居酒屋で暴れるわよ
「――またナイトメアが勇者を殺したらしいぞ」
「またか!? 今月に入って3件目だぞ?」
「もう何人殺されたかわからねぇな……」
酒場で隣の席の酔っぱらいが話しているのが聞こえてくる。
――ナイトメア――
最近巷で噂されている魔王の名前だ。本名ではない。そればかりか顔もわからない。本当に存在しているのかもわからない存在。
ただ、ダンジョンや森の中、果てには街でも勇者が殺されている。冒険者や街の人、更には勇者までもがその存在を信じている。
ここ一年ほどで何十人もの勇者が殺されている。その殆どは魔物によるものではない。殺され方が明らかに違っていた。こんなことは今まで無かった。
人はいつしか何者かの存在を囁くようになった。
強者揃いの勇者を殺す存在、それがナイトメアだ。
「はぁ……この世界に勇者なんて掃いて捨てる程いるんだから少しくらい減ったっていいじゃない……」
「ダメだよミサオ。そんなこと他の勇者に聞かれたら、アナタがどんな目に合うかわからないんだから。それに勇者のアナタだって他人事じゃないでしょ」
黒髪でショートカットのナタリアがミサオを注意する。
ミサオ――勇者を名乗る少女の名だ。自慢のブロンドの髪を後ろで束ね、頬杖をつきながらエールを口にしている。周りの男達はチラッチラッとミサオを見ている。そんな視線を気にする素振りを見せずにミサオはナタリアと酒を飲んでいた。
この娘、髪を長くしたほうが絶対にモテるのに……
ナタリアの注意を聞き流し、ミサオはナタリアのことを思う。過去に何度も言ったがミサオの助言をナタリアは聞くことはない。
『冒険者のワタシにはコレが楽だから』
ボーイッシュなタイプのナタリアはいつもそう言って少年のような笑顔をミサオに送るのだ。
だが、そんな気取らないナタリアだからこそミサオはこうして一緒に酒を飲み交わすのだ。
変に女子感を出す女をミサオは苦手とした。
「ちょっと聞いてんの? ワタシはアナタのこと心配してんのに」
エールのジョッキを空にしたナタリアは持っているジョッキをドンドンとテーブルにあてる。
「ハイハイ、聞いてるわよ。でも大丈夫! アタシはそこらの勇者が束になっても敵わないのアンタが一番知ってるじゃない」
「まぁそりゃそうだけどさ、でも勇者だけじゃなくってナイトメアだって、いつ現れるかわからないじゃん?」
「全く問題ないわ! ナイトメアなんて恐くないし」
だってナイトメアは……
「でたでた、いつもの自信たっぷり発言。実力があるから出るんだろうけど、ホントにアナタいつか痛い目見るわよ?」
「楽しみじゃない。アタシに痛い目見せてくれる男なんて、オマタが湿っちゃうわ」
「うわぁー、アナタホントそういうトコあるよね。ワタシじゃなかったら引くよ?」
「こんなことアンタの前でしか言わないわよ。アタシだって場をわきまえるのよ」
「ウソウソ。場をわきまえるヤツがそんな大声でそんなこと言わないもん」
ナタリアが頼んだエールがテーブルに置かれる。ナタリアはすかさずソレを喉に流し入れた。
ホントによく飲むわね……
「だから、それもわきまえてんのよ。この店の男なんか束になってもアタシには勝てないんだから」
「またまたぁ、知らないよ? そんなこと言ってると――」
ナタリアの話を中断するようにミサオの肩にゴツイ手が置かれた。
「姉ちゃん、酒が入って気がでかくなんのはわかるがあんまり意気がるなよ。周りに丸聞こえだぜ?」
ミサオの肩を掴んだ男は力を込めて握った。その後ろには数人の男達が下卑た笑みをこぼしている。
話を遮られたナタリアは『ヤレヤレ』とでも言いたげだ。
「別に意気がってなんかないわ。ホントのコトよ」
「姉ちゃん、この場で裸になって謝れば俺達も許してやるぜ」
男の後ろにいる男達から「ヒヒヒッ」と小さい笑い声が漏れる。
「じゃあ謝らなかったらどうなるのかしら?」
「そりゃ勿論、ボコボコにしてから裸になって俺達の相手をしてもらうのさ。そういうので濡れるんだろ?」
後ろの男達から下品な笑い声が溢れる。
それも悪くないわね……
ミサオは『ふぅ』と息を小さく吐き出した。
「じゃあちょっと相手してもらおうかしら――」
ミサオは持っていたジョッキを後ろへ振り回し、男の顔面へ叩きつけた。
ガッシャーン!
ジョッキが弾け、男が吹っ飛んだ。
「こ、この女――」
「さぁ! アタシを濡らしてみせなさーい!」
ミサオは男達へ向かって飛びだし、一番近くにいた男の顔面へ膝蹴りをかました。
「やっちまえ!」
男達はミサオを囲み次々に殴り掛かった。
ミサオは殴られるのを気にせず男達を殴り、蹴りまくった。
「あーぁ。ワタシ知ーらなーい」
殴り飛ばされる男達を尻目にナタリアはエールを飲み続けた。
「あ、アンタ、あの娘のツレだろ? 止めてくれよ。店がイカれちまう」
たまらず店主がナタリアへ哀願する。
「あー、アレはムリっすよ。あの娘、あぁなったら皆潰すまで止まらないから」
「何言ってんだ。その前にウチが潰れちまう」
「こっちもマジムリっすよ。だってワタシ、あの中に入るとか死んじゃうし」
「そ、そんなぁ~」
「まぁオッチャン、ドンマイ! それよりさぁ」
ナタリアは落ち込む店主へ『ポンッ』と肩を叩いた。
「エール。お代わり」
ナタリアは屈託ない笑顔でエールを要求した。
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