた気がした。


 カイルの姿を見ていると、不思議と体が熱くなるような感覚を覚えた。


 私もこんな風に誰かに夢中になれるほど努力していただろうか。彼のひたむきさに引き込まれるたび、私は自分の中のどこかで失われかけていた情熱を取り戻しつつあった。



 3年間、私はカイルとエルドリック様の下で魔法の鍛錬に励んでいた。

 その間に私は16歳に、カイルは9歳になり、私たちはいつしか自然と特別な絆で結ばれていた。


 カイルは私にとって弟のようであり、同時に同志のような存在でもあった。私はこのまま彼と一緒に魔法を磨きながら過ごしていくのだろう、と勝手に思い込んでいた。


 だが、その平穏な日々は突然終わりを迎えた。


「首都の魔法学園で課題をこなして来るんだ。」


 エルドリック様がそう告げた瞬間、私は凍りついた。首都の魔法学園――そこは、私にとって過去の苦い記憶が蘇る場所だった。


「嫌です!私は行きません!」


 私は必死に抗議した。エルドリック様は私が学園でどんな仕打ちを受けてきたかを知っているはずだった。それなのに彼は私の言葉に耳を貸そうとはしなかった。


「もう十分時間が経った。一度戻ってみるのも手だ。」


 エルドリック様のその一言は冷たく響いた。さらに追い討ちをかけるように、カイルが学園行きを心から喜んでいる様子が目に入った。


「すごいです!本当に首都の学園に行けるんですか?もっと魔法をたくさん学べますね!」


 いつも私と鍛錬をする時以上に目を輝かせるカイル。それが妙に疎ましく思えたのは、私の心の中に芽生えた嫉妬のせいだったのかもしれない。


 そんなカイルを見ていると、ふとかつてのエイミーのことが頭をよぎった。

 学園時代、私がエイミーと疎遠になり、彼女が私をいじめるようになった理由――それは、私が彼女を無意識に置き去りにしてしまったからではないのか?今の私は、カイルにとってかつてのエイミーと同じ存在になりつつあるのではないか。


 その考えに押しつぶされそうになった私は、何も言わずにエルドリック様とカイルの元を去った。もう二度と鍛錬に通うことはなかった。



 そして家に戻れば、待っていたのは両親たちからの罵倒だった。


「お前は本当に役立たずだ。家の名誉を汚すな!」


 その言葉は心に深く突き刺さり、私の居場所を完全に奪い去った。

 そんな無気力な日々が数日続いた頃、エルドリック様が私の家に現れた。



「鍛錬は休みにする。カイルは首都へと旅立った。私もこの街をしばらく離れる。」


 それだけを告げると、エルドリック様は振り返ることなく去っていった。その後、私の心は完全に空っぽになり、母から教えてもらった茶会の習慣もやめてしまった。そして1年もの間、私は何もせず無気力に過ごした。


 そんなある日、家の門がノックされる音が聞こえた。


「どなた?」


 応対した使用人、ルナの声が聞こえる。そして続く言葉に、私は思わず耳を疑った。


「カリーナさんに会いに来ました。」


 その声は、カイルの声だった。私は驚いて散らかった部屋を片付け、門を見渡せる窓際に駆けつけた。そこには、成長して少し背が伸びたカイルと、隣には一人の見覚えのある女の子――エイミーが立っていた。




「・・・いいですか?絶対に、最初の言葉は『ごめんなさい』ですよ?」


「私は子どもかっての!」


 私の部屋の前にいるカイルの声は以前と同じく落ち着いていて、それでいてどこか懐かしい響きがあった。エイミーも前と変わらない様子だったが、どこか居心地悪そうに聞こえる。


 そうして無造作に私の部屋の扉が開かれる。


 扉が開くと、私の目をキリッとした目で見返すカイルとその後ろでモジモジと隠れているエイミーが立っていた。


(どうしてここに…?)


 言葉にはできなかった。


 すると――。


「カ、カリーナ!」


「?」


 緊張した様子のエイミーが私の名を呼ぶ。


「カリーナ!私・・・ずっとあなたに謝りたかったの!あの時、あなたをいじめて、ごめんなさ――!」


 私はエイミーが何か言い掛けているのを無視して勢いよく扉を閉めてしまった。


(あれ・・・?)


