第二十章
夢から覚めた後、僕は自分が泣いていたことに気付いた。悲しくないのに、後から後から涙が湧いて出てくるのである。それと同時に懐かしい記憶の切れ端が、ところどころ現れては消えた。
それまで、子供の頃の記憶は、孤児院に入った小学三年生からしかなく、どういう理由で誰によって孤児院に連れられて来たのか全然思い出せなかった。小学三年生で過去の自分から切り離されて以来、初めて思い出す記憶で圧倒されそうになった。その記憶に驚き戸惑うのと同時に、どこかに置いて来てしまった大切な宝物に再び巡り逢えたかのような感激と懐かしさで胸が一杯になった。それなのに、小さな不安が過ぎる。どうして、僕は一人ぼっちになってしまったのだろう?
あの小さな男の子は僕の弟なのだろうか? そういえば、彼はいつも僕の後を走って追いかけてきては、転んで泣いていたような気がする。後ろで笑っていた男の人と女の人はきっと僕の父と母に違いない。希は? 希は僕の妹なのだろうか? 彼女は自分の名前は「葉山希」だと言っていたから。
だとしたら、宮崎望は一体誰だ? どうして彼女と希の顔が同じなのだろうか? 夢の中の出来事だから、僕の脳が勝手なイメージを作り出して、愛しい望の顔を希に当てはめているだけなのかもしれない。
いろんなことが頭の中を駆け巡り、無理矢理一度に大量の記憶を呼び出そうとすると頭が割れそうに疼いた。
店は相変わらず忙しかった。アシスタントだった上野さんも無事国家試験に合格し、お客さんの髪を切ることが出来るようになったし、もう一人スタッフを増やしてもいいなと思うようになっていた。
夢の中の家族に会った後、僕は時々、少しずつではあるが、夢の中だけでなく、昼間も彼らのことを思い出すようになった。それはふとしたとき、突然やって来る。波多野さんの花音ちゃんとの「花音は白が好きだから、今度白いお洋服を買おうね」という会話を聞いていたとき、そういえば母と希も遠い昔にまったく同じような会話をしていて、僕は「希はピンク色が似合うのに」と残念に思っていたことを思い出したりするのだった。
あの夢の中の草原の湖の風景は、僕が子供の頃、家族旅行で行った国営公園の風景そのものだった。家族みんなで初めて車で旅行をし、随分楽しかったのを思い出した。他のこともなんとか思い出せないかと思うのだが、深く考えようとすると頭の中にいっぱい詰め込まれていることが、一度に全部洪水のように溢れ出して渦を巻き、順序立てて思い出すことが出来なかった。
僕は渦を巻いて回る記憶の中に手を突っ込んで、切れ端を一枚一枚取り出して見たが、僕が小学生だったかと思うと次に取り出したものは赤ん坊になっていたりして、一向に秩序良く順番に見ることが出来ないでいた。
第二十一章に続く




