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第一章

この作品は今から約15年前に書かれたものです。

手直ししたかったのですが、ほとんど直さずに載せています。

楽しんで読んでくださったら幸いです。

 午前二時二十分、携帯が鳴った。

 眠い。誰だろう? こんな時間に?

 僕は眠い目を擦りながら、携帯を取った。

 「非通知」。


 こんな真夜中の非通知の電話になんて、一体誰が出るだろう?

 それなのに、その日の僕は、その電話に出た。もしかしたら、いつもヘマをしでかす、おっちょこちょいのスタッフの橋本君からかもしれないと思ったからである。彼はこの間も夜中に飲み歩いた挙句、道路で寝込んでいて、夜半過ぎに警察から電話が掛かってきたときは、本当にびっくりした。

 けれども、僕の予想は外れた。


「もしもし?」

「あ、……康平君?」

 電話の声の主は若い女性だった。知らない声である。

「え、はい」

「ごめんなさい、こんなに遅くに。寝てたんでしょう?」

「ええ、まあ」

「私、誰だか分かる?」

「いや、ちょっと……」

(ノゾミ)よ。私のこと、覚えてない?」

「え? ノゾミ?」

「ええ、希」

「ノゾミって専門学校の同級の?」

「いいえ、あの子はたしか平仮名の『のぞみ』ちゃんでしょ? 私は漢字の希望の希のほうの希」


 僕は「そんな知り合い、いたっけ?」と思いながら、半分寝ている頭をフル回転させたが一向に思い出せなかった。けれども、彼女の声音はどこか懐かしい響きがあった。

 そういえば、中学の同級生の中に希という子が一人いたような……。いや、待てよ、高校だっけ? たぶん、話していれば彼女のこともそのうち思い出すだろうと思い、彼女が話しかけて来るままに、適当に相槌を打つことにした。


「こんな遅くに、電話してごめんなさい」

「え、いいよ、別に。何か用があるんでしょ?」


 明日の仕事のことを考えれば、正直言って迷惑といえば迷惑だが、希という子の声があまりにも可憐で耳に心地よく、気が付けば「いいよ」と言っていた。なんだか懐かしくて、ずっと聞いていたいような気がしたのである。


「ごめんなさい、特に用があったわけじゃないの。康平君の声が聞きたくなって電話しただけ」


 僕は内心焦っていた。声が聞きたくなっただって? 僕には、彼女と親しく付き合っていた過去があるんだろうか? 高校時代も専門学校時代にも女友達は数人いたが、希という子がいた記憶がない。全く覚えていないなんて、彼女に失礼というものじゃないか。


「お店、流行っているみたいね」

「え? 来てくれたの?」

「うん、でも時間がなくて、通り過ぎただけだけど」

「そうなんだ。でも、ありがとう。まだ始まったばかりだしね。ご祝儀景気だと思うけれど、滑り出しは順調だよ。問題なのはこれからだけどね」

「大丈夫よ、あんなに頑張ったんだもの」

「そうかな」

「康平君は腕がいいから心配ないわ。明日も晴れて、お客さんもいっぱい来るわ」


 初めて話す女の子なのに、どうして彼女はこんなにも僕のことを知っているのだろう? いや、たぶん、初めてじゃないんだろう。おそらく、親しくしていた子なんだろう。それなのに僕は一向に彼女のことを思い出せないでいた。


「じゃ、遅いからもう切るね。本当に、こんな時間に電話してごめんね」

「いや、いいよ。電話、ありがとう」

「また、電話してもいい?」

「いいよ」

「ありがとう。じゃあね。お休み」

「お休み」


 まるで昔からよく知っている親しい女の子とでも話すように、そう言って携帯を切った。携帯を切ってから、「しまった」と思った。相手の番号くらい訊いておけば良かった。そうしておけば、他の知り合いに訊いたとき、希という女の子が一体誰なのか見当が付きやすいというものだろう。


第二章に続く

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