 ほとんど無意識だった。自分でもなぜこんなことをしたのか分からない。

 ただ、なんとなくエイミーが私に頭を下げるところ見ることが嫌だった。


 その日はカイルたちは帰ったらしい。



 その日の夜、私は眠れなかった。


(なんでカイルとエイミーが一緒に私の家に……?)

(まさか付き合ってる?いや、どうしてそんなことをわざわざ私に……?)


 考えれば考えるほど、答えは出ず、心がざわつくばかりだった。そしていつの間にか眠りに落ちた。


 翌朝、私はまだ薄暗い空が広がる中、ふと目が覚めた。無意識のまま庭に出てぼんやりと空を眺めていると、ルナが声をかけてきた。


「お嬢様。」


「……ルナ、今朝は早いのね。」


「メイドの朝は早いですから。」


「そう。」


 他愛のない会話を交わした後、私たちはふと黙り込んでしまった。気まずさを感じ、部屋に戻ろうと立ち上がったその時――。


「お嬢様。」


 ルナが私を呼び止めた。


「昨日、お嬢様のご友人様たちがご来訪されました。」


「えぇ、知ってるわ。」


「彼らはお嬢様に――」


「えぇ、知ってるわ!」


 私はルナの言葉を遮るように声を荒げてしまった。その瞬間、ルナは驚いた顔を見せ、私自身も自分の態度に動揺していた。


「……失礼いたしました。」


 ルナが下がると、再び庭に静寂が戻った。しかし、胸の奥には昨日からくすぶっている感情が重くのしかかっていた。


(エイミー……今さら来て何をするつもりよ……。)


 エイミーの真剣な表情、カイルの落ち着いた瞳――昨日の二人の姿が頭から離れない。私は椅子に腰掛け、じっと地面を見つめながら、その理由を考え続けた。




 数時間後、朝日がすっかり昇り、小鳥たちのさえずりが穏やかに響く朝に、また訪問者が現れた。玄関の扉をノックする音、その独特なリズムのノックから私はすぐにカイルだと気づいた。


 久しぶりにリビングで朝食を摂っていた私は、慌ててルナに食器を片付けさせ、口元を拭いて玄関へ向かった。

 扉を開けると、そこには昨日と変わらずカイルとエイミーが立っていた。

 ただ昨日と違うのは、エイミーがカイルの背後に隠れることなく、まっすぐ私を見つめていたことだった。


「昨日ぶりね、カイル……エイミー。」


 私は努めて平静を装い、二人の名前を静かに呼んだ。


「え……あ、カリーナ……」


 エイミーは私の変わらない表情を見て、一瞬顔を青ざめさせたが、すぐに覚悟を決めたように唇を引き結んだ。


「カリーナさん。」


 カイルが先に口を開いた。


「エイミーさんは、どうしてもあなたに話したいことがあって来たんです。少しだけでいいので、話を聞いてもらえませんか?」


 その落ち着いた声の響きに、私は思わず聞き取れた部分を復唱してしまう。


「話したいこと……?」


 視線をエイミーに向けると、彼女は深く息を吸い込んでから私を見返した。その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。


「そう……謝りたいの。」


 その言葉に、私は自然と目を見開いた。


「私……昔、あなたを傷つけた。それがどれだけひどいことだったのか、ずっと気づけなかった。でも、もう分かってる。だから……許してなんて言わない。ただ謝らせてほしいの。」


 エイミーの言葉は真剣そのもので、嘘偽りのない本心が伝わってきた。


(謝る?エイミーが私に?)


 頭の中が混乱する。あの頃のことを思い返せば、私はむしろエイミーを遠ざけてしまった。私の無意識で無遠慮な態度が、エイミーを傷つけたのだと思っていた。それなのに、どうして彼女が謝る必要があるの?


