File.1-7 焼肉を賭けろ
二人は聞き込みを開始する。と言っても無闇矢鱈に各生徒に事情聴取するわけにもいかないので、まずは生徒会のメンバーに目を付けた。
偶然にも昇降口で挨拶活動中の晌を発見した守と彩瞳。
「煌さん。探偵の任務だ。まずは晌さんに聞き込みしてみよう」
守は彩瞳に促してみる。しかし彼女は「む、むむむ無理…」と頭を抱えてしまった。
探偵に向いてないどころか普段のコミュニケーションが既に異常をきたしており、守も心の中で頭を抱える。
彩瞳は懐から手帳を取り出す。そしてその手帳をグイと守の眼前に押し付けるように差し出す。顔はそっぽを向いているが、助手の守がやってくれと態度が示しているのは明らかだった。
「…いや煌さんが聞かないと意味ないから…」
「こ、今度、何か奢るのでゆ、許してください」
(探偵としてのプライドが消え去っている…)
思わず戦慄する。
ただ、いつまでもここで手をこまねいているわけにもいかない。守は仕方なく差し出された手帳を受け取って晌の隣まで進んだ。
「おはよう、晌さん」
「おはよう、乙鳥。今日も冴えない顔してんね」
「殴られる覚悟はできてんだろうなあ」
「冗談だよ冗談」
一言目から早速煽られたために一瞬ピキってしまうが、今はそんな場合じゃないと首を横に振って当初の目的を遂行することにする。
「……今朝の事件のこと知ってるか?」
「うん。どうやら殺人事件らしいね。物騒になったもんだ」
「ああ。京ファンクラブの会員の一人が殺されたみたいだ」
「え? マジ? ついに死人まで出るなんて京も罪な男だねえ」
「罪な男……まぁ確かに」
ため息をつく晌。京ファンクラブに関わる事件に辟易しているのがすぐに分かった。
「埋火樹莉という生徒らしいんだが、何か知ってることとかあるか?」
「埋火…あれ、その子…。熱狂的な京のファンでストーカーまがいの行為を何度も繰り返して厳重注意受けてた子だわ」
晌の証言。守はすぐに手帳の適当なページを開いてペンを走らせる。手帳のページの四隅に猫の肉球のイラストが描かれていて、いかにも女子が好きそうなデザインだ。
「どうせ犯人。嫉妬して殺っちゃったんじゃないの~?」
「大いにあるね」
「……あれ? ちょっと待って」
「ん? 何か思い出したことでもあるのか」
「いや、一連の騒動を起こした奴が犯人だったら、犯行自体も早朝ってことじゃん。でもさ、埋火さんって余り学校に早く登校するタイプじゃなくて、始業時間ギリギリとかなんなら遅刻するくらいなんだよ。だからこんな朝早くから埋火さんは学校に来て何してたんだろうって思ってね」
これまた有力な情報を得られた。守は再びペンを持つ手を動かす。
埋火は時間ギリギリ遅刻常習犯であった。しかし、今日は何故か早朝のほとんど生徒がまだ登校してきていない時間帯に来ていた。そして何者かに命を奪われた。
「なるほど。誰か怪しい人物は思い当たる?」
「うーん、あんまり大声では言えないけど個人的に一連の事件に関わってそうなのは翠河苗子さんかなあ」
「ほう。それはどうしてだ?」
「女の勘だよ」
「納得するわけないだろ」
「…翠河さんは、実は騒動の三番目の被害者で朝登校したら机の中が土まみれになってたんだ」
更に興味深い話が晌から告げられる。守の背後で彩瞳も聞き耳を立てていた。
「それで、埋火さんとはよく京のことで喧嘩してたらしくてさ。だからうっかり殺しちゃっててもおかしくないかなあって。ま、個人的な意見だけどね」
三番目に狙われたという翠河。その翠河は今回殺害された埋火とよく対立していた。この話が判明しただけでも十分な収穫と言えるだろう。
「自分も誰かに狙われた風を装って実は真犯人…のパターンってわけね。ミステリーじゃよくある。親の顔より見た。見たっていうか読んだ」
「何それ怖」
晌に恐怖されたところで守は質疑を終えることにした。守としては重要な証言を満足に得られたので素直に感謝をする。
「ありがとう。助かったよ。事件解決の参考にさせてもらう」
「翠河さんが犯人だったら焼肉奢ってよ?」
「なんでだよ、絶対約束しないからな。てか、不謹慎だ」
クスクスと肩を震わせて笑う晌に、守は呆れるしかなかった。
「じゃあ、煌さん。また別の人に聞いてみようか」
守が彩瞳に呼びかけた。すると帰ってきた返事は全く嚙み合っていなかった。
「あ、あの乙鳥君…。わ、私も、焼肉、奢ってください」
「何でそうなる」