第五十話Part2
「すみません……本当に……」
「あはは……うん」
野々野国人は心の中で「こんにゃろう!」と思ってた。けどそんな言葉を口に出すわけにはいかない。だって別にこの女性も悪気があったわけじゃないのだ。ただ具合が悪く、そしてそんな彼女の近くにたまたま野々野国人がいた……それだけだ。つまりはたまたま。どっちかというと、国人は自分の運が悪かった……と思ってた。
まあそれはそれとして腹は立ってるが……でもだからってあれ……をぶちまけられた手前、野々野国人も関係者になってしまった。誰もが汚いものを見る目を向けて通り抜けていく。それは地面にぶちまけられたそれと、そして野々野国人自身にも向けられてる。別に普段から野々野国人が臭いわけじゃない。
そのはずだ。野々野国人はまだ新社会人といえる年齢である。この歳で加齢臭などはないだろう。それに一応お客様の前に出る仕事をしてるのだ。そうなると身だしなみには自然と気を付ける。匂いは自分では気づきにくいんだからそれこそ、評判のいい香水とか使ってた。
けど、今はそんな良い香水でもごまかしきれない匂いが充満してるんだろう。しかもここは駅を繋ぐ通路である。さらに言うと地下の……だ。そんな所だから風で匂いが遠くに行ってくれる……なんて事はない。地下だからってきっと換気されてるんだろうが、それは外とは流石に比べるべくもない。
だからわざわざ足を止める人なんていない。それに……だ。
(このまま出社なんてできないしな)
野々野国人のズボンには彼女の吐いたそれが盛大にかかってる。これで会社にいったらそれはそれで怒られそうである。だからこのまま出社することは諦めて、野々野国人はその女性、この原因となった彼女を助けることにした。別に親切心ではない。野々野国人は免罪符が欲しかったのだ。ただ遅刻するよりも吐しゃ物かけられたからいったん帰る方が納得感があるし、さらにいうと、具合が悪い人を解放するというのは世間一般的には良い事……だ。
良い事……には文句を言いづらいというもの。そんな事をしたら、周りから白い目で見られるからだ。その免罪符があれば理不尽に怒られることもないだろう……と野々野国人は計算してる。
「えっと、救急車とか呼びましょうか?」
なんか女性は倒れ伏してる。吐いてそれから動かなくなったのだ。さっき言葉を発したから意識はある。でも動けなくなる程……というのは危ない気が野々野国人はしてた。彼も大学生活の中でそれなりに飲んでた。大学生らしく無茶な飲み方だってしたことがある。
大体吐く……なんて酒くらいしか思いつかない野々野国人である。だからきっとこの人も昨晩しこたま飲んだのだろう……とか思ってるわけだが、ここまで酔ったことはないから、とりあえず救急車と口にした。それが一番無難で確実な解決策だからだ。下手に異性である国人が触れたりしたら、後からなんといわれるか分かったものではない。だからってこの人をただここに放置もできない。
だからさっさと救急車を呼ぶことにした。なんか返事もなかったし。




