File.1-3 気付いて倒れてジャジャジャジャーン
早朝。副生徒会長の回里周瑠と生徒会メンバーの夕湫大和は見回りで廊下を歩いていた。
「犯人見つかると良いんすけどね」
夕湫が独り言のように呟く。
「まあ大体朝来てみたら異変が起こってることが多いから、その人物は早朝に何か行動を起こしてると思うんだよ」
眼鏡をきらめかせながら回里は辺りを見回した。
直近で十七夜高校内でプチ騒動が発生しており、その調査で生徒会の二人が駆り出されていた。
机の中に土が詰め込まれたり、靴箱の扉が破壊されたりといった嫌がらせのような事象が起こっており、これまでに学年問わず三人の女子生徒の被害が発覚している。
共通しているのは、それぞれ被害は一度限り、そして被害に遭った女子生徒は全員京ファンクラブの会員だったという事実である。
「五月に入ってからずっと続いてますよねえ。誰が何のためにやってんだか」
肩をすくめて首を左右に振る夕湫の問いに回里は答える。
「京ファンクラブの会員が立て続けに狙われてるんだよな? だとすれば京の人気を妬んだ奴の犯行が濃厚だろう」
「ほええ、とんだ暇人っすね。同一犯なんすよね?」
「そうだろうな。この件は関係者以外の他生徒には公表していないし」
極秘調査という名前の不審者探し。今のところ不審者や不審物は無い。
会話をしながら巡回を続ける二人はやがて家庭科準備室の前を通り過ぎようとした。
その瞬間に回里は妙なことに気づいた。
「ん? 家庭科準備室に鍵が閉まってる」
「あれ、変っすね。家庭科準備室って鍵穴が壊れてて外側から施錠ができないっていう話を聞いてたんすけど」
夕湫は家庭科準備室の扉の取っ手に指をかけて力を入れてみるが、扉は微動だにしなかった。老朽化が原因でその役割を失った鍵穴は、普段鍵が開いている時は穴が縦方向になる。しかし、今の扉の鍵穴は横方向、つまりは鍵のかかった状態となっていた。
「何かのはずみで閉まったんじゃないすか」
「確かに内側は鍵が壊れてなくて問題なくサムターン錠を開閉できる。だけど自然に閉まるものとは到底思えない」
顎に手を当てて考える仕草をする回里は、扉の前まで進むと鍵穴を凝視する。
「うーん、無理矢理こじ開けられた形跡は無さそうだな。夕湫、職員室に行ってこの部屋の鍵を借りてきてくれるか。ついでにここ数日で鍵を誰か借りた人がいたかどうかも訊いてほしい」
「了解っす。変な奴がいたらすぐ悲鳴上げてくださいよ」
「ああ」と回里が返事して、夕湫は小走りで階段の方向へ消え去った。
数分後、右手に鍵を持った夕湫が回里の元に戻ってきた。
「鍵を借りた人は数日どころか半年以上いないらしいすよ」
夕湫は回里に鍵を手渡しながら報告した。「絶対中汚いじゃん」という夕湫のぼやきを聞き流しながら、回里は鍵の先端を鍵穴で差し込む。
そのまま回転させようと試みるが回らない。
「やっぱりしっかりと施錠されてる。明らかに内側から鍵がかけられてるね」
「誰か立て籠ってんすかね?」
「さあね。兎に角、これを開けないことには家庭科の授業は開始出来ないわけだ。それに例の三件ともしかしたら何か関係しているかもしれない」
回里としては校内で起こる諸問題は自分が認知する限り全て解決したい。風紀を乱さないためにも、小さなことから片付けて取り組んでいきたい思いがあった。
まずは目の前に現れた問題の解決に尽力することにする。
「この鍵をどうにか開けたい。が、生憎ピッキングという技術を私は持ち合わせてない」
「普通はないっすよ」
二人で思考を巡らせる。しかし、良い解決策は簡単には見つからない。
必死に考える二人の背後にゆっくりと影が迫った。
「呼んだかしらね?」
とても見覚えのある声に驚いて二人は同時に振り向いた。
声の主は生徒会長の冥府瀬藍花だった。
「か、会長?」
想定外の人物の登場に夕湫は戸惑いをあらわにした。
「ピッキングが可能ということなのか、藍花」
回里も目を丸くする。
「ミステリー研究部たる者、ピッキングは嗜むのが当然」
「ピッキングに"嗜む"っていう表現おかしくないすか」
「ミス研ピッキングが必要条件なのやば」
二人から総ツッコミが冥府瀬に浴びせられるが、特に表情を変えることもなく扉の前に足を進めると、懐に忍ばせた針金を二本取り出した。
「なんで二本あるんすか」
「ダウジング始めるのかと思った」
再び総ツッコミを背中に浴びながら、冥府瀬はおもむろに屈むと針金を鍵穴に差し込んだ。
そして手元をカチャカチャと動かす。どういう仕組みなのか回里にはちんぷんかんぷんだ。
時間にして僅か一分。ガチャリと明らかに鍵が解錠した音が聞こえると冥府瀬は「終わったわ」とその場で腰を上げた。
「速いっすね」
「さすが生徒会長」
「これくらい出来なきゃ生徒会長は務まらないのよ」
「ピッキングがボーダーラインなのキツすぎる」
夕湫が生徒会長の示した及第点に嘆いた後「で」と冥府瀬が口を開く。
「この家庭科準備室に鍵が閉まってた経緯は知らないってことでいいのね?」
「ええ。ここを通った時に偶々施錠されてることに気づいたよ」
冥府瀬は扉に視線を固定したままだった。鍵の壊れている扉が施錠されているという不可解な状況が起こっていることに気持ち悪さを感じていた。不気味という表現の方が正しいかもしれない。
「何もなければ良いのだけど」
そして、冥府瀬の呟きはフラグだったのかもしれない。
取っ手に指をかけて、そっと手前に引く。扉はゆっくりと開いていき、隙間が広がっていく。その隙間から何かが見えた。その何かは扉が開くにつれて姿を大きくしていく。
「ちょ……っと……」
回里の声は誰にも聞こえない程に小さい声。
隙間から見えていたのは人間の手。やがてその手は制服をまとった身体の一部であることが認識でき、長い金色の長髪が現れる。扉が開き切ると同時にその身体は仰向けに廊下側へ倒れこんだ。
人間が倒れてきた。そしてその人間の胸元は鮮血で大きく染まっていた。
冥府瀬はすぐに理解した。
「い、遺体……!?」
三人の前に現れたのは十七夜高校の制服を着た女子生徒の遺体だった。
守の感じていた悪い予感は再び現実となって学校を襲うこととなった。そしてこの事件がまだ序章であることを誰も知らない。