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第十八章

 夕方、三カ月ぶりに美羽ちゃんが店を訪ねてくれた。僕は、坂口さんのことが頭から離れず、ぼーっとしながら、お客さんの髪をブローしていると、美羽ちゃんが後ろからそっと僕に近付き、「わっ」と声を掛け、僕を仰天させた。ブローされているお客さんも僕のそんな様子を見て、笑っていた。


「まったく、毎回毎回、美羽ちゃんにはかなわなぁ」

「えへへへ。でもさぁ、康平兄ちゃんが、ハサミを使ってないことをちゃんと確認してやってますから」

「そうか、一応は気を遣ってくれてるんだ」

「そうだよ」

「さて、今日はどうされますか?」

 そう美羽ちゃんに声を掛けながら、彼女がどう答えるか楽しみに待った。


「いつも通りに決まってるじゃん!」

「えっ、それじゃあ……」

「うん、そうなの。告白しちゃったの」

「それで、それで彼はなんて?」

「やーだ、教えなーい」

「えーっ? それはないだろ!」

「うそ、うそ」

「じゃ、なんて?」

「亜由美は別に彼女じゃないって言ってた」

「うん、それで?」

「私のことも彼女には思えないって」

「うそだろ……」

 僕はがっかりした。そんな僕の様子を見てニヤニヤしながら彼女が言った。


「でも、友達からなら付き合ってもいいって」

「ええ? それってもしかして……」

「そう、もしかしてなの!」

「やったじゃん!」

「うん」

「良かったねぇ。あー、心臓が止まるかと思った」

「でも、やっぱり私にはロングは似合わないっていつも言ってる。いいもん、私はこの髪型、気に入ってるんだから」


 美羽ちゃんはいつも通り、毛先を整え、ストレートパーマをかけると「じゃ、またねー」と言って笑顔で帰って行った。たぶん、僕にとって美羽ちゃんは年の離れた妹とでもいうか、僕が勝手に親代わりでいるつもりとでもいうか、とにかく、彼女は僕にとって可愛くて心配な存在には違いない。


 美容室を経営していると本当にいろんなことがある。いつもいつもお客さんが満足して笑顔で帰ってくれるとは限らない。一人一人髪質が違うので、予測出来ない仕上がりになってしまうこともある。だから、初めて来店したお客さんの髪を扱うときは、特に緊張したりする。中には大失敗してしまって、散々文句を言われて何度もやり直した挙句、無料なんてこともある。そんなときはどうしようもなく落ち込んだりする。

 けれども、人が綺麗になっていくのを見るのが好きだし、鏡の中の自分を見て微笑むお客さんの笑顔も好きだし、こんなにいろんな人に関われて、いろんな話が出来たりする美容師という職業を僕は気に入っている。確かに休みはあまり取れないし、長時間立ちっぱなしだし、昼飯抜きなんてこともしょっちゅうだし、過酷だけれど、やっぱり僕はこの仕事が好きなのだ。性別や年齢や職業も様々な人と、こんなに親しくなれたりするなんて、美容師をやっていなければ体験出来ないことに違いない。こんなに素晴らしい職業が他にあるだろうか? 他にもあるには違いないとは思うけれど、今すぐ僕には思いつかない。


第十九章に続く

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