第二十五章
僕はろくに休みも取らず、ずっと働き通しだったので、一週間ではあるけれど長期休暇を取ることにした。橋本君も上野さんも新しく入った米澤さんも信頼の置ける人たちで、彼らに店を任せて出掛ければ良かったのだが、よく働いてくれたお礼として、彼らを休ませるために店を休むことにしたのである。そのことを僕が口にしたとき、みんながみんな「えーっ?」と驚きの声を上げたが、その後、みんな一様に喜んだ。上野さんは休暇を利用して、友人と海外旅行に行く計画を立てるとはしゃいでいた。みんなが喜ぶ様子を見ていて、一年に一回くらいはこういうことをしなくちゃいけないなと反省してしまった。
僕はといえば、一週間の休みを利用して、望を伴い故郷のY県に帰るつもりだった。故郷には就職して以来、つまり九年間、一度も帰っていなかった。望に故郷を見せたかったし、それに孤児院の園長先生と奥さんの顔も見たかった。彼らに望を紹介すればきっと喜ぶに違いないし、それに僕の過去についても彼らに訊きたいことが山ほどあった。
新幹線に乗ればいいものを、車窓から見える景色をゆっくり楽しむために、僕たちは鈍行に乗った。太平洋の雄大な景色や巨大な富士山や眼前に広がる田園風景を言葉もなく眺めたり、駅弁に舌鼓を打ったり、夕方になれば途中下車して温泉街に泊まったりした。
列車旅行二日目の朝、僕が眠い目を擦りながら、缶コーヒーを飲んでいると望が言った。
「会社の友達の由梨ちゃんがね、びっくりしてたの」
「……何を?」
「私が男の人と旅行するって言ったから」
僕はその言葉を聞いて、口に含んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。
「しかも一泊二日とかじゃなくて、一週間も休みを取ったし」
「……」
僕は何を喋ったらいいのか全然見当がつかず、ただ望の顔を某然と見ていた。望はそんな僕の顔を見てクスクス笑っていた。
「由梨ちゃんってすごい美人で、いつも彼氏をとっかえひっかえしててね。いつも私に『いろんな男の人と付き合ってから結婚したほうがいいわよ』と言ってたの。だけど、いざ私に彼氏が出来て一緒に旅行するって言ったら、ぶっ飛んでたわ。今、思い出してもその顔がおかしくて!」
「……」
僕は望の笑っている顔が好きだ。きっと彼女は、小さな頃からとびきり笑顔の可愛い子だったのだろう。だから、彼女の笑顔を見た通りすがりのカメラマンは、彼女にモデルを頼まざるを得なかったのだと思う。その偶然の出逢いは、きっと彼を大いに喜ばせたに違いない。
夕方、列車は本州の西の果てに到着した。僕たちはバスを乗り継ぎ、孤児院「ひかり園」へと急いだ。途中、ひかり園に電話を入れると、園長先生の奥さんが、「早く、早く! みんなでご馳走を作って待っているんだから」と言った。
ひかり園へ着くと、みんなが総出で出迎えてくれた。僕を知らない小さな子も随分いたが、僕と同級生の美咲ちゃんが先生になっていたりして、思いもしなかった懐かしい対面に感慨も一入だった。
「仕事のほうは、順調なんだろう?」
園長先生が僕に訊いた。
「ええ、なんとかやってます」
すると園長先生の奥さんが、唐突に望に向かって言った。
「小さい頃から康平君はすごく頭が良くてね。でも、のめり込むとわけが分からなくなるみたいだったわ。いつも下向いて考え事しながら歩いているもんだから、しょっちゅう電信柱にぶつかって、いつも頭にたんこぶがあったの」
「もう、先生、余計なことを言わないで下さいよ」
奥さんは、僕のそんな言葉をものともせず、僕の子供の頃のことを次々に語った。一通り僕の失敗談を語り尽くすと、「でも、一番優しい子だったのよ」と言った。
その夜は、みんなでトランプや人生ゲームをやって大いに盛り上がった。
第二十六章に続く




