第十一章
「今、上映している映画を一緒に見に行きませんか?」という作戦はなかなか良かったと後になって思った。「今度、食事をご一緒しませんか?」なんていうものだったら、一体いつになるか知れやしない。ましてや、僕のほうは好意を持っていたとしても、相手が僕に対して、好感は持っていても好意なんて持ってなかったら、そうこうするうちに、その話は立ち消えになってしまったかもしれないから。だから、偶然にしろ何にしろ、「なんて良いデートの誘い方をしたんだ!」と自画自賛をしてしまった。だから、宮崎さんとの約束は、僕の仕事が休みの日、つまり彼女が店に訪れた翌日の月曜日の夕方にさっそく果たされることになった。
次の日の朝、僕は、慌てた。クローゼットの中を見たら、着ていきたい服が一枚もなかった。一体、去年まで何を着ていたんだろう、と衣替えの季節になるといつも思うものだが、何かしら取り出してきては着ていたのに、今回はそういうわけにはいかなかった。せっかく宮崎さんとデートに出掛けるという念願が叶ったのだから、それに相応しい恰好をしなければ……。専門学校に通っていたとき、僕には同い年の彼女がいたが、学校を卒業後、別々の店に就職してお互い多忙になり、いつの間にか彼女との関係も自然消滅してしまっていた。その後も、好きになった人はいたし、交際も二度程、申し込まれたこともあったけれど、朝八時から夜九時、酷いときは十一時過ぎまで仕事をしたり練習したりする毎日は、とにかく超多忙で、彼女と暢気にデートする余裕なんて全然なかった。だから、僕は久しぶりのデートに浮かれると同時に少し戸惑っていた。
しようがない、今から服を買いに行こうと商店街に出掛けた。
僕の店兼住居は、アーケードのある商店街から一本奥に入った「星空通り」という、文字通りアーケードのない星空の見える通りにあって、勿論、アーケードの中に店があるほうが繁盛するに決まっているが、こう言ってしまうと語弊があるかもしれないけれど、アーケードの中にあるありきたりな、ここじゃなくてもどこにでもあるチェーン店よりも、僕の店がある星空通りの店のほうが、眺めていて随分面白かった。裏通りにある分、店主が客寄せのために店構えや商品にいろいろと工夫を凝らしてある店が多いのである。
金物屋さんにしても行平鍋や土鍋が極小サイズから極大サイズまであったり、また、塩ビニ製のボウルや水切り籠などよその店では見たこともないような色、つまり紫や紺やショッキングピンクなどがあったりして、一体店主さんはこんなものを何処で仕入れてくるのだろう、といつも不思議に思った。靴屋も単なる靴屋じゃなくてスニーカー屋というのがあって、よそじゃ絶対に見つからないだろうと思われるようなレア物があったりした。「インド」という名前の店もあり、まさに、その店にはインドで仕入れた雑貨や衣料品が店から溢れるくらいに置いてあって、しかも商品の種類に限らず、十点で二千円というとんでもない値段の付け方をしていたりする。また、その店の前を通るたびに何かしら新しい発見があって、僕はいつもそこを通るのを特に楽しみにしていた。この間は、毛糸で編まれたターバンを巻いた変な顔の人形を見付けて、大笑いしてしまった。
僕は行きつけの洋服屋に辿り着くと、顔見知りでまだ二十歳そこそこの店員のマサ君を捕まえて、「今日、実はデートなんだ。いいものがあったら教えて」と小声で彼に耳打ちすると、マサ君の僕を見つめる目はキラキラ輝き、「デートだったら大げさじゃなくて、サリゲナクがいいですね!」と言って、嬉々として店内から服を集めて来てくれた。
マサ君が選んできてくれた服は、黒一色だけれど複雑にカットされた木綿の生地を縫い合わせた薄物のジャケットと白のシンプルなシャツ、灰色と黒と白の細い縦縞のジーンズだった。色とりどりの色見本みたいな服装をしているマサ君が選んだものとは到底思えないものだった。
「センスいいね。マサ君がまさかこんな選び方するなんて」
「僕も一応プロですからね。その人と用途にあった服を選ぶんですよ」
「そうか。そうだよね」
「お気に召しましたか?」
「うん、ありがとう。じゃこれに決めるよ」
「お買い上げありがとうございます! デート、頑張って下さいね!」
マサ君は周りの人に聞こえるような結構大きな声で言ったので、僕は知っている人に聞かれていはしないか慌てて周りを見回し、彼の口を手で塞ぐと「しーっ」と言った。マサ君はニヤニヤしながら「すみません」と言った。
第十二章に続く