 でも、ふと気づいた。私は、自分勝手にエイミーが私をいじめた理由を決めつけていた。それが正しいかどうか、彼女と話し合ったことすらなかった。エイミーがどう感じていたのか、どう思っていたのか、私は何も知らないままだったのだ。


 深い溜息が自然とこぼれた。


「はぁ……」


 そして私は、静かに言った。


「入って。」


 エイミーと話をするべき時が来たのだと、そう感じた。




 私はカイルとエイミーを自分の部屋に招待した。


 部屋に入ると、私はエイミーと正面から向き合うように座り、カイルには少し離れた場所に座ってもらった。彼が耳を傾けないようにと思ったが、なんとなく緊張感が漂う中では、かえって彼がいることが心の支えになる気もしていた。


 私は静かに問いかけた。


「それで、エイミー。あなたが私に謝りたいことって何?」


 ようやく本当の理由を知ることができる。その思いが心を満たす一方で、緊張で身体が強張っているのが自分でも分かった。


 エイミーは深く息を吸い込み、静かに口を開いた。


「カリーナ、まず初めに言わせて。……四年前、あなたをいじめて、本当にごめんなさい。」


 その言葉に私は一瞬、息が止まった。エイミーの声は震えていたが、真剣そのもので、嘘偽りのない感情が伝わってきた。


「私は、あなたのことが……ずっと羨ましかったの。美しくて、成績が優秀で、魔法も凄くて……私とは全然違う遠い存在だって思ってた。」


 エイミーは私の顔を見つめながら言葉を続けた。その瞳には、自らの弱さをさらけ出す覚悟が見て取れた。


「そんなあなたが近くにいるのが、ただ怖かったの。私なんて何も持ってないのに、あなたは全部持ってる。そんなふうに思うたびに、どうしようもなく自分が惨めで……それで、あなたを傷つければ、自分が少しでも勝てる気がした。」


 彼女は言葉を紡ぎながら、拳を強く握り締め、肩を小さく震わせていた。


「でも、間違ってた。あなたには何も非はないのに、全部私の問題だった。それを……今まで謝ることもできずに逃げてきた。」


 声が次第に震え、目には涙が浮かんでいた。


「本当にごめんなさい、カリーナ。私のせいで、あなたをこんなに苦しませて……。」


 エイミーは深く頭を下げた。その姿はどこか小さく、脆く見えた。


(……この子は、こんなにも自分を責めていたの?)


 私は、昔の自分が恥ずかしく思えた。確かにエイミーにいじめられたのは事実だ。けれど、それを招いたのは私自身の無自覚な行動でもあった。友達と勉強を天秤にかけることもせず、ただ自分の好きな道を進んできた。エイミーの葛藤も知らず、彼女の感情を置き去りにしていたのだ。


 私はエイミーを見る。泣きそうな顔で、私の返事をじっと待っていた。決して逃げることなく、どんな言葉が返ってきても受け止める覚悟に満ちた目だった。


 私はその覚悟に答えてみようと思った。


「……そう。あなたがそう思っていたなんて、全然知らなかったわ。」


 私は静かに口を開いた。


「私、自分に何が悪かったのか分からなくて……だからずっと悩んでいた。でも、あなたが理由を話してくれて、ようやく分かった。確かに、私には何も悪いことなんてなかったのね。」


 エイミーが顔を上げ、期待するような瞳を向ける。


「……だけど、それを今になって謝られても、正直どう受け止めればいいのか分からないの。あなたにいじめられていた私は、あの頃に戻れるわけじゃないもの。」


 その言葉に、エイミーの表情が再び曇った。


「でも……あなたの謝罪が嘘じゃないことは分かるわ。だから……私と勝負しましょう。」


「……勝負?」


 エイミーは驚きの表情を浮かべ、部屋の隅で聞いていたカイルも思わず目を見開く。


「魔法で決めるのよ。」


 私は淡々と言った。


「あなたが私に勝てたら、過去のことは水に流してあげる。でも、もし私が勝ったら……二度と私の前に現れないで。」


「そ、そんな……!」


 エイミーは一瞬戸惑いを見せたが、やがて顔を引き締めた。


「分かったわ……!それであなたが許してくれるなら、全力でやる!」


「いい返事ね。」


 私は薄く笑みを浮かべたが、心の中では複雑な思いが渦巻いていた。


(……もしエイミーが私を越えるほどの覚悟を見せたなら、私はエイミーとまた友達に戻りたい。)


