第三十九話part2
「それで、これは一体なんなの? てか、離してくれない?」
「それはできない」
「なんで!?」
小頭がそういうのも仕方ない。だって今、鬼男と小頭はゼロ距離と言っていい。この濃霧で見失わないためなんだろうと小頭だってわかってる。でも……
(これは近すぎるよ!)
――そう思ってた。腰に手を回されて、その大きな胸板で包まれてる状態だ。心音が聞こえる距離。けど小頭にはこの心音がどっちのなのか、わからなくなってた。自分のなのか、それとも鬼男なのか。激しさからみて、小頭は自分のかもしれない……と思ってるが、そんなのは認める事はできない。だって相手は鬼なのだ。確かに小頭は鬼男が悪い奴じゃないとわかってる。それに何があっても鬼男は小頭を守ろうとしてくれてる。それは今迄もそうで、そして今もまさにそうだ。
自分をまるでお姫様みたいに守ってくれる存在……兄である野々野足軽と入れ替わってやってきた鬼男だから、立場的には彼は「兄」なんだ。そういう役割のはず。兄だからこそ、妹を絶対に守る……という行動原理なのかもしれないが、小頭はそろそろ鬼男を兄の代わり……とは思えなくなってきてるのかもしれない。そもそも見た目全く違うし。足軽はどう頑張ってみても優男である。男なのに小頭は兄を頼りがいがある……なんて思ったことはない。
けど鬼男はどうだろうか? この胸板だってそうだ。大きな大胸筋は筋肉によってまるで壁の様だ。腕だってその太さは足軽とは比べるべくもない。足軽の腕には小頭は乗ることはできないだろう。けど、鬼男の腕にはきっと座れる。そのくらいの屈強さがあるのだ。いろんな所が「男」を主張してくる鬼音。だからこそ、小頭は相対して自分を「女」だと自覚するのかもしれない。
「少し歩くぞ」
「ちょっ、そっちはテーブ……ル……え?」
言葉足らずの鬼男は中途半端に小頭の質問に答えて歩き出した。それも前に……だ。さっきまで小頭達は食卓を囲んで食事をしてた。つまりは、前に進めばそこには料理が乗ったテーブルがある……はずだった。でも、一歩二歩……いや三歩四歩五歩と進んでも鬼男も小頭も何にもぶつかる事はなかった。五歩も進めば対面のお母さんだってもう超えてるだろう。なのに……なににもぶつかってない。これが意味することを考えて、小頭は顔を青くする。