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第七章

 一ヵ月ほど経つと、駅前で配った割引券の期限が切れたせいもあって、混雑していた店もようやく落ち着いてきていた。これからが店の存亡を賭けた本当の勝負で、気を引き締めなければと思う。

 定休日の翌日の火曜日、他のウイークデーより少しだけ店は混雑する。午後四時を過ぎると、学校帰りの中学生や高校生が多く店を訪れた。ここから一キロと離れていない高校に通う美羽ちゃんが、新しい店のチラシを片手にやって来た。


「康平兄ちゃん、久しぶり」

「あ、美羽ちゃん、久しぶり」

「あーあ、やっと店が空いたね。ここ一ヵ月、ずっと混んでたもんね」

「お陰様でね」

「ねえ、割引券の期限が切れてるんだけど、もちろん割引してくれるよね?」

「もう、美羽ちゃんには敵わないなぁ。常連さんだからいいよ。でも他の人には内緒にしててよ」

「やった!」

「いつもどおり、毛先を揃えてストレートパーマ?」

「ううん、今日はばっさりと切っちゃって」

「ええ!? いつも長い髪を学校で自慢してるって言ってたじゃない?」

「……」

 美羽ちゃんは何も言わずに俯いた。


「何かあったの?」

「……」

「言いたくなかったらいいけど、僕で良かったら話してごらんよ」

「……うん」

「……それで?」

「失恋したの」

「……そうなんだ」

「ずっと片想いだったんだけど、実はバスケ部の先輩に憧れててね、だからいろいろ情報集めて、彼が長い髪の女の子が好きだって聞いたから私も伸ばしてたの。でも、昨日、駅前のコンビニで彼にばったり逢って、しかも隣のクラスのロングヘアの亜由美と楽しそうに話しながら二人で学校から帰ってた。彼が女の子と一緒に帰ってるなんて、初めて見ちゃったよ。だから、私の失恋もこれで決定的」

「ええー、そんなのまだ分からないじゃん。その女の子だって、彼女かどうか分からないんだし……」

「まあ、そうだけど……」

「彼に彼女なのかどうなのか、直接訊いてみたら?」

「そんなこと、出来るわけないでしょ!」

「どうして?」

「だって、いきなりそんなことを訊かれたら引くでしょ! それに、みんなが憧れている人だもん、恐れ多くて訊けないよ。私なんて、絶対眼中にないに決まってるんだから」

「そんなの分からないよ」

「分かるよ。一緒に部活やってても、私なんかみんなと違って、いつも男扱いされてるよ。いつも先輩は『お前にロングヘアは似合わない』ってこっちの気持ちも知らずに、平気な顔して言ってくるんだから」

「はははは。せっかく彼のために伸ばしてるのにね。でもさぁ、彼の気持ちを訊いたことないんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、やっぱり失恋したかどうか分からないじゃん」

「そうかもしれないけど……。本当はね、はっきりさせたい気持ちとそうでない気持ちが五分五分って感じ。告白しちゃったら、今までみたいな先輩後輩っていう気軽な関係が壊れそうで恐いの」

「そうだよな。勇気、いるよな」

「でも、やっぱり、いつまでもこんな風にウジウジしてるのもやだなぁ。康平兄ちゃん、私、どうしたらいいと思う? 告白するべきかな?」

「どうしたらいいか、本当は自分の中では決まってるんでしょ。僕としてはだよ、美羽ちゃんに傷付いて欲しくないっていうのが本音だよ。でも経験するから分かることだってあるよ。いいことだけじゃなくて辛いことも経験するからこそ、人の気持ちが分かる人になれるし、いろんなことを経験することは人間の幅が広がるっていうか、そこから得るものは沢山あると思うよ。それに、第一、失恋するって決まってるわけじゃないじゃん」

「……そうだよね、康平兄ちゃん。やっぱ、大人だね」

「まあね」

「じゃ、『行け!』ってこと?」

「そうだよ」

「うぇーーー。告白するときのことを考えたら吐きそうだよ……」

「頑張れ」

「分かった。じゃ、そうする」

「ところで、今日の髪型どうする?」

「あーっ、忘れてた。康平兄ちゃん、ごめん。余計な時間取らせたね。えっとね、いつもどおり、ストレートパーマかけて、毛先を揃えてくれる?」

「OK!」


 小学四年生の頃、お母さんに連れられて、恥ずかしそうに初めて美容室に髪の毛を切りに来た美羽ちゃん。あんなに小さかった君から、恋の悩みを聞く日が来ようなんて思いもしなかったよ。どうか君の恋が成就しますように。

 僕は、綺麗になった髪の毛を見てうれしそうに帰っていく彼女の後姿を見ながら、そう心の中でエールを送っていた。




第八章に続く

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