勇者になったわよ
――魔王。それは人間達に恐れられる魔物達の王。だが、この世界に魔王は多数存在する。
ある者は自ら名乗り、またある者は魔物達から崇められ、またある者は人間達によってそう呼ばれる。
ナイトメアは人間から魔王と呼ばれ、恐れられる存在だ。だがその姿を見た者はいない。それがナイトメア――悪夢――たる由縁だ。
「アナタ、あんなに殴られたのにピンピンしてるのね? もはや人間じゃないよ?」
ナタリアは呆れながら隣で歩いているミサオへ話掛けた。ミサオは小傷を負っているが、普通に歩いている。
店を半壊させ、殆どの客をボコボコにしてミサオとナタリアは店を追い出されたのだ。
「やっぱり勇者になってからアタシの強さが倍増したのよ」
「えっ!? そうなの?」
ナタリアはいっそう声をあげた。
「そうよ。言ったわよね?」
「言ってないよ!」
嘘よ。アタシは言ったわ。まぁあの時は飲み過ぎて意識が半分以上飛んでたから憶えてないのね……
「まぁいいわ。つまり勇者になったときから殆どの勇者は強くなるのよ」
「楽して強くなれるなんていいね。ワタシも勇者になれないかな」
「運良く勇者に選ばれればね。アタシだって突然選ばれた時はビックリしたわよ」
「えっ? いつ選ばれたの? 聞かせてよ」
これも言ったわよ……まぁいいわ
ミサオは軽くため息を吐き出した。
「アタシの場合は冒険者の時にロックパイソンを狩ってる最中よ。なんかお尻がムズムズしてきてね」
「戦闘中に臨戦態勢になったの?」
「アンタぶっ飛ばすわよ」
完全に酔っ払ったナタリアはケラケラと笑っている。
「続けるわよ。とにかくお尻に違和感があって、その時から急に力と魔力がはね上がった感じがしたの。あのロックパイソンをキャンプファイアーしてやったわ」
「お、尻に火が付きましたか」
「マジで殺すわよ」
「冗談よ冗談。そんなに怒んないで続き聞かせてよ」
まったく、この娘は酔っ払うとメンドクサイわね……
「後からお尻を見てみたら勇者の刻印が浮かび上がってたの」
「ブフォー!!」
ミサオが股を広げ屈んでいる姿を想像したナタリアが吹き出して笑った。
マジで殺っちゃおうかしら……
ナタリアへの殺意を圧し殺してミサオは続けた。
「とにかく、その刻印が出来てからアタシは格段に強くなったわけ。後はアンタも知っての通り、勇者協会に行って晴れて勇者の一員になったのよ」
「ってことはアナタのプリティで小振りな尻を協会の親父達に見せたの!? うわぁ~、ワタシなら無理だわ」
「まぁ誰に見せても減るものじゃないしアタシは別に良かったんだけど、ソコは勇者協会。ちゃんと女の職員が確認してくれたわ」
その職員もクセ強だったけど、今言ったらまた面倒だから辞めとくわ。
「ちぇー、つまんない。実はその女職員がクセ強だったとかの落ちは?」
「無いわよ」
この女エスパーかしら
「ソコの話はいいのよ。そんなこんなでアタシは晴れて勇者になったの。もうこの話はいい? あそこの店で飲み直したいんだけど」
「お、やっと店に着いたのね。喉渇いちゃった。ミサオ、ソコの店では問題起こさないでね。今日は楽しくトコトン飲みたいんだから」
「それはアタシにもわからないわよ。ケド、まだ飲み足りないのはアタシも同じよ」
ミサオはナタリアへ笑みを浮かべ言った。
「じゃあ行ってみよー! あ、店に入ったらあの話聞かせてよ。ほら、『勇者惨殺』のヤツ」
「またあの話? アンタ何回聞きたいの?」
「いいじゃん。あの話聞いてるとゾクゾクするの。下手な怪談話なんかより感じるわ」
「まったく……とんだ変態と知り合ったもんだわ」
ハァっと小さくため息を漏らしミサオは呟いた。
「何言ってるの。それはお互い様だと思うけど?」
したり顔でナタリアは言った。
「まぁ否定はしないけど」
同じくナタリアへしたり顔でミサオは返した。
『勇者惨殺』――ミサオが勇者としての初仕事の話だ。
そう。ナイトメアの初仕事である。
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