File.2-3 疫病神
「……何故守がいるんだい?」
「何でだと思う?」
「質問を質問で返すな」
これは守とその従兄である学文路警部の会話である。
というのも今守たちがいるのはアオモチの住処であるアパートだ。
守はアオモチの配信に映った背後の部屋の間取りが、後輩が借りているアパートの部屋と合致していることに気づき、そのアパートへ直行。結果は大当たりで警察がアパートを飲み込まんとする勢いで捜査をしていた場面に遭遇した。
当然、知っている顔がいる。それが学文路警部である。
守一行は学文路の顔を見つけると間髪を入れずに「アオモチか、アオモチなのか」と問い詰めた。で、冒頭に至る。
「関係者以外立ち入らせるなって言っただろう、何鹿!」
「すみません。警部に捜査協力をお願いされてきたと言っていたものでてっきりそうなのかと…」
学文路が若い男の刑事に叱責している。何鹿と呼ばれた刑事はあせあせという絵文字が似合いそうなほど萎縮していた。
「ったく。で、君たちは何を知りたいんだ」
「なんだかんだ教えてくれるなんて、刑事さんも乙鳥君にはとても甘いのね」
「追い返すのも悪いと思っただけだよ。どうせ追い返そうとしても梃子でも動かんだろ」
長い溜息をついて守たちの説得をあきらめる。
「動画配信者アオモチこと以浜蒼星はこのアパートの自室で死体で発見された。現場の状況は生配信がすべてを物語っていたように、甲冑を着た犯人に大剣で斬り殺されて椅子の麓に倒れていた」
学文路は面倒くさがりながらも丁寧に説明をする。
それに耳を傾けながら守は開いている扉から中を覗き込む。
廊下の奥に倒れている人の足が見える。アオモチ改め以浜の遺体だ。
「き、訊いてもいいですか」
おずおずと挙手をした彩瞳。学文路が「ああ」と頷く。
「あ、アオモチさんが生配信中に襲撃されたのは周知の事実です。き、気になるのは、犯人はどうしてわざわざ、大人数が現場を目撃してしまう状況下で殺害したのか…そ、その理由だと思います」
確かにと守は思う。これでは、むしろ皆に目撃されてほしいと言っているも同然だ。
「キーボードがあのタイミングで壊れるのも何か妙だ」
続いて冥府瀬がそう指摘する。これも守は心中で肯定する。キーボードが不調にならなければ背後の気配に気づいたかもしれない。
「変なところと言えば」
次は学文路が現場を見据えながら言葉を続ける。
「被害者の腕時計が洗面所に置かれていた。何でそんな場所に置いてあったのか…。被害者本人か、犯人の仕業か…」
「腕時計…?」
彩瞳は小さく呟いて考え込む。
守は一番重要な点を学文路に訊いてみる。
「犯人の目星は?」
「ついていない」
学文路は即答する。表情は暗い。現状、進展なしということだろう。
「正確には容疑者はそれなりに絞り込まれているが、全員アリバイがある」
「アリバイ?」
「視聴者の情報提供によれば、生配信内で被害者が殺害された時間は午後11時。だが、その時間、容疑者全員は別の場所にいた。距離が近い場所にいたのは二人だが、午後11時に甲冑姿で現れるのは不可能という訳だ」
アリバイ。守には聞き馴染みのある言葉だ。推理小説ベースで表現するなら読み馴染みだろうか。
アリバイトリックも推理小説ではよく使われる手法だ。
被害者が殺害された時間、犯人は別の場所にいるため犯行が不可能と思わせるトリック。自分に似せた人間と入れ替わっていたり、被害者自身が犯人の場所にいたりとその内容は多種多様だ。
「その二人はどういう人なんだ」
「…」
そこまで話さないとならんのか、という目を向けられた守。話してくれ、と同じく目で返答すると学文路は再びため息をついた。
「一人目は以浜の元恋人である己西晴実。この現場から1km先の町原大学に通う女子大生だ。午後11時頃は大学内の図書室で勉強をしている姿が複数人に目撃されている。二人目は現恋人の冬青七世。OLだ。午後11時頃は現場から1.5km先にある居酒屋で同僚と飲んでおり、同僚および店員が証言をしている」
「完璧なアリバイじゃん」
「あぁ。といっても11時にアリバイがあっただけで、己西はその11時が最終目撃で、それ以降は誰も目撃していない。冬青の方も同じだ。同僚とは15分後くらいに分かれて店を出たらしい」
つまり、甲冑姿の犯人が現れた時間は強固なアリバイがあるものの、その時間より後は二人の足取りは分からなかったということだ。
「…零兄」
「なんだ」
「その二人に話を聞いちゃダメ?」
「許可するわけないだろう」
守の懇願はあっという間に却下された。
「俺と煌さんで事情聴取してみたら意外とアリバイが崩れるかもしれないだろ」
「学校に関係してない事件は無理だな」
学校は良いのかよ、と守はツッコむ。
「そこをなんとか」
「駄目だ」
「今度飯奢る」
「駄目だ」
「ちぇ」
守は口を尖らせた。今回の学文路は鉄壁だった。
「警察様が無理だというなら仕方ないよ、乙鳥君」
冥府瀬の一言で守は仕方なく、不本意ながらも引き下がった。
そして隣で彩瞳はずっと何かを考えていた。