 私はそう決意し、勝負を申し込んだのだった。




 私は庭にある結界で覆われた石畳の上でエイミーと対峙している。カイルは審判役として立っている。


「ルールは簡単。それぞれが得意な魔法を一つ選んで、それを使って戦う。勝敗は杖を先に落とした方が負け。これでいい?」


 私は対峙するエイミーにルールを説明した。


「分かった。それなら私にもチャンスがあるわね。」


 エイミーは自信ありげに答えた。私は1年ぶりに握った杖を軽く振りながら、彼女の顔をじっと見る。


「そうね、公平でしょ?」

「それじゃあ、お互いに準備をしましょう。得意な魔法を選んで。始める準備ができたら、私に合図を。」


 エイミーも懐から自分の杖を取り出した。その手がわずかに震えているのが見えるが、彼女の目には確かな決意が宿っていた。


「カリーナ、本気で行くからね。」


「当然よ。遠慮される方が困るもの。」


 やがてエイミーは杖を握り直し、私を睨むように見据えた。そして静かに言った。


「準備できたわ。」


 私も同じように杖を構え、微笑みを浮かべたまま短く頷いた。


「いいわね。それじゃあ――始めましょう。」


 私がそう言うと、カイルが大きく声を張り上げた。


「では…始め!」


 開始の合図とともに、私は即座に水元素の魔法を詠唱し、エイミーに向けて放った。エイミーも火元素魔法で対応する。私の魔法とエイミーの魔法が空中でぶつかり合い、激しい霧が立ち込めた。


(エイミー…あなたの覚悟はそんなものなの?)


 私はすかさず次の魔法を詠唱し、エイミーに向けて撃つ。エイミーはそれらに対応し続けているものの、その顔には早々に焦りの色が浮かび始めていた。


「どうしたの!?そんなものじゃ私に勝てるわけないじゃない!」


 私は彼女をさらに挑発する。エイミーは負けじと魔法を繰り出し続けるが、その動きには迷いが見えた。私は無情にも彼女の魔法を次々とかき消していく。


「こんなもの?それとも、もう降参する?」


 さらに挑発を加えた私の言葉に、エイミーは歯を食いしばりながら叫ぶように返した。


「…そんなわけないでしょ!」


 彼女の目には揺るぎない覚悟が宿っている。しかし、私はその覚悟が本物かどうか確かめるため、ある方法を試すことにした。



「どうしたの、エイミー?あなたの魔法はこんなものじゃないでしょ!本当にこの程度なら、4年前の方が強かったくらいだわ!」


 私の言葉にエイミーは戸惑った表情を浮かべた。それも当然だ。4年前より弱いなんていうのは嘘なのだから。


「分かってないならいいわ。教えてあげる。」


 そう言いながら、私は空に杖を向け、魔法の詠唱を始めた。


蒼波(アズール・ウェイブ)…」


「ちょ!?中級魔法!?そんなの喰らったら死んじゃう!」


 エイミーは身体を震わせ、完全に戦意を失っていた。それでも私はエイミーを無視し、ついに魔法を放った。


(キャノン)!!」


 カイルが止めようと駆け寄るが間に合わない。


(カイルでも分からないのね…)


 私が放った魔法はエイミーに直撃し、激しい衝撃音を響かせた。


「こ、殺した?カリーナさん!殺すほどエイミーさんが憎かったんですか!?」


 カイルが驚きと怒りの混ざった声で私を責める。


「うるさいわね!よく見なさいよ!」


 私はエイミーが立っていた場所を指差し、カイルに答えを示した。そこには無傷のエイミーが立っていた。


「あれ?確かに直撃したはず…」


 カイルは呆然とエイミーを見つめている。死んでいないのは当然だ。あれはただ着弾が派手なだけの水弾なのだから。


 私はカイルの鈍感さに呆れながら、エイミーの名を呼んだ。


「エイミー!」


「あ、え…?」


 エイミーはキョトンとした様子でこちらを見返してくる。


「どう?分かった?」


「え?」


「そう、これでも分からないのね…。いいわ、教えてあげる。」


 私は少し間を置いてから、はっきりと言った。


「あなたには火元素魔法のとてつもない才能があるのよ。自分では気づいていないみたいだけどね。」


「私に…そんな才能…?」


「持っているわよ。あなたが本当に恐れているのは、その力を自分自身で自由に扱えないこと。だからこそ、私はあなたを試すつもりで、あえて追い詰めたの。」


 エイミーはその言葉を反芻しながら、少しずつ自分の中で何かを感じ取るように目を見開いていった。


「私は…それを恐れていたのね。」


「そうよ。きっと幼い頃のあなたはこの力が怖かったんでしょう。そしてその力を自由に扱える私のことも。でも、それこそがあなたの本当の力…。あなたがこれまで恐れてきた“本当”のことを乗り越えなければ、あなたは自分の力を知ることができない。」


 もちろん、残念ながらエイミーにそんな才能はない。これは私がエイミーの戦意を取り戻すためについた嘘だった。すべてはエイミーの、いや、私自身のため。私はエイミーを、親友を失いたくなかった。そのためにこんな面倒なことをしているのだ。


 しかし、この勝負にだけは嘘はつきたくなかった。手を抜いてエイミーが勝つように仕向けても、彼女は気づいてしまうだろう。それに、彼女の覚悟を無駄にすることになる。



「カリーナ、私まだまだやれるわ!」


 エイミーの表情が変わる。失いかけていた戦意を取り戻し、再びその瞳に強い意志が宿るのが分かった。


「そう来なくっちゃね、“親友”!」



 ――その後も勝負は続き、結局引き分けで幕を下ろした。


 私はとうとうエイミーと仲直りができた。



 思い込みとは怖いものだ。あるはずのない才能を“ある”と思い込むと、本当にその才能があるかのような力を発揮してしまう。仲直りした後の私たちの勝負は互いに一歩も譲らず、カイルが無理やり終わらせるまで拮抗し続けた。


 勝負を終えた私とエイミーの間には新しい絆が生まれていた。そして私はようやく前に進むことができた。



 ―――。



 それから私は学園に復学し、最後の一年を自分を見つめ直すために費やすことにした。

 この一年は、私のこれまでの人生の中で最も楽しく、そして忙しい一年となった。


 カイルたちと迷宮探索の授業を通じて、幾多の困難に立ち向かいながら成長する日々。

 初めて挑んだ本格的な迷宮では、全員が力を合わせて乗り越え、無事に帰還できたことが今でも忘れられない。


 それだけじゃない。

 堕ちた剣士の家系を持つという男との決闘は特に印象に残っている。

 カイルと、その友達たちと力を合わせて全力で彼を打ち負かした。



 そして、カイルとの出来事…。

 どうしても忘れられないあの日、意図せず「好き」と言ってしまったときのこと。


 彼は聞こえなかったらしく「え…?」と聞き返えされた場面が頭から離れない。言葉を飲み込むべきだったのか、それともそのまま告げるべきだったのか、答えは出ないまま、それでも日々が過ぎていった。



 こうして慌ただしくも充実した一年が過ぎ、私は無事に学園を卒業することができた。

 卒業式の日、カイルたちと一緒に記念に買った短剣を手に持ちながら、私は新たな決意を胸に刻んだ。


 卒業後、私は家には戻らなかった。父の思い通りにはならない。



「私は冒険者として、世界を旅する!」


 そう心に決めた。家柄や身分、そんなものに縛られる人生なんてもうごめんだ。


 私は自由に生きることを選んだ。


 他の大陸や国に足を運び、もっと魔法の技術を磨いて、知らない世界を見る。

 そして、自分の力を試すために様々な挑戦を乗り越えていく。


 旅先で出会う人々や新たな文化、未知の魔法の理論。すべてが私の中に新たな視野を広げていく。



「私はやりたいように生きる!誰にも縛られず、私らしく!」


 そう宣言する私の胸の中には、もう一つある願いが灯り続けている。それは――


「いつか、あなたと添い遂げるわ!」



 私の旅は、まだ始まったばかりだ。どこまでも広がるこの世界で、私は自分自身を…魔法を磨き続ける。そして、もっと強く、もっと自由に。


 そしていつの日か、あなたの隣に立てるような、胸を張れる自分になりたい――。



 ※※※



「カリーナ?どうしたの?ほら、行くわよ!もうすぐノワラ国を出るんだから!シャキッとして!」


「はいはい、分かったわよエイミー、でも少しくらい感傷に浸らせてよ」


「しょうがないわね~」



 私は大空に広がる星々の下を歩きながら、静かにあなたを思う。


 あなたが私を思う限り、私もあなたを思う。



 だから、私もあなたの夢を一緒に追わせて。



 私は――。



 ここで、最強に至る――。








 ※※※



 その後、カリーナ・フォークナーと、彼女が出会う様々な仲間たちがどのようなことを”成した”のか、それはまた別のお話――。